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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異界列車、迷い行き

作者: 空犬

 ガタンゴトンと揺れていた。音で分かる通りここは電車の中だ。ただ、乗ってからずっとトンネルの中にいるのか暗く、景色が見えない。そしてこの電車に乗っているのは見る限りある人物除いて自分一人だった。


 違和感はあった。乗り初めて速攻で寝てしまったが、いつも電車に乗っているのだから大体の時間は把握している。だが今日、今乗っている電車はいつも乗っている時間を大幅に過ぎている。


 思い出す。今日は学校の居残りで遅くなってしまい、ダッシュで駅まで向かった。駅に着き偶然電車が止まっていて急いでその電車に乗った。無事動きだし安心していると、急に眠気がきた。そりゃあ遅くまで残って、ダッシュで駅まで来たんだから体は疲れているだろう。眠気に抗えず、そのまま寝てしまった。


 その後のことだった。誰かに揺すられ目を覚めると電車はまだ動いていた。周りを見ると誰もいない。ただ一人を除いて。


 側には車掌と思われる服を着ている背が高く赤暗色の瞳を持つ男性が立っていた。おそらくこの人が起こしてくれたんだろう。


「目を覚ましましたね」


「あ、えっと、ありがとうございます」


「眠ってしまいますと二度と帰れなくなってしまいますので、そろそろ起こしてほうが宜しいかと思いまして」


 今、聞き流せない発言をしたのを見逃さなかった。目を見開き車掌を見つめると、冗談ですと笑みをこっちに見せた。


 そんな冗談洒落にならないと思っていると、電車内に電話の通知音のようなものが響き渡る。音は大きく肩がビクッとしたが、車掌の方を見ると、なんら変わらない態度で、


「ああ、すみません。(わたくし)が車掌室にいない時は電車内全体に聞こえるようにしているので」


 そう言って、車掌は奥の車掌室に入っていった。



・・・・・・



 というのが先程あった話だ。今は車掌は車掌室に行っていていなく、今ここにいるのは窓を見るがそこにいるのは黒髪を三つ編みにしている自分ただ一人だ。


 椅子から立ち上がり、ここが電車ならまだ先があると思い、車掌室とは反対側のドア窓を覗く。だがそこには何もなく、ただただ暗い闇が広がっていた。


(この電車、一両しかないんだ……)


 そこで思い返す。自分が乗ったとき、この電車はどんな見た目をしていたのだろうと。


(普段乗ってる電車は三両くらいあるし……私は何も考えないでこの電車に乗ったってこと?)


 いや、もう少し鮮明に思い出してみる。走って駅に向かってホームに着いたとき、そこには自分一人しかいなかった。時間は遅かったが、ホームに誰一人いないということはないはずなのに。そしてこの電車に乗ったとき既に、電車内には自分一人しか乗っていなかった。いつも乗っている電車は始発じゃないのに。


 色々思い返してみると、普段と違うことばっかりだ。ただ一番怖いのは、疲れていたとはいえ、その変な部分に何一つ気付かなかった自分自身だ。


 そこまで考えたとき、ある一つの考えが浮かんだ。


(もしかして私、『誘われた』?)


 もしそうなら、さっき車掌が言っていた『帰れなくなる』という言葉も妙に説得感がある。あれが冗談なんかじゃなく、本気だったなら。


 スマホを取り出すが、案の定圏外だった。こういう展開のテンプレはスマホは大体圏外なのだ。連絡手段が何もなくなってしまい、それまで感じていなかった恐怖感が一気に襲いかかる。


「――なんでそんなところで立っているんですか?」


「うわぁっ!!」


 いつの間にか戻ってきていた車掌の声が後ろから聞こえた。咄嗟に振り替えると、車掌の方もそんなに驚かれると思っていなかったのか、そっちも驚いた表情を浮かべていた。


「そんなところで立っていないで、座ってて下さい」


 車掌に促され、元いた席に座らされる。


(どうする? 帰れないって言葉が本当だったなら、私が連れてかれる場所って言ったら大体あの世。どうにかしてこの電車から出ないと)


「そういえば、名前をお聞きしていませんでしたね。(わたくし)の名前は深徠(しんらい)。貴方の名前をお聞きしても?」


「私の名前は奥野(おくの) やよい、です」


「やよい様ですね。覚えました」


 やよいの恐怖と緊張は解けていない。むしろ増している。自分の隣に座っている車掌こと深徠は笑みを崩さず、こちらに微笑みかけるが、やよいはそれすらも自分をあの世に引き込む為のものなのではないかと思ってしまう。


(どうやって逃げ出す? 今隣にいるんだから今は無理。さっきみたいな連絡を待つ? そんな頻繁に連絡が来るか分からないのに? どうするどうするどうするどうする)


 息が荒い。今自分がいるこの状況の違和感と恐怖。気付いてしまったからには意識せざるを得ない。


 恐い。今の自分の状況が。こうやってただただ時間が過ぎていくのが。早く脱出しないと。いつ引き込まれるのか分からない。早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く――脱出しないと。


