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6. 同郷の老夫婦に会いに行く

かなりお久しぶりです。

久しぶりついでに、名前を戻しまして、タイトル変更しました。

よろしくお願いいたします。



 精霊王サチュヴァリエスの元を辞し、乗ってきた馬を村の入り口にある厩に預け、村外れの民家に向かう途中で咲良はふと思い出した。


「あたし精霊王様にちゃんと挨拶してなかったわ」

「え、今更?」

「うん。今更」


 村人に軽い挨拶をしながらほてほてと歩いていての事である。

 村人に挨拶しながらようやく思い出すとか、失礼にも程があるだろう。


「訊くまでもなくサチュはサクラのことを知っているだろうし、問題ないんじゃないかな? その辺はわりと大らかというか、大雑把というか」

「……ははは」


でも確かに、咲良が自己紹介をするまでもなく彼女の素性を知っていたし、結構不躾な言動をしていたにも関わらず、咎めたりされなかった。

 が、社会人としてどうなんだって話である。挨拶は基本だ。


(もしかしたら、ひっじょーに不本意だけども、あたしがロアの花嫁だから許されたのかもしれないんだけどね)


 自己弁護をするも、それでもなんだか胸にモヤッとしたものを感じ、脳裏に描いた精霊王に合掌して小さく頭を下げた。

何故自分が花嫁なのかを訊きたいと思っていたのだが、この世界に縁もゆかりもないと思っていたらガッチリご縁があった時点で、聞くだけ無駄なような気がしてきた。


(まさかおばあちゃんが異世界人とか思わないって)


 日本人離れしている面立ちだとは常々思っていたが、地球人ですらなかったわけだが。


「サクラ着いたよ」


 声を掛けられて我に返る。

 ジョイスは咲良の手を引きながら家を左に迂回していく。家の裏手には小さな畑があり、麦わら帽子を被ってしゃがみ込み、背中をこちらに向けて作業する二人の姿があった。


(あの人たちが……)


 何かを話し高らかに笑う声。

 仲の良さを窺えてほっこりしている咲良の隣で、ジョイスが二人の背中に向かって声を掛けた。


「こんにちはぁ」


 ジョイスの声に麦わらの二人が振り返り、軽やかにすっと立ち上がる。

 咲良はその姿に言葉を失くした。


「やあ、いらっしゃい」


 帽子を脱いで会釈する男性とそれに追従する女性。

 咲良を見てにっこりと笑う二人の様子に、陸に上がった魚の如く口をパクパクさせる。


(ど……どゆこと!?)


 老夫婦をガン見したまま動かない彼女の隣で「サクラ?」と首を傾げるジョイス。


「ようやく来たのかい」


 呆れたような口調でそう言った女性だが、表情は優しい。


「……約束してたかな?」


 返答したのは数瞬考え込んだジョイスだった。


「いやいや。お隣のお嬢さんにです」

「?」


 女性と咲良の顔に視線を何度も往復させるジョイス。それを見て笑いを堪える男性。


「いつまで呆けているんだい、咲良?」

「お、おばあちゃんッ!?」



「本当に人が悪い」


 少し恨めしそうに老夫婦を交互に見てジョイスが呟いた。

 咲良の身内と知っていて惚けていたのなら文句の一つも言ってやるところだけれど、本当に祖父母から何も聞かされていなかったようだ。


(尤も、精霊王さまは既に承知していた感じだったけどね)


 彼女の何か含んだような物言いは、こういう事だったらしい。

 家の中に案内されて、こじんまりしたダイニングのさほど大きくもない円卓を囲んで座った。

 祖母の用意したお茶に口を付ける。


「……カモミールティー?」

「裏の畑で採れた自家製カモミールだよ」


 そう言ったのは祖父だった。


「こっちにも日本(むこう)と似たものがあるよね。米とか大豆とか?」


 日本独特の調味料の基本素材である。


「あ~、ひなのさんが森の貴婦人にいろいろ注文付けて、生み出して貰った種もあるかな。こちらの風土に合うように更に品種改良していますけどね」


 ちょっと遠い目をする祖父に咲良が頷く。


「精霊王さまを扱き使うとか、やっぱおばあちゃんだね」

「あら。どうせ食べるなら美味しいものが良いでしょう? 植物はサチュ様の得意分野なんだから任せるべき」

「そういう問題じゃないような」


 どこの世界に “王” と呼ばれる人を扱き使う人がいるだろう。しかも人外。


(あ、いたわ。目の前に) 

