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Causal flood Prelude  作者: 山羊原 唱
2/19

一話 Welcome to Naglfar. We wish you luck and far fortune. Thank you!

ナグルファルへようこそ。どうぞ人々の役に立つために死力を尽くして下さい。

「キヴォトス!〝起動(アウレウス)〟‼」

 少年少女の双子の兵士は銀の指輪に口づけた。


 都市型の巨大船〝ナグルファル〟から海へ出撃する。

 指に装着する武器の機能のおかげで海面を滑走していく。


 二人が大海原へ出ると、海が地鳴りのように響いた。

 ビルのように水柱が立ち上がり、黒い怪物が何頭も姿を現した。


 指輪から銀糸が解かれ、各々の武器へと編まれていく。

 双子は息を合わせながら怪物へ立ち向かった。


 しかし先に少女が怪物に叩き潰される。

 少女の死亡に気を取られた少年が、足元から怪物に食われた。


 たった二人の兵士が敗北すると、怪物は静かに海の中へ姿を消し、やがて世界は暗闇に包まれた。



―――――――――――――


Nage.20. 


 少女は二段ベッドの下で目を覚ました。

 元気よく体を起こして腕や肩を回す。

 そしてクローゼットを開けて着替えながら、歌を口ずさんだ。

 

「〝一人ずつ泥を落とした

 石のように沈んで雪のように積もって やがて〝黒い箱〟になったのだ

 そこから出てきた泥の蛇 私たちを食べにやってくる


 ダイヤを集めて剣を編め 頭を斬り落とす


 針を束ねて槍を織れ 胴を貫く


 凍った涙を溶かしたら その眼球を潰す雨になる


 骨を組んで爪を重ねろ  その鱗を引き剥がす


 彼女の歌を結んだら  その旋律が私たちを守る盾になる


 一人ずつ泥を持て

 石のように重く雪のように冷たい

 泥を持て〟」


「‥‥スラ、朝からうるさいんだけど」

 機嫌の悪そうな声が聞こえた。

 二段ベッドの上で寝ていた少年だ。

 少女―スラは振り返っていっそう元気な声で返事をする。

「おはようティヤ!はやく〝指示書〟読んで!」

「自分で読めよ…。まだ一五分も寝られるじゃん。最低」

「私は文字を読むのが苦手なんだよ!知ってるでしょ!この一五分は私に今日の研修内容を教える時間だよ!」

「うるせぇ…」

 どんどん近づいてくるスラに、ティヤは嫌気が差し、むくりと起き上がった。


 二人とも、容姿はとてもそっくりだ。

 雪のように真っ白な髪に、将来美形になるだろう可愛らしい顔立ち。

 性別の違いが上手い具合に体型に一回り差を生んでいた。

 性別以外にも異なる点は瞳の色だ。

 目つきと愛想が悪いティヤは緑色で、活発で明るいスラは琥珀色だ。

 

