1.プロローグ
お久しぶりの方も、初めましての方も優奎日伽でございます。
かなり久しぶりの投稿で、優奎初の異世界ファンタジーでございます。
しかもR指定じゃないwww
この先どう転がって行くのか、少々不安を感じながらの始動ですが、気に入って頂ければ幸いです。
左手首の内側をぼりぼり掻いて、ふとそこに視線を落とした。
生まれた時からあるらしい丸みのある葉っぱのような形をした痣が三つ。それがこのところ成長しているような気がする。そのせいかどうかは分からないけれど、無性に痒くなる時がある。今も爪の痕が赤く残ってしまっていた。
大人になるにつれ皮膚が伸びて痣は薄くなると何処かで聞いたことがあるのだが、一向にその気配はない。なんなら濃くなっている。
で。問題の痣を見ながら思い出す。今は亡き祖母が彼女の痣を指で撫でながらよく言っていた言葉は、『遠くにお嫁に行ってしまうのは寂しいけれど、嫁ぎ先できっと大切にして貰えるわ』だったか。その言葉で祖母の息子でもある彼女の父親を軽くパニックにさせたそうだが、何を根拠にした言葉だったのか。
しかしながら、未だかつて恋人と言える相手がいた例がないので、むしろ最近は心配されることが増えた。
今となっては素直に祖母の言葉を信じ、物語のような恋愛を密かに期待していた時間が長かった分だけ残念感が満載で、出来る事なら祖母に物申したい。
ムズムズする手首をまたボリボリ掻きながら、彼女は次の仕事の準備に取り掛かった。
とあるリラクゼーションサロンで、セラピストの森山咲良は会計の終わった客に向かって「え?」と思わず聞き返してしまった。
眉間に縦じわを深く刻んだその表情は、あたかも『迷惑です』と言わんばかりのものだったと、直様表情を改めて極上の笑みを浮かべるも、頭の中では『まずい』を連発している。内心で冷汗を掻きながら指名のお客様を見返していると、客がもう一度同じ言葉を口にした。
「明日の十四時なんだけど、森山さん時間空いてる?」
今日の施術はお客様の納得のいくものではなかったのだろうかと、急に不安が湧き起こってきた。この仕事を始めて四年。指名順位一位だからと慢心していた訳ではないが、久々の緊張感が咲良を襲う。
コクリと喉を鳴らして見返す咲良に、客は言葉を続けた。
「娘が帰省しているんだけど、森山さんにお願いできるかしら?」
その言葉で自分の勘違いに気付き、咲良はこっそり安堵の溜息を吐いた。
が、しかし。明日は都合が悪い。
(ひっじょぉぉぉに、都合が悪いんですけど)
普段ならしないこんな勘違いも、他の日に変更できない大事な予定が入っているせいで、少し過敏になっていたからかも知れない。今日の施術に問題があったりしたのなら、それを無視して次の出勤日まで引き延ばすことなど、咲良の良心に反する事だから。
けれど、咲良の施術に問題がないのであれば、彼女の予定に変更は有り得ない。
咲良は申し訳ないし残念だと言わんばかりの表情を浮かべながら、僅かに頭を垂れて口を開いた。
「すみません。明日から三日ほどお休み頂いてまして……」
「ええっ、そうなの? ……じゃあ、ダメね。残念だけど」
本当に駄目なのかと、目で訴えて食い下がってくる客に引き攣った笑みを浮かべつつ、咲良は先程よりも頭を深く下げる。
「すみません。折角のご紹介なのに」
「予定があるんだもの。仕方ないわ」
申し訳なくペコペコ頭を下げる咲良に気の良い笑顔を浮かべ、「旅行?」と何気ない口振りで訊いてくる。咲良は小さく頷きながら、
「スリングショットの大会と、ついでに観光でもしてこようと仲間内で話になってまして」
「スリングショット……って、森山さんの趣味だって言うゴムパチンコのことよね?」
「まあ、そうですね」
左手を前に突き出し、右手でゴムを引き放す身振りをして見せる客に咲良は苦笑する。スリングショットを知らない人の反応は、まあ大体決まってこんなものだ。
ゴムパチンコと聞いて誰もがパッと思い浮かべるのは、子供の手に馴染むサイズで、プラスチックで出来たY字の本体と安っぽいゴムだろう。実際、咲良が初めて手にしたのも正にそれだ。しかし侮ることなかれ。愛好者はまだまだ少ないものの、世界大会もあるし、一応スポーツであり、投擲する物が変われば狩猟の道具にもなるのだから、なかなかどうして、である。