「大丈夫ですか? 息が荒いようですが……」


 スッと深徠の手がやよいの肩に置かれる。その時だった。深徠の行動一つ一つに敏感になっていたやよいはそれすらも恐怖として頭の中で認識してしまった。


「ヒッ…………いやぁぁぁぁァァァ!!!!」


 叫び声を出し、それまで堪えていた涙を出し、考えるよりも早く、席から立ち上がっていた。向かったのは、車掌室とは反対の扉。そこは三両ある電車で例えるならつなぎ目のドアだ。


 この電車は一両だが。さっきドア窓を覗いたとき、景色はただの暗闇だったが、下の方に小さいテラスのようなものが見えていた。ちゃんと飛び下り防止の柵もついている。


 やよいはそこに向かって走り出す。決して運動が得意とはいえないが、火事場の馬鹿力というものなのか、いつもより早く走りているような感じがした。


 ドアにたどり着き、ドアノブをガチャガチャと動かす。だがちゃんと鍵が掛かっていてドアは開かない。ならばと窓を割って外に出ようと無我夢中で叩いた。だが窓には一切のヒビは入らず綺麗なままだった。


(早く外に!!! ここにいたら……私はいずれ……!!)


 すると、窓を叩く手をやよいより大きな手が覆う。やよいは一瞬で分かった。深徠が後ろにいるんだと。


「やよい様」


 逃げようとした自分がどうなるかなんて簡単に予想できる。最悪な可能性がいくつも考えつき、自分はここで、と思ったその時、


「――すみません」


 深徠の口から飛んできたのは、謝罪の言葉だった。


「……え」


 予想もしていない言葉が聞こえて、やよいは驚く。涙も一瞬止まったくらいだ。


(わたくし)が『帰れなくなる』等と言ってしまったからですよね。今まで(わたくし)が見てきた人間達は恐怖にかられ、行動力がなくなってしまう方達ばかりでしたので……」


「えっ……と、どう、いう」


 信用した訳ではない。ただ、飛んできた言葉が自分が考えていたものより全然違った言葉だったのが気になって、深徠は今どういう表情をしているのか気になって、やよいは後ろを振り向いた。


 深徠の顔は罰が悪そうな顔をしており、しゅんとしている。まるで犬が叱られたあとみたいだ。


「軽率な言葉を言ってしまい本当に申し訳ありません。お客様をここまで追いつめてしまうなど……車掌失格です」


「……じゃあ、あの、言葉って……」


「はい、(わたくし)は本当にただの冗談として言いました」


「本当、に……?」


 本当ですと。深徠は微笑みながらそう語る。深徠は笑みを向けるが、またやよいが怯えてしまうのではないかとその笑みには不安が見られた。


 深徠に席戻ることを進められ、また元いた席に戻る。今度は深徠もやよいの隣に座ってくれた。深徠はハンカチを渡し、やよいの涙を拭いてほしいと促す。涙を拭き、さっきよりかは落ち着いたやよいの顔を見て、深徠はホッと安心したようだった。


「あの、この電車は一体何で、どこに向かっているんですか?」


「この列車はやよい様も気付いていると思いますが、この世のものではありません。まず、この世は立ち入ってはいけない場所があります。(わたくし)の仕事はその場所に迷い込んでしまった人間やナニカを列車に乗せて元いた場所、元いた世界に帰すことです」


「けど、私そんな場所に入った覚えはないんですけど。駅だっていつも使ってる場所だし……」


「この列車は度々、『想い』に引っ張られることがありまして」


「想い?」


「ええ。『消えたい』『いなくなりたい』等々、そんな『想い』に引っ張られてしまうことがあるんです――貴方も、その内の一人だということですよ」


 その時、やよいは思い出した。やよいにとって、ただの思いつき、ただの心の中の声、ただの『もしも』の願望。


(――そうだ、私は)


 ――願ったじゃないか。


 高校三年生になって、就職か進学かを真面目に考える年になって、クラスの人達がそれぞれ決まっていく中、自分だけ中々決まらなくて。


 やよいはあまり高望みしない女の子だった。

 家族から常に言われていたこと『やよいはもっと欲張りになってもいいのに』と。


 それが足枷になり、自分の未来が分からなくて、自分はどこに行けばいいのか。自分は何になればいいのか。何も分からなくて。


 何も分からない自分に不安になって、その先の未来が見えなくて。


 願ってしまった。もし、自分がこの世からいなくなれば何も考えなくていいのに。何も決めなくていいのに。何も怯えなくていいのに、と。


 そう、願ってしまった。その願いはやよいが思っているより強く、この電車を引き付けてしまう程に影響を及ぼしていた。


「何か心当たりがあるようですね」


「……はい」


「もし願うなら、この列車はあの世まで連れていくことも可能です。帰りたいなら、(わたくし)の仕事が終わった後、貴方の家まで送り届けましょう。判断は、貴方に委ねます」