 

 ニコニコしながら焼き菓子の乗った皿を出し、涼しい顔で祖父の隣に腰かける祖母に苦笑を浮かべる。

 しかし。まさかこちらの世界で祖父母と再会するとは。

 この十年、二人の遺体は戻らず、ほとんど諦めていた。


(こちらに来て二年とか、ジョイスが言ってたよね)


 日本では十年が経ったけれど、祖父母たちはあの頃の姿とそう変わらない。

 初めてジョイスに会った時は小さな子供だったのに、次に会った時は僅か三歳差にまで年齢を詰められていた。そして今、彼は二歳年上だ。

 一貫性があるとは思えないような時間の流れ。一体どういう理屈なのだろう。


(まあ考えたところで原理なんか解んないんだけどね)


 そんな事よりも、大好きな祖父母たちにまた会えた。咲良にはそちらの方が重要だ。

 懐かしい祖父母のやり取りを見て、彼女の口元が自然と綻ぶ。


「時間の流れがこうも違うのに、よくあたしだって判ったよね」

「可愛い孫のことを判らいでか」


 得意そうに胸を張って言った祖母の隣で「咲良が来たと森の貴婦人様から聞いていたからね」と祖父が言えば、「それだけじゃないですよ」とテーブルの下でパシンッと叩く音がした。きっと祖母が祖父の腿を張ったのだろう。祖父の苦笑が物語っている。

 十年前まではよく見た光景。

そんな二人にほっこりしていると、咲良の隣でジョイスが口を開く。


「僕はサチュに頼らなくともサクラのことは判るけどね」


 こっちでも何か得意そうに言っているが、それも祖父が「少しばかり縦に伸びただけで、咲良はそう変わっていないですからね」とジョイスの鼻っ柱を挫くようなことを言う。

 ジョイスは、にっこりと悪気ない祖父の顔をチラリと見てから、咲良に向き直って彼女の両手を取った。


「例えやっと会えたサクラがシワシワのおばあちゃんになっていたとしても、絶対に判る自信あるよ」

「そりゃぁ、あたしには加護紋があるしぃ?」

「そんなのなくたって判る」

「いや。そもそも加護紋なかったら、ジョイスに会うこともなかっただろうし、あたし今ここに居なかったんじゃない?」

「――……」


(あ、目逸らした)


 平静を装ってお茶を啜る彼の手が微妙に震えている。

 そんなジョイスを少しばかり意地悪な気持ちで眺めながら、咲良もカップに口を寄せた。

 いくら祖母がこちらの世界の人間だったとしても、咲良に加護紋がなければ彼と出会うことはほぼなかっただろう。

 咲良に加護紋があるから、ジョイスは彼女の元に転移したのだろうし、幼子だったが故に咲良を無条件に好きだと思い、その刷り込みが未だに続いているとしか思えない。


(中には花嫁と結婚したくないと駄々捏ねたロアもいたみたいだし?)


 最終的には花嫁と結婚する羽目になっている様だが、必ずしも、ではないのだ。その後のロアの心の機微まで推し量ることは出来ないが。


(もしかしたら夫婦円満だったかも知れないし、もしかしたら仮面夫婦だったかも知れない。どっちにしろ、一生のことを加護紋なんかに左右されたくないなあ)