 ティヤは綺麗な緑色の目を座らせ、二段ベッドから降りてきた。

 小さなテーブルをトンと指で叩くと、台に今日のスケジュールが表示される。

 〝研修一日目〟として始まり、最初は〝戦う意義を知るために「Book room」で歴史の勉強をせよ〟とある。


 和服のように袖の広い白い研修着に着替え、二人は「Book room」へ向かった。


―――――――


 なぜ人々は都市型の巨大船〝ナグルファル〟に逃げなくてはならなかったのか。


 このNageと呼ばれる時代はナグルファルで人々が生活するようになってから始まった。

 もともとはFage――沈没都市(ファルガーン)という湾岸に浮かぶように建設された時代があった。

 それはAI〝MSS〟が「人々の未来を繋げる」という理念のもとつくった都市型の船である。


 その理念は確かに都市として実現し、〝MSS〟が原因不明の停止に陥っても一〇〇年続いた。


 しかし、突如として大陸に巨大な怪物が何頭も出現し、人々は大陸から追い出されることになる。

 船として動ける各国の沈没都市は湾岸から離れ、やがて大海原で合流した。

 沈没都市(ファルガーン)がナグルファルへと名前を変えて、約二〇年。


 テクノロジーの結晶とも呼べるナグルファルとはいえ、三〇〇〇万人を支える資源はいつか枯渇してしまう。

 早期に怪物を倒し、大陸を奪還する必要があった。


 ティヤとスラは、そのための兵士であった。


 「Book room」での座学が終わると、スラはすでに死んだような顔をしていた。

 歴史の本一冊を頭に乗せてピクリとも動かない。

 結局、要点を抑えてティヤが読み聞かせてやり、なんとか次の研修へ進む。

 次は同じ建物の二階、「Reference/Library」だ。


 怪物と戦う専用の武器について、電子媒体を使って学んでいく。


 二人が着席すると機械が感知し、明かりがほんのりと点いた。

 手元の机にキーボード、そして正面に

〝 …CfP《Κιβωτός》Endeless Sea LOADING… … 〟

 といくつか文字が映し出される。


「なにこれなんて書いてあるの?」

 やけになっているスラに、ティヤは愕然とする。

「マジかよ。これ読めないのはやばいだろ。〝オペレーション:カーザルフラッド・プレリュード 《キヴォトス》スキルモード概要 表示のためエンドレスシーに接続中〟。わかった?」

「一行で簡単に言ってくれる?」

「そのまま読み上げてんだよ。これ以上どう簡単に言えと」


 正面の文字が、

〝Sail to the Endless Sea.

Welcome to Naglfar.

We wish you luck and far fortune. Thank you! 〟

と変わった。


 画面にはこれから自分たちが装備する武器の詳細が記載されている。

 両手の親指、人差し指、中指にそれぞれ装着する黒い指輪が映った。

 所持者の指示に従って近接戦から長距離戦までこなす〝キヴォトス〟という武器だ。

 この世で最も優秀で軽量で、強力であり、人類から大陸を奪った怪物〝アスタロト〟と戦うための装備である。


 二人が黙ってしまえば、この広大な施設はじつに静かである。

 一日目の予定を順調に進め、キヴォトスの演習後、二人は実戦へと向かった。


――――――――――



「キヴォトスの操作は大丈夫だな?スラ」

 海風が強く、今日の天気は快晴で日がオレンジ色になる頃。

 武器の演習を終えて、先ほどスラが歌っていた水路の上に二人は戻って来た。


 袖の広い研修着を伸縮性のあるベルトで止め、膝下まである海面滑走用のブースターブーツを着用している。

 首元には海風や波しぶきから目を守る軍用多機能ゴーグルが下げられ、彼らの手はダークブラウンの手袋が守っている。手袋の上からを親指、人差し指、中指にキヴォトスをはめているこのスタイルが戦闘服だ。


 ティヤの確認に答えず、スラは海をじっと眺めている。

「スラ?聞いてる?」

 再度ティヤから尋ねられ、スラはハッとして振り向いた。

「ごめんごめん。なんか忘れてる気がして」

「キヴォトスの操作に関してなら今言ってくれるか」

 ティヤが睨んでくる。スラは「違うよ」と首と手を振った。

「気のせいみたい!大丈夫大丈夫!」

「ほんとかよ。情報整理の苦手な奴と戦うなんて不安なんだから、分かんないことがあるならちゃんと言えよ」

 物言いがきついティヤにスラはむっと頬を膨らませる。

 しかし、海を見つめるティヤが「怖くはないな?」と静かに尋ねてきた。

 可愛げのない相棒の少しの優しさに、スラは明るい笑顔を浮かべた。

「二人で戦うのはいつものことだもん。怖くないよ」

 ティヤとスラは目を合わせて頷く。


 そして双子は手の甲に口づけ、

「キヴォトス、起動(アウレウス)!」

 と声を揃えた。

 黒い指輪が光沢のある銀色へと変色すると、指輪から幾本もの銀糸が弾かれるように解かれた。その銀糸は双子が各々設定した武装の形を編んでいき、二人の兵士は大海原へと飛び出した。