「……分かりました」


「そうこう話している内に……っと」


 深徠は立ち上がり、車掌室に戻っていった。

 車掌室に入っていった後すぐに、車内アナウンスが響いた。


《次の駅は~皆月村~皆月村~》


「皆月村?」


「とある禁足地の村ですよ」


 車内アナウンスを終えて、車掌室から出てきた深徠にそう答えられる。


「これは急遽入った仕事でしてね。さっき列車内に通知音のようなものが響いたでしょう? その時にきた仕事なんです」


「じゃあ今からその皆月村に向かうんですか?」


「はい、なんなら一緒に行ってみますか?」


 深徠の提案にやよいは返答を渋る。『禁足地』といわれている皆月村。禁足地は絶対に入ってはいけない場所という意味だ。そんなところにただの女子校生が入っていいわけない。


「護身術には自信がありますし、このような体験、もう二度と出来ないかもしれないですよ? それにやよい様を同伴させる以上、絶対に貴方に危害は加えさせません。それは誓いましょう」


「うーん……」


 やよいには二つの心があった。一つ目は禁足地と呼ばれる場所なんだから絶対に入ったらいけない。禁足地と呼ばれるということは、それだけ危険な場所。危ない橋は渡るべきではないという心。


 二つ目は少し怖いけど、そんな場所これから先二度と入る機会なんてないからちょっとだけ気になるという好奇心。入れるなら入ってみたいという心。やよいは今その二つの心で右往左往していた。


「……じゃあ、よろしくお願いします」


 よく考え、やよいが決めた心は二つ目の好奇心の方だった。


「はい、分かりました……おや、話をしていたら目的地が見えてきましたね」


「え――」


 深徠の言葉にやよいは窓を見る。すると、さっきまでトンネルにいるかのような暗闇しか広がっていなかったのに、いつの間にかどこか暗闇の森の中を走っている。

 次第に電車はブレーキを踏み、減速していく。そして『皆月』と書いてある駅で止まった。


「やよい様、ここからは絶対に(わたくし)の側を離れないで下さい。最善を尽くしますが、万が一離れてしまったら命の保証は出来ませんので」


「は、はい! 分かりました」


 緊張を纏いながら、やよいは深徠の隣を離れずに電車から降り、駅を出る。

 深徠は持っていた懐中電灯で前方を照らし、森の中を進んでいく。森の中だからか、いつもよりとても暗いような気がする。


(夜の森ってこんな感じなんだ。もし遭難なんかしちゃったら、生き残れる自信全然ないな)


 歩き進めていくと、木で作られたゲートのようなものが見える。あれが皆月村の入口だろうか。


「ここから先は本当に危険です。忘れないでほしいのが、皆月村は(わたくし)達のテリトリーではない。皆月村に入ったら、貴方と(わたくし)は不法侵入者のようなものですから。(わたくし)はこのバッチがあるのである程度は理解されていますが、貴方はただの人間。絶対に(わたくし)から離れないで」


 深徠の服をよくよく見ると、暗くて見えずらいがバッチのようなものがついている。


「そのバッチって通行許可書みたいなものなんですか?」


「そうですね。その意味合いで間違っていません――では、入りますよ」


 木で作られたゲートを開け、二人は皆月村に入る。ゲートを開けた瞬間、さっきまで全然感じなかった多大な恐怖が一気にやよいの中に入ってきた。圧が違った。自分達を押し潰すかのような強大な圧のようなものが、ゲートを開いた瞬間に、全てやよい達にぶつけられた。


「いつ来ても、この重圧は慣れませんねぇ」


 ゲートの先は荒廃した村だった。単なる田舎ではなく、ひと昔前の、それこそ山奥の集落のような風貌。だが、見る限り村の外見は古びた家だったり、争いに巻き込まれたのかという程の壊れ方をしていたり、家の外壁、地面に血痕の後が何ヵ所もあったり、『ここで何かあった』という事は確定だった。


「この皆月村では、何があったんですか……?」


「ここは、過疎化が進んでいるも平穏な村でした。だけどある日五人の山賊がこの村を襲いました。襲われた時間が夜で、古いが故に街灯も何もなかったので、村の人達は全員殺されたそうです」


「全員、ですか」


「しかも山賊のメンバーは異常者だったのもあって、村の人の何人かは拷問のような手法で殺されたり、あえて手足だけ切りそのままにしたり、深い傷をつけて半端な治療を施し放置、といった卑劣な方法で死んでいった方達もいるようです」


「……むごいですね」


「その方達の怨念がこの村全てに溜まっているのです。だから皆月村は禁足地と呼ばれているんです」


 周りを見れば見えてしまう血痕の後、あれは全部村の人達だと言うのか。家の外壁が壊れてしまっているのも、村人達が山賊に必死に抵抗した跡なのかもしれない。


「深徠さんは、いつもこんな場所に行っているんですね」


「ええ、けどいつもではありませんよ。『立ち入ってはいけない場所』というのはこのような場所ばかりではありませんから。神々や神聖なモノが住まう場所、神域とでも言うんですかね。そのような場所も『立ち入ってはいけない場所』ですから……っと、着きましたね」