 きっと先人たちの中にもそう思った人たちがいたはずだ。

 祖父はニコニコと咲良を眺めながらお茶を啜っている。そんな彼に微笑み返すと、更に笑みが深まった。


「咲良はずっとエンデルのお邸に居るのかい?」


 祖父の問いかけに咲良が口を開きかけた時、脇からジョイスが嘴を挟む。


「当然でしょう。僕の花嫁なんですから」

「領主さまには聞いてませんよ?」

「この日を僕がどれだけ待ち望んでいたか」

「そうは言っても、久々に再会した孫を連れて行ってしまうのは、余りに薄情ではないですか?」

「僕だって十一年待ったんですよ!?」


 ピンポンのような男二人のやり取りを眺めていた咲良が、座ったままズズズと椅子を祖母の方にずらし、声を潜めて話しかける。


「なんかおじいちゃん、ジョイスに当たり強くない?」

「昔から覚悟はしていただろうけど、いよいよ現実味を帯びてきたからねぇ」

「? それって、あたしが遠くにお嫁に行っちゃうって話? でもおじいちゃんもこっちに来ていたら、遠くではないような……」

「遠くはなくなったけど、可愛い孫を他の男の手に委ねるのは変わってないからね」

「はははっ」


 相手がジョイスとは限らないけれど、一度くらいは嫁に行くことを希望している身としては、祖父の愛が微妙に重い。


「ところでさ、おじいちゃんはおばあちゃんが異世界人だって知ってたの?」

「そりゃあねぇ。いきなり目の前に人が現れたら、信じるしかないでしょう。尤も竹雄さんはちっとも驚いてませんでしたけどね」

「あ~。そゆとこあるよね、おじいちゃん」

「十分驚いていましたよ」


 咲良の同意を聞いて飄々とした面持ちの祖父が嘴を挟んでくるが、祖母はケラケラ笑って本気にしていない。そして咲良の傍らではジョイスが椅子をずらして彼女にぺたりとくっつき、まるで猫のように祖父を威嚇している。

 女二人が笑いを堪えて小刻みに震えていたらジョイスにひと睨みされたが、寧ろ笑い声を隠すのがつらくなっただけだった。




「船上を散歩していたら、大きな雷雲が発生してね~」


 そう語り出したのは祖母だ。

 祖母たちが異世界転移した経緯を訊きたいと話を振った咲良に、よくぞ聞いてくれたとばかりに身を乗り出して話し始めた。


「船上に居た人たちの髪の毛が、こうブワーッて逆立ってね」


 と、自分ではなく祖父の髪の毛を両手で勢いよく逆毛立たせる祖母に、諦めの表情を浮かべる祖父。

 立ち上がってまで祖父の髪の毛をぐしゃぐしゃにする必要性があるとも思えないが、とりあえず臨場感は伝わってくる。

 その雷雲の発生から程なくして、祖父母たちを取り巻く空気が変わったそうだ。

 甲板に居た乗船客たちは安全とは言えない自然現象を楽しんでいて、誰も二人に関心を見せなかったと言う。

 実際、乗船客たちの記憶は曖昧で、たまたま他の客が撮っていた動画に数瞬だけ映り込んでいた状況から、祖父母たちは海に転落したものと思われていた。

 落ちたと思われる所から潮目に沿って捜索したが、二人がいないことに気付いた時にはそれなりの時間も経過していた事もあり、結局ふたりは見つからないまま死亡と判断された。


(見つかるわきゃないわ。てんで見当違いの所に行っちゃってるんだから)


 捜索範囲が異世界とか、まず誰も考えない。

 そうして二人が次に見たものは、いきなり断崖絶壁に阻まれた砂浜だったそうだ。ただ唯一救いだったのは、祖母が土地勘のある場所だったことだろう。

 背後に断崖絶壁と、遠くに見える島々の場所と数から、子供の頃によく連れて来られた小さな砂浜だったらしい。


「たまたまその時、息子さんと修練に来ていたノスケさんに助けて頂けて良かったですよ」


 その時の事を思い出したのか、祖父の眉尻が下がる。


「でなければ、道具もなしに迂回路のないあんな場所から抜け出すことなど出来なかったですからね。ひなのさんは別として」

「あら。わたしが竹雄さんを置いて行くとでも?」

「ひなのさんがわたしを置いて行くとは思ってませんよ。ただ子供の頃に上り下りしていたあなたと違って、生まれてこの方ロッククライミングなんてした事ありませんでしたからね」