 キヴォトスの機能には使用者の体重に浮力を与えるものや動きを加速させるものも含まれる。見えないエンジンがついているように二人の黒いブーツは海面を滑走する。


 スラが先行して海面を滑り、ティヤが〝ブリッツ(銃撃型)散弾式(FN P90)を手に持ちながら辺りを見渡す。二人が滑走すると波が激しく散った。

「スラ!」

 波しぶきの音にかき消されないよう、キヴォトスの機能の一つ、〝エア〟と呼ばれる通信手段からティヤは自分の相棒に声をかけた。  

 彼らの耳元にはビー玉ほどの銀の球体がふわふわと浮いている。これが〝エア〟だ。

「〝ラダル〟はちゃんと動いているか」

「敵感知の機能だね!大丈夫。動いているよ。―――来た!」

 スラは〝ミエ(剣型)刀剣式(グラディウス)を握る。

 キヴォトスに搭載される武器はどれも軽く、反動も少ない。中でも二人の使用する武器は目立つ長所が無い分、軌道補正がかかる初心者向けの(タイプ)だ。


 二人の前方にビルのような水柱が、低い唸り声と共に吹き上がった。


 波が巨人の手で叩かれたようにうねる中、スラは水柱に刀剣式を振るった。

「―――⁉」

 手応えはあったがまるで歯が立たず、それをすぐに察したティヤが散弾式で牽制する。

 敵の反撃が来る前にスラはその場を離れた。


 ティヤから放たれる散弾の閃光はバババ‼と強い音を立てて水柱に命中する。

 鉛玉ではなく、熱量を持つ光の散弾が水柱を蒸発させ、怪物の正体を露にした。

 体表はどろりとした粘膜で覆われ、それがスラの斬撃を滑らせたのだ。


(あれが〝アスタロト〟‼)


 二人は人類から大陸を奪った怪物を確認する。


 体長二〇m以上の巨体。

 紐状の体は蛇を連想させるが、体節があることや目が退化している点は蛇よりミミズに似ている。

 尖った頭頂部を双子のいる海面に向ける。ぱかりと開いたそこはどうやら口らしく、かえしのついた牙がぎっしり奥まで敷き詰められていた。


 ティヤは距離を取りながら散弾を続ける。

(アスタロトはでかいけど動きが俊敏。主な攻撃手段はその体を支える尻尾。平べったくて直径約一五m、戦艦の装甲をまっぷたつにする硬さ。人間の体なんて紙切れだろうな。でも体を海面に起こしている間はその手段を使えないはず!)

 アスタロトの体に何度も散弾式を当てるが、分厚くどろりとした怪物の粘膜が熱量を消火してしまう。

ティヤは内心で舌打ちしながら戦い方を模索する。

〝ブリッツ〟には散弾式(FN P90)より出力の高い砲撃型も搭載しているが、キヴォトスは出力が高ければ高いほど軌道補正はかからなくなる仕様だ。


(難易度の高い武器はもう少し相手の特徴を知ってから使った方が良い。油断を誘って隙が生まれたところにぶちこんでやる)

 アスタロトは敏速に動くティヤを追うように頭を動かすが、ティヤから放たれる散弾を浴びても攻撃してこなかった。あちらも様子を窺っているようだ。


 しばらくして、ティヤが攻撃していたアスタロトは増援と合流するため勢いよく海中へ潜っていった。

 ティヤは深追いせずスラの方へ向かうことにした。

(‥‥三、四‥‥)