「ここですか?」


 深徠が止まった場所はある古民家だった。他の家と比べて、この家は外見が傷つけられていない。そのままの状態を保っている。


「この仕事は皆月村に迷い込んだ者を元の世界に帰すことなんです」


「じゃあこの家に迷い込んだ人がいるってことですね」


 玄関のドアを開け、家に入る。家の中は荒らされており、外より血痕が目立っている。だけどこの家に住んでいる人達は楽に死ねたのかもしれない、そんなことを思っていると、深徠はあるドアの前で立ち止まった。そこは押し入れのような場所。


 深徠は押し入れのドアを開けると、そこには涙を流し、震えた表情を浮かべる女の子がいた。


「ここにいましたか。さて、(わたくし)達と一緒に元の世界に戻りましょう」


「あ、ああ…………こに、る……」


 女の子が呟いた言葉。途切れ途切れで全部は分からない。


「……そこに……『いる』……!」


 女の子がそう言った瞬間、背後から猛烈な気配を感じた。振り向けば、自分がどうなるか分からない。けどその気配の強大さは見えなくても感じる程に強い。


 やよいは顔を少し後ろに向け、その正体を見た。そこにいたのは、血塗れで表情が見えなくて、身体中がナイフ等の鋭利なもので傷つけられたかのような傷がいくつもある男の子だった。


「あ……あ……」


 今にも襲いかかろうとしてる姿を見て、小さな悲鳴が飛び出た。だけどその時、やよいの体は深徠の後ろに隠されるかのように移動していて、押し入れを見ていた深徠はいつの間にか男の子がいる正面を向いていた。


「――このバッチが見えないのか? (わたくし)は上にいる方々から正式にこのバッチを貰っている。(わたくし)達はただ押し入れの中の子を回収しにきただけだ。この村に干渉する気はない。分かったのならさっさと道を開けろ。(わたくし)達が帰れないだろう」


 いつもの深徠ではない程の低い声。それだけでなく、深徠の暗赤色の瞳が赤く光を灯している。

 襲いかかろうとした男の子は、深徠の圧に押されたのか、この部屋から出ていった。


「よし、では列車に戻りましょうか。貴方もちゃんと元の世界に帰してあげますよ」


「ありがとう、ございます……」


 押し入れにいる女の子は小さく返事をして、押し入れの外に出る。女の子はやよいより身長も小さく、恐らく年下。黒髪をおかっぱみたいに短くしている。


 家を出て、村の入口に向かう。やよいはその家を出たとき、最初にこの村に入ったときより強大な圧迫感が感じなかったのだ。不思議に思い、隣にいる深徠に聞く。


「あの、最初より嫌な感じが少なくなったような気がするんですけど、気のせいですかね」


「ああ、それは(わたくし)が力を一部解放したからでしょう」


「……さっき見せてた『赤い目』のことですか?」


「ええ、(わたくし)の眼は『屈従(くつじゅう)魔眼(まがん)』と言って、眼を見た者を屈服させることが出来るんです。さっき出したのはほんの一部ですが、それでも本気を出せば結構強い力ですから。そのおかげで『彼ら』は今怯えてるって感じでしょうね」


 三人は固まって歩き続け、無事皆月村の入口にたどり着いた。ゲートを抜け外に出たとき、圧や力等に解放されたような脱力感があった。


「貴方の名前を聞かせてもらってもいいですか? (わたくし)は深徠と申します」


「私は奥野 やよい。よろしくね」


「……小鈴(こすず)


「小鈴様ですね。貴方の出身は確か、『(よい)の国』でしたね」


「……! そう……!」


 自己紹介が進んでいくと、やよいが知らない単語が出てきた。『宵の国』そこが小鈴の出身地らしい。明らかに日本には存在しない名前が出てきて、本当に自分は別世界にいるんだなと改めて実感が沸いた。


「宵の国というのは、夜しかこない世界なんです。それ以外はやよい様の住んでいる日本とあまり変わらないですよ」


「夜しかこない……極夜みたいなものなのかな」


 話している内に、皆月と書かれた駅に着いていた。

 先程までの皆月村と違って、電車の中は圧倒的な安心感を感じた。ここは家でもなんでもないが、あそこと比べれば肩の力を抜くぐらいは気を抜ける。


「小鈴様は席に座って休んでいて下さいね。……やよい様、(わたくし)は少しの時間車掌室にいるので、小鈴様と何か話してみたらどうですか?」


「ええ! 話すって何を……」


 やよいにこっそり耳打ちをして後、深徠は車掌室に入っていく。気まずい雰囲気が流れながらも、やよいは小鈴の隣に座る。


「……えっと、小鈴ちゃんは、なんで皆月村にいたの?」


「……『穴』に引き込まれたから」


「『穴』……?」


「『穴』っていうのはどの世界でも共通にあるもので、時空の切れ目みたいなもの。穴に入ると、自分がいた世界とは別の世界に迷い込んじゃったりするの」


 『穴』は簡単にいうと、世界がそれぞれ壁で隔てられているなら、別世界を行き来できる抜け穴みたいなもの。それは世界共通でどこでもあって、『穴』に入ってしまえば、自分がいた世界とは別の世界に迷い込む。迷い込めば二度と戻れなかったり、『穴』をなんとか見つければその『穴』から元いた世界に帰れる、なんてこともある。