「とんでもない所に出ちゃったね」


 祖父の話で状況を想像し、心底憐れむような声が漏れた。

 その点、自分はジョイスの部屋で良かったと、こっそり胸を撫で下ろす咲良である。


「そう言えば、今もノスケが息子を連れて修練に行っていたな」


 思い出したようにジョイスが口にする。


「ノスケさんって戦国の忍者だった人だよね? 息子さんいたんだ?」


 そもそもノスケの年齢を知らない。元戦国時代の忍者と言うだけで勝手に年嵩なイメージを抱いていた。

 祖父母の一件もあるので、もしかしたら息子と一緒に異世界転移した可能性もあるか、そんな風に考えていた咲良の思考を遮るように、ジョイスの声が耳に届く。


「十歳の息子がいるよ。あと今はちょっと不在だけど、今年十七の娘がいる」

「不在? 近いうちに会える?」

「うーん。それは何とも言えないなぁ」

「そうなの?」

「ほら。父親がノスケだから」

「? ……どういうこと?」


 先ほど聞いたとんでもない修練に嫌気がさしての家出かと思い、咲良が俄かに気色ばむ。すぐにそれを察したジョイスが「違う違う」と顔の前で手を振った。


「父親のノスケと同様に、彼女が十五の時、ノスケの目の前から忽然と消えたらしい。ノスケは十九の歳に戻って来られたけど、サチュが言うには彼が生まれた時代とは大きく違っていたらしいから、この時代のこの場所に十七歳の彼女が戻って来るかは分らない」

「……あ~。なるほどね。それにしても、ジョイスを含めあなたの周りでそういうの、多過ぎない?」


 しばし思考が停止したのち、尽々という思いが滲み出た言葉が漏れた。


「ほんとにね」


 同意した彼の声にも同じ響きが含まれている。

 少し残念に思いながらお茶を啜っていると、ふと祖母の表情が目に映る。


(……?)


 何とも言えない切ない眼差し。そんな祖母にすぐに気付いた祖父が、彼女の背中を優しくポンポンする。

 うっかりしていたが、祖母もまた異世界転移をした人だ。それも、人生の殆どを異世界(日本)で過ごすほど長い間、故郷に帰って来られなかった。割と短いスパンで何度も行き来しているジョイスとは違う。

 複雑な気持ちで祖母を見る。


「おばあちゃん……」

「……なに。大丈夫さ。今度は一人じゃないしね。竹雄さんもいるし、咲良も来てくれた」

「うん」


 突然家族から引き離され、知らない場所で心許ない思いを抱えていた少女を思うと、胸が痛い。

 そう考えると、異世界に来ても知っている顔が複数ある自分は、なんと恵まれているのだろう――これを恵まれていると言って良いものか、甚だ疑問ではあるけれども。

 きっと咲良には言えないような、様々な感情が祖母の中に渦巻いているのだろう。それ以上何と声を掛けたらいいのか判らず、小さく頷いて目の前のティーカップを両の手で包んだ。




 束の間の沈黙の後、「そう言えば」と咲良が口を開いた。


「ノスケさんにはいつ会えそう?」

「ノスケには奥さんも子供もいるよ」

「ばか?」

「どうしてそうなる」

「その言葉、そっくり返すわ」


 二人のやり取りを見て、祖母は吹き出し、祖父はうんうんと小さく頷いている。


「仲が良くて安心したわ」

「どこが!?」

「そうでしょう」


 祖母の言葉へ同時に返した咲良とジョイスの齟齬。無表情になってお互いの顔を見た。


「……ノスケには戻るように連絡をやったから昼頃には戻る筈だけど、どうしてサクラがそんな事気にするの?」

「おじいちゃんとおばあちゃんを助けてくれたんだから、孫としてお礼を言うのは当然じゃない」

「……本当にそれだけ?」


 胡乱な眼差しのジョイス。


「当たり前でしょ。会ったこともないのに、あたしにどうしろと?」

「だってサクラ、忍者好きでしょ」

「そりゃ好きだけどね」

「ほら」


 拗ねているジョイスを見て、咲良は溜息を吐く。

 祖父母の影響から時代劇が好きで、その中でも忍者モノが大好物であることは一緒にテレビを観ていたジョイスなら知っている。何しろ、画面の向こうの忍者にやきもちを焼いて、しばらく咲良から離れようとしないのが常だったのだから。