 スラは移動しながら増えていく敵を感知する。ティヤとスラは一度合流し、海中からティヤを追いかけていた複数のアスタロトに銃撃する。

 しかし二人分の銃撃でも敵のいる深さまで熱量が足りない。

「ああもう‼深く潜りすぎ!当たんない!」

 スラは苛立って声を荒げると、ティヤが迎撃していることをいいことに〝ブリッツ〟の内容を変更した。

 彼女がなにをしようとしているのか察したティヤは声を張り上げた。

「スラ‼砲撃型に切り替えるならもう少し距離を確保しよう‼次弾装填が遅いから、当たらなかった時に回避できる距離が必要だ!」

「じゃあ移動しながら設定を変えるから、動こう!」

 ティヤがそのまま牽制を続け、二人はその場から動こうとした、が。


 アスタロトは銃撃が減ったことを見逃さなかった。

 一頭がティヤの銃撃の盾になり身を砕かれながら二人に急接近した。その一頭を盾にして他の三頭が続く。


 スラは急いで〝ブリッツ〟を銃撃型から砲撃型に変更した。

 スラの散弾式を編んでいた銀糸が解かれ、発射式(ジャベリン)が新たに編まれた。肩に携え、斜め前から押し寄せる脅威に向ける。

 散弾ではなく、雷を纏った丸い閃光がボッッ‼と激しい破裂音とともに放たれた。


 盾の一頭、そしてその後の一頭までは直撃した。

 しかし残り二頭が二人の立つ海面にドンッッ‼と衝突してしまう。


 スラとティヤは防御の〝カーボナイト〟を起動させたが、二人は軽いボールのように吹っ飛んでしまった。


「―――ティヤ‼」

 キヴォトスの機能のおかげで沈むことはなく、海面で転がったスラはすぐに身を起こしてティヤを探した。発射式の射線元だったため、スラの方がアスタロトの衝突の衝撃が弱かったのだ。

「ティヤ‼ティヤー‼返事して‼」

 衝突してきたアスタロトの気配もなぜか遠い。相棒も見当たらない。

 焦るスラはハッと〝ラダル〟の特徴を思い出す。

(そうだ!〝ラダル〟でティヤを探せるはず!)

 使用者の感覚を強化させて脅威や殺意など予測する機能がメインだが、捕捉対象の優先順位を変更して仲間のキヴォトスを捜索することもできる。ただその分、敵の捕捉時間が数秒遅れるという瑕が発生してしまうが。

 スラは目を閉じて耳を澄ませる。


 ボゴボゴと、生き物の呼吸を殺す音が聞こえた。


「――――‥‥海の、中」

 彼の位置は沈み続けどんどん距離が離れている。

 彼は、海の中に引きずり込まれたのだ。


 スラは目を開いた。

 相棒の退場に、無意識に戦意を喪失してしまう。

〝ラダル〟が脅威に反応した。

 目の前に鋼鉄の尾ひれが振り切られる。

 アスタロトの暴力的な刃に、スラの頭部は真横に切断された。


 

―――――――――――


 泡が弾けるような音が聴こえて、ティヤは二段ベッドの上の方で目を覚ました。


「‥‥あと一五分は寝られた。なんか損した気分だ…」

 ベッドの手すりに表示された電子時刻を確認すると、起床時間より早く目が覚めたことにがっかりする。

 飾り気のない兵舎は外の時間帯に合わせて照明が調整される。寝起きの目を労わるため、朝は柔らかな白い光が天井を照らしていた。


 ティヤは眠たそうに何度か瞬き、のろのろと二段ベッドから降りた。床に足をついて、ベッド脇の小さなテーブルに手を伸ばす。

 とん、と指で叩くと机上に画面が映し出された。一番上に「指示書」と書かれ、自分たちのやらなければならないことが綴られている。

 それを確認して、二段ベッドの下の方で寝ているもう一人に声をかける。

「おいー。スラー。起きろよ。アスタロトの初戦に備えて研修が始まる日だぞー」

 ゆくゆくは男女問わず人員が増える予定とはいえ、二人だけしかいない今は二人で一部屋を共用していた。ティヤはスラと同じ色の短い髪をかき上げて大きくあくびをする。

「ちょっと早いけど起きよう、スラ。一日でやることは多い。最初はお前の嫌いな座学だよ。それも歴史。……なんでもう泣いてんの?」

 ぶつぶつと呟いていたティヤは、こちらを振り向いた片割れの表情を見てきょとんとする。

 ティヤの素っ頓狂な顔を見て、スラは心底がっかりした気持ちになった。

「なんか損した気分」

「なんだよ。ちょっと早く起こされたからって」

 皮肉にも自分と同じ台詞を吐いた双子に、ティヤは余計にムッとした気持ちになる。

 スラは少し赤くなった目尻を擦ると、首を振った。

「嫌な夢を見た気がする」

「夢見が悪くて泣いてたの?赤ん坊かよ」

「ハーァ。泣いている人にはもっと優しい言葉をかけようよ。そんなんだと仲間が増えた時に協力してもらえないよ」

「協力しなきゃいけない時にしない馬鹿ならこっちからお断りだ」

 可愛くないティヤに、今度はスラがムッと頬を膨らませる。その表情のままベッドから足を降ろし、研修着に着替えるためクローゼットに向かった。


 自分も着替えようとクローゼットに向かおうとしたティヤは、はてと首を傾げて止まった。


「俺もなにか夢を見てた気がするけど、なんだったかな?」


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