「こっちでいったら神隠しみたいなものかな。……えっと、宵の国って夜しかこないって言ってたけど、なんで朝は来ないの?」


「アサ……? アサって何?」


 小鈴は朝という言葉を知らないようだった。そもそも朝がこないということは朝という概念を知らないのかもしれない。


「あ、えーっと、宵の国ってどんなところ?」


「うーん……別に普通の国だと思うけど……けど、強いて言うなら、星が凄く綺麗なんだ。いつも見てるから見慣れてるけど、建物の灯りが消えたときがいっちばん綺麗なの!」


「そうなんだ。私も見てみたいかも」


「もし、宵の国で降りるなら見てみて! 本当に綺麗なの! そういえば、やよいはどこから来たの? 宵の国ではないよね」


「私は日本って所から来たんだ。今は訳あってこの電車に乗ってるけど、深徠さんの仕事が終わったら帰してもらうんだ……」


「やよい、元気ないね?」


 俯いたやよいを小鈴は下から覗き込むように表情を見る。やよいは悩んでいた。自身がこの電車を引き寄せた理由を思い出してしまったから。


「うん、まあ……最初は早く電車から降りて、家に帰らなきゃって思ったんだけど。本当に、家に帰るべきなのかって思っちゃって」


「家に帰るのは駄目なことなの?」


「駄目って訳じゃないよ。ただ……今私が日本に戻ったら、逃げたいって思ってたことがまた私に襲いかかる。それが嫌だからいなくなりたいなんて願ったのに……」


 小鈴はジッとやよいを見ていた。やよい自身小鈴に話しても理解されるか分からないことぐらいは分かっていた。世界が違うなら、ルールや感性だって違うだろうから。


「やよいの言う逃げたいことは知らないけど、逃げたいことなんて、失くなるわけなくない? まだ私は十三年間しか生きてないけど、逃げたいこと、私もいっぱいあったよ」


「…………」


「けどね、それを頑張って乗り越えた先にとても楽しいことが待ってたりするんだよ。乗り越えた後に、なんで私こんなことで悩んでたんだろうって考えることもあるし、やっぱりそっちにしとけば良かった~ってこともある」


「……そっか」


「けど、それが人生ってものじゃない? 私の人生一度きりなんだから、悩む時間より、何か挑戦をしてみたいって思うんだ」


「……私、今もう少ししたら働く年齢になるんだけど、働くか、別の場所で勉強するか、二択で迷ってるんだ。特別得意なこととか何もないから……小鈴ちゃんだったら、どうする?」


「私だったら……けど、私も悩んじゃうかも――やってみたいことが多すぎて!」


 予想外の回答にやよいは驚いた。やよいと小鈴の気持ちは似てるようで違う。やよいはあまり望まないが故にやりたいことがなく、自分に何があっているのか分からなくて悩んでいた。だけど小鈴は違った。小鈴は探求心があった。やってみたいことが多すぎるが故に、どこを選べばいいか分からない。その気持ちは、今やよいが一番欲しい気持ちだった。


「そっか……小鈴ちゃんの思考が羨ましいな」


《次の駅は~宵の国~宵の国~》


 車内アナウンスが鳴る。話している内に小鈴の出身地である宵の国に近づいているようだ。少し走った後、電車は宵の国と書かれた駅で止まる。


「これで小鈴ちゃんともお別れだね。元気でね」


「……うん。やよいも無事元の世界に戻れるといいね――じゃあね!」


 電車のドアが開き、小鈴は外へ駆け出す。後ろ姿を見送りながら、少し寂しいなんて思ったりもした。


「行ってしまいましたね」


 いつの間にか車掌室から出ていた深徠の姿を捉える。


(わたくし)も少し宵の国に用がありまして……一緒に行きますか?」


「……いえ、私はここに残ります」


「分かりました」


 そう言って深徠は電車の外に出る。誰もいなくなった電車内は少し寂しい。だからこそ考え事が出来る。


 やよいは迷っていた。本当に帰るべきなのか。

 いなくなることを自ら望んだ。全部投げ出して、楽になれたらと願った。


 いや、やよいには自信がなかった。元の世界に帰って、上手くやっていける自信が。この電車は、もう二度とこないかもしれない。自分が望んだこと、それを叶えてくれる。深徠は言っていた、この列車はあの世にも行けると。


 もしあの世にいったらどうなるのだろうか。きっとただ電車を降りるだけだから、痛みも苦しさもないのだろうな。現実世界では、自分は行方不明なんてことで家族には伝わるかもしれない。


「……分からないよ」


 俯いていた顔を起こし正面を見たとき、星空が見えた。小鈴が言っていた星が綺麗という言葉を思い出す。やよいは正面の席に移動し、窓を弄る。鍵を開け窓を開けると目に入ったのは、満天の星空だった。