 やれやれと口中で呟き、お茶を含む。祖母と目が合ってくすりと笑った。


「ところでだけど、ノスケさんは元が忍者だから息子さんに伝授するのは解るとして、こっちの世界ではロッククライミングは普通のことなの?」


 祖母は子供の頃によく上り下りしていたと言っていた。

今も修練と称して幼い子供が断崖絶壁を上り下りし、そうしなければならない環境だとしたら、今後ここでの生活は困難を極めそうだ。


(仕事柄、指の力には自信があるけどね)


 先日ジョイスにもお見舞いしたが、得意技はアイアンクローである。


「そんなことないけど?」

「え、でも何だか当たり前のように崖上り下りしてるみたいな? 会話してない?」


 ジョイスは数度瞬きをして、祖母の顔を見てから咲良に視線を移す。


「うちの領地の周りは山と崖ばかりだからね。有事の際は攻め込まれないために橋を落とすから、そうなった時に備えて、昔から武人の家系では必修になってはいる。だからそう考えるとひなのさんのご実家は武人の家系だったのだと思う」

「そっかぁ。おばあちゃん、何か覚えてる?」

「町も村もすっかり様変わりしてしまっていたから、さっぱりだねぇ」


 肩を竦めた祖母に対して、大仰なほど肩を落とす咲良。

 家名も解らないのかと訊くジョイスに対して、苦笑しながら首を振る祖母にちょっと切なくなる。

 祖母のルーツがここにあるのに判らないもどかしさは、咲良以上に祖母が感じているはずなのに当の本人はあっけらかんとした様子で、だから余計にそれ以上話をほじくり返して聞くのは躊躇われた。



 祖母の作ってくれた早めの昼食を済ませ、人心地ついてから農村の小さな平屋を後にした。

 直前まで咲良を帰したくない祖父と、連れて帰りたいジョイスの攻防でしばし時間は食ったものの、祖母の執り成しで送り出されたその背後から「じーちゃんが作った野菜持って会いに行くからなぁ」と祖父の半泣き声が咲良の後ろ髪を引いたが、祖母によしよしされているのを見てちょっとほっとする。


 本当は咲良としてももっと祖父母たちと一緒に居たかったのだが、わざわざノスケを修練から呼び戻したとあっては彼女が戻らない訳にもいかず、何を措いても大切な祖父母を助けて貰ったお礼は、機を逃す前に言いたかった。

 咲良はふと、先ほどまでの事を振り返る。

 死んでしまったと思っていた祖父母が生きていた僥倖にまたも胸が熱くなり、双眸がじわりと潤む。隣を静かに歩いていたジョイスにそっと背中を叩かれ、ぽろりと涙が零れた。


(おじいちゃんとおばあちゃん、生きてたよってみんなに伝えられたらいいのに)


 祖父母の生存を諦めた時、どれほどの人たちが嘆いたことか。

 咲良は最後まで駄々を捏ねるように泣いて、葬式にも出なかった。葬式に出ることは祖父母の死を認める事だったから。


(……生きてた……生きててくれた)


 異世界に来てしまってとんでもない事になったと思っていたけれど、来ることが出来なければ恐らく生涯、二人の生存を知ることはなかっただろう。


(ジョイスの嫁ってのはなんだけどさ)


 それでも現状を嘆いている状態から脱却できそうだ。

 零れた涙を掌で拭い、小さく頷く。


(できたら三人揃って日本に帰りたいけど、ここはおばあちゃんの故郷でもあるからなぁ)


 こちらの生活を満喫している祖父母たちが、日本に帰りたいと思っているか訊いていなかった。

 やたら順応力の高い祖母に負けず劣らず順応力の高い祖父だけれど、ふたりとも元々は自然豊かな所で生まれ育った人たちだ。都会の生活よりもここでの生活の方が、ずっと生き生きしていた。

 そんな人たちを無理に連れ帰ることは出来ない。

 つらつらと思考を巡らせていたら、いつの間にか村の入り口にまで戻って来ていたようだ。


「もう大丈夫?」


 ジョイスにそう訊ねられ、一瞬の間を開けて頷いた咲良だった。


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