「わぁ……」


 想像していたよりもずっと綺麗で思わず窓から身を乗り出していた。森の中で遮るものがないからだろうか。星が手の届きそうな距離まであるような気がする。


 ここが別世界なら、今見えている無数の星の中に地球もあったりするのだろうか。もし見えているなら、地球からも宵の国が見えるのかもしれない。


「――ただいま帰りました」


「……あ、お帰りなさい」


「この世界の星は綺麗ですよねぇ」


 やよいの側に寄り、深徠も窓の方に視線を向ける。


「あの、その手に持ってるものはなんですか?」


「ああ、これは……はい、どうぞ」


 深徠が手に持っていた袋をやよいに渡す。袋を広げると揚げ物のいい匂いがする。中に入っているのはフードパックに入っている唐揚げだった。


「やよい様、列車に乗ってから何も食べていないでしょう。まだ最後の仕事があるので、それでお腹を満たした方がいいかと思いまして」


「ありがとうございます」


 そういえば電車に乗ってから何も食べていない。今何時かは分からないが、体感ではとっくに夜ご飯を食べる時間は過ぎている。今まで緊張感やら不安やらで気付かなかったが。


「最後は泉ヶ沢(いずみがさわ)という神域に行きます。今度は結界修復なので、少し時間が掛かるかもしれません」


「結界修復? 迷っている人を元いた世界に帰すんじゃないんですか?」


(わたくし)の本来の仕事はそうなんですが……オールラウンダーというか、(わたくし)結構多才なので、こういう他の人が担当するようなことも振られることがあるんです。だからもうなんでも屋みたいなものです」


 困り顔でそう言う深徠を見て色んなことが出来ても大変なんだなと認識したやよいもあはは……と返事をした。


「泉ヶ沢はどんな場所なんですか?」


「ある森の中にある泉なんですが、星と月明かりに照らされてとても綺麗な場所ですよ。『神聖』という言葉が似合うくらいに」


 そう話した後深徠は車掌室に戻る。深徠が買ってきてくれた唐揚げを一口食べる。


「! 美味しい……」


 衣がサクサクで肉の旨味が凝縮されている。出来立てなのも相まって凄く美味しかった。パックには唐揚げが六個入っていて、あまりの美味しさからすぐに食べてしまいそうな気がした。


 すると音が鳴り、電車が動き出す。


(宵の国ともお別れか……どんな町並みだったんだろう)


 電車が動き出し森の中を進んでいく。木々の隙間から明かりが見えた。よく見ると建物の明かりだった。宵の国の町並みが遠目から見える。


 宵の国は昭和時代の商店街、繁華街のような町並みだった。行き交う人達がお店に入ったり、その場で話していたりと遠目からでもよく見える。


「いつかちゃんと見てみたいな」


 森の中を進んでいくと、いつの間にか景色は最初のトンネルに入ったような暗闇に変わっていた。


(今何時なんだろ。スマホの時間は絶対ずれてるし)


 真っ暗な景色を見つめながら、現実世界はどうなっているのかを考える。よくある話では現実世界に戻ったら時間は一切進んでいなかったなんていうことも聞くが、ちゃんと時間通りに進んでいたら、今頃お父さんとお母さんは自分を探してくれているのか。


 もし警察沙汰になっていたらどうしよう。もし帰ってきたら「こんな時間までどこ行ってたの!」と怒られるだろう。


 寂しい気持ちはある。だけどそれと同じくらいにこの時間が少し楽しいと思ってしまった。自分から冒険することなんかないから、この体験が強くやよいの胸に響く。


「これで最後……ちゃんと答えを出さなきゃね」


《次の駅は~泉ヶ沢~泉ヶ沢~》


 最後の仕事の車内アナウンスが聞こえる。この仕事を深徠が終えれば、自分が戻るか戻らないか深徠に聞かれるだろう。


「最後の泉ヶ沢も一緒に行きますか?」


 車掌室から出てきた深徠にそう聞かれる。やよいの答えは既に決まっている。


「――はい、行きます」


 電車は『泉ヶ沢』と書いた駅に止まる。皆月村と宵の国と同じく駅は森の中にあった。


「今から会う狐の神、純迦(じゅんか)様は粗相をしなければお優しい方です」


「深徠さんは泉ヶ沢に来たことがあるんですか?」


「はい、結界修復の仕事で何度か。本来(わたくし)の仕事ではないのですが……(わたくし)の技量を気に入られて、こうやって仕事として来るんです」


 電車を降り暗い森の中を歩く。だけど不思議と皆月村と違って恐くなかった。星や月明かりが森を照らしてくれているのもあるが、心做しかいい気分だ。これが『神聖』ということなのだろうか。


 舗装されていないでこぼこな道を歩き、先に光が見えた。顔を出すと、開けた森の中に月が水面に映る一つの泉、泉の周りにある大きくのっぺりとした石の上に琥珀色の瞳を持つ綺麗な白い狐が座っていた。


「さて、行きましょう。何度も言いますが、神様なので失礼のないようにだけお願いします」


「はい」


 二人がその空間に足を踏み入れると、狐の神である純迦はすぐに気付き、二人の方に視線を向けた。純迦の側まで行くと、


「おお、深徠、はるばるご苦労。今宵も結界修復を頼むぞ」


(わたくし)の仕事は迷い人を元いた場所に戻すことなんですがねぇ……結界修復専門の方もいらっしゃるのに」


「あやつらより専門外のそなたの方が手際が良いのじゃ。上の奴らにこう伝えてくれ。もっと仕事が出来る者を寄越せと」


「あはは……機会があれば言っておきますね」


「それはそれとして深徠。今日は不思議な者を連れてきているのぉ」


 そう言って純迦の目は隣にいるやよいに向けられた。高尚な存在である神に見つめられて、少しばかり身構えてしまう。


「はい、前に言った通り列車がそういう想いに引き寄せられてしまいまして」


「ふむふむ、ここ何十年はお主らのような者しかこの神域に来ないからのぉ。お主、名はなんという」


「奥野 やよい、です」


「やよいか、良い名じゃ。深徠、やよいと少しばかり話をしてもいいかの?」


「はい、元よりそのつもりなので。では(わたくし)は結界修復に行ってきますね」


 そう言って深徠はこの空間から出ていった。


 深徠がいなくなったことで純迦とやよいの二人きりとなった。緊張が走る。さっきの小鈴と二人きりになるのとはまた違う感じがした。


「そんなに緊張するでない。ほれ、我の側にくるのじゃ。人間がこの神域に来るのは何十年ぶりだからの。存分にもてなしてやるぞ!」


「あ、ありがとうございます」


 純迦の言葉通り、やよいは純迦の側に座る。近くで見ると白い毛並みが近くにあって撫でてみたいという衝動に駆られる。


「それでお主はどういう想いがあったんじゃ? 深徠の列車は相当な想いがないと引き寄せられないからのぉ」


「……いなくなりたいって、願ったんです」


 琥珀色をした瞳がやよいを見つめる。


「どうしてそう思ったんじゃ?」


 やよいは話した。自分の現状を。どうしてそう思ってしまったかを。純迦は茶化さずただ黙ってやよいの話を聞いていた。


「ふむ……お主の世界も大変じゃのう」


「そうですね……だから少しだけ、羨ましいって思いました。皆月村での事は怖かったですし、怖い思いはしたくないです。けど綺麗で落ち着く泉ヶ沢に来ることができた。なんだが世界中を旅しているみたいで、深徠さんの仕事、いいなって思ったんです」


「ふふ、それを深徠に言ったら喜ぶじゃろうな。……そんなに言うなら、やよいも同じ仕事をしてみるか?」


「……!」


 驚きで声が出なかった。代わりに純迦の目を見る。人ではないため、表情が分かりにくいが、おふざけで言っている訳ではなさそうだった。


「深徠に言えばお主も同じ仕事が出来る。あやつの仕事は迷い人をただ戻すだけで、想いによって列車に乗った人間については業務外だからの。お主が同じことを望むなら、深徠はそれを尊重してくれる。あやつは優しいからのぉ。本気でそれを選んだのなら、必ず笑わず尊重してくれる男じゃ」


「…………」


「――だが」


 純迦の声のトーンが下がった。分かりやすい変化にやよいは身構える。


「深徠と同じ仕事をするのなら、お主は大切なものを捨てなければならない」


「大切なもの、って……」


「……そうじゃな。今の生活、友達、現状、家族、そして――人間としての器」


 声のトーンはそのままで。純迦はやよいと顔を見合わせる。


「分かるか? 人間として築き上げたもの全て、お主は捨てないといけないんじゃよ」


「え……」


「何をそんなに驚く。現に深徠は人間ではない。それぐらいお主でも分かるじゃろ?」


 何かを叶えるには、何かを捨てないといけない。そんな言葉があるのは知っていた。だけど、今この状況でその言葉の意味を再認識するとは思わなかった。


「……お主が望むものになるには、それだけのことをしないといけないのじゃよ」


「……はい」


 分かってはいた。深徠が人間ではないこと。そもそもこの電車、今まで巡った場所全てが、日本のどこにもない異界の土地だということは。


 だからと言ってこのまま現実世界に帰る等と選択してもいいのか。自分を納得できる理由でさえ存在しないのに。


「……だが、お主には同情するぞ。十八までになりたいものを決めろと言われても無理な相談じゃ。我なら百年は欲しいものじゃ!」


「…………」


「だからと言ってこのまま黙っていてもいずれ決めなければならない日が来る。……やよい、我は無理に今の段階でなりたいものを決めなくてもいいと思うんじゃ。人生は短いようで長い。決める時間等いくらでもある。だからと言ってずっと先延ばしにするのも駄目じゃ。人生は長いようで短い。逆も然りじゃ」


「……はい」


「お主は自分の父や母に相談したのか? 自分のことが分からなくても、第三者から情報を仰げば今まで見えなかった自分というものが見えてくる」


 (――そういえば、私、何も相談してない)


 理由は簡単だ。両親に迷惑かけたくなかったから。

 クラスの皆それぞれ自分で決めて、それぞれの道を歩もうとしているのに。自分は同じ土俵にすら立てない。だって何も分からないから。


 全部自分でなんとかしようとした。両親に頼らず、自分の力で。呆れるかも知れないが、誰かに道を決められたくなかった。自分で見つけて、自分で決めて、その道を歩む。だけどそうするには自分は足りないものだらけだった。


「私……何も……」


「それはそれは……お主がいなくなれば両親はとても悲しむじゃろうな。消えた原因も知らずに」


「原因……?」


「原因を知っての失踪も悲しむが、原因を一生知らぬまま、お主は何も相談せず失踪……それもとても残酷だとは思わんか?」


 原因を知った状態で消えれば両親は自分達の力不足だと悔やみ、後悔するだろう。だけど何も伝えなかったら?


 何も伝えないまま消えれば、両親はどうしてそのような経緯に至ったのかも知らず、生涯死ぬまでずっと悩み考え続けるだろう。自分達が原因なのか。自分達に落ち度があったからやよいは何も相談もしてくれなかったのかと。


「分かったか?」


 純迦にそう聞かれる。よく考えると自分は今とんでもないことをしようとしているのが分かる。


「――やよい、お主は現実世界に戻れ。現実世界に戻って、抗えるだけ抗ってみよ。なぁに、心配はいらない」


 前髪を上げて額を見せろと言われて、指示通り額を見せる。すると純迦の顔が近づき、額に何かが触れた。神様からだが、意味が分からない訳じゃない。


「えっと、あの……純迦、さん……?」


「ふふ、その『印』はいつでもこの泉ヶ沢に来れる通行許可書のようなものじゃ。我はお主のことが気に入ったからの!」


「あ、ありがとうございます……?」


「――やよい様、お待たせしました」


 話に夢中になって、結界修復が終わった深徠に気付かなかった。やよいは声のする方を振り返る。するとやよいをじっと見つめた深徠が一言。


「ふふふ、純迦様もこのようなことをするんですね」


「やよいは我のお気に入りじゃからの!」


 「帰りましょうか」深徠からそう告げられる。やよいは迷わずはいと答えた。


「深徠、また結界修復の時は頼むぞ。――やよい、辛くなったらいつでも我の神域に来るがよい。お主なら何百年居座ろうと構わんぞ」


「――はい!」


 声を張って返事をする。純迦の神域を抜け、再び森の中へ入る。


「純迦様と話ができたようですね」


「はい。純迦さんには色々気付かされました」


「列車に戻った後……聞かせてもらいますね」


 深徠にそう告げられ、やよいは怖くなかった。ちゃんと答えを見つけたから。


 電車に戻り席に着く。正面に立つ深徠にこう聞かれる。


「やよい様の答えを聞かせて下さい。貴方は戻りますか? 戻りませんか?」


 既に答えが決まっている自分に何も怖いものはない。ちゃんと自信を持って、この答えを口に出せる。


「――はい、私は『戻ります』」


「ふふ、承りました」


 深徠はそう微笑んだ後、車掌室に戻る。電車は動き出し、最後まで残ったやよいの居場所へと向かっているのだろう。


(本当に……色々なことがあったな)


 現実世界に戻っても、何も変わらないかもしれない。むしろ悪くなるかもしれない。だけど自分は何も周りに相談せず抱えて、無理になったらいなくなりたいと願った。


 そう思うにはまだ早いと思った。

 諦めずに探し続けて、何回も挑戦して、頭が機能しなくなる程考えて、それでも何も得られなかったら、『いなくなりたい』そう願ってもいいんじゃないかと。


 諦めずに抗う。それをやよいは出来ていなかったから。


 それに気付かせてくれた皆には、本当に感謝をしたいと思った。


「私はもう諦めない。諦めないで模索するよ。時間が掛かっても良い。最後に私が幸せなら、それが私にとってのハッピーエンドだから」


《次の駅は~現実世界~現実世界~》


 最後の車内アナウンスが鳴った。恐らくこれから先の人生でもう聞くこともないだろう。


 ――諦めないって決めたから。


 窓からの景色は見慣れた街並みに変わり、到着した駅も、いつも自分が乗ってる駅だ。『帰ってきた』そんな実感が沸いた。


 到着しドアが開く。駅に足を踏み入れ、いつもの駅にほっと安心する。


「やよい様」


「深徠さん」


 電車内には深徠が車掌室から出て見送りに来てくれた。決してドアから外には出ず、閉まっていないのに住む世界の違いを感じた。


「後乗車ありがとうございました。またお乗りの際は、やよい様の望む世界へと連れていきましょう」


「はい。色々ありがとうございました。私、この出来事、絶対に忘れません」


「……はい。またいつか会う日まで」


 そう言って、電車のドアは閉まる。深徠は車掌室に向かい、時間が立たない内に、その電車は行き先が分からない目的地に向かいだした。


 バイブ音が鳴りスマホを見ると圏外ではなくなり、バーには沢山の両親からのメールや着信で埋まっていた。


「この連絡の数が、私がお父さんとお母さんに愛されてる証拠なんだね」


 スマホを操作し、駅まで迎えに来て欲しいと連絡を入れる。

 来ることのない電車の線路を見つめて、やよいはさっきまで体験した出来事を振り返る。


「深徠さん、小鈴ちゃん、純迦さん……本当に、ありがとう」


 そう言葉を呟き、やよいは階段へ駆けていく。未知なる明日の為に。

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