「見た目はお人形さんみたいに可愛いのに……」
そう言って言葉を濁した客の表情が『残念な子』と言っているが、これもまた、通常仕様の反応である。
仕事中なので前髪は邪魔にならないように後ろに流して一つに結んでいるが、艷やかな黒髪はセミロングのストレート。利発そうな広くて丸い額。柳眉と二重の綺麗な双眸はヘーゼルで、角度によって琥珀色にもグリーンにも見える不思議な色合い。小さな鼻とぽってりした小さな唇はとても血色が良い。
目の前の客が言うように、見てくれだけは本当に “愛らしいお人形さん” なのだが、実態は好きになった男性にももれなく同性の友達枠に括られるような “残念な子” なのである。故に未だ彼氏いない歴を更新すべく、茶色い枯葉色の人生街道を絶賛驀進中だ。
咲良が無言のままにっこりと微笑みかけると、客はハッとした顔になり、少々気まず気な笑みを浮かべていそいそと帰って行った。
***
あれは、十年前。
咲良十四才の夏休み。
一時期、事情があって預かっていた白金髪にフォレストグリーンの瞳を持った子供。
咲良にとても懐いてくれた小さな男の子だった。言葉はなかなか通じなかったけれども。
外国人の子供――ジョイスを連れて近所の駄菓子屋へ行った時に、彼の目に止まった黄緑色のゴムパチンコ。
庭に的を作り、二人で一緒によく遊んだものだ。
別れの言葉も告げないまま、突然故郷に帰ってしまったジョイス。
残された黄緑色のゴムパチンコ。
ジョイスがいなくなった寂しさを紛らわせるかのように、一人庭で遊んでいたあの頃。
気が付けば、それはすっかり咲良の趣味として定着していたのだった。
***
仕事が終わるや否や、咲良は早々に帰宅した。
今日の夜行バスで仲間たちと移動する事になっているので、のんびりしてもいられない。
軽くシャワーを浴びて、身支度を整える。
さて出発するか、といった段になって、何度も確認したはずの荷物が気になった。
しつこいくらい確認したのに、忘れ物があるような気がしてならない。
数瞬悩んで、咲良はキャリーバックを開けた。
「――あっれーぇ? おかしいなぁ。間違いなく入れたんだけど……」
スリングショットの大会に行くのに、肝心の物が見当たらない。いの一番で入れたはずなのに。
咲良は立ち上がると、所定の位置――クローゼットの扉を開けると、コンテナボックスの上に鎮座するバニティバッグを手に取って首を傾げる。
「入れたつもりで元に戻してた? ……いやいやいや。入れたって。しっかり。何度も確認したからっ」
けれど、実際には所定の位置に置かれたままだったわけで。
まだボケるには早いだろう、と口中で呟きながら視線を手元から正面に向け、咲良はパシパシと聞こえてきそうな瞬きを繰り返す。
「……あたし、自分が思ってる以上に疲れてんのかな?」
そろそろと肩越しに後ろを振り返る。
「あたしの部屋、だよね?」
見慣れた間取りと好きな物だけを集めた咲良の癒やし空間。
それについ先刻、クローゼットのコンテナの上からバニティバッグを手にしたばかりだ。
なのに何故だろう。
目の前に、見慣れない室内が広がっている。
前後を何度も振り返り、ついには項垂れて目頭を揉んだ。
隣の住人が壁をブチ破ったかと半ば本気で考えたが、咲良が目線を落としていた数秒でそれをやり遂げるのは、爆破でもしない限り無理だろう。実際にそんな事になっていたら、咲良は今頃肉塊と化している。
あまりに馬鹿げた発想で、自嘲の笑いが漏れた。
「ははっ……本気でヤバイのかも知れない」
こんなではチームの足を引っ張ってしまうのではと考えた時、視界の隅で何かが動く気配を感じた。咲良の視線が反射的にそちらに向く。
右斜め前の扉が開き、咄嗟に身を固くする。
入って来たのは、不機嫌を顕にした外国人と分かる容姿の青年。
お互いが突然のことに目を瞠ったまま微動だに出来ない時間がしばらく続き、やがて青年が意味の解らない言葉を捲し立てながら、咲良にズンズン近付いてくる。
その表情に浮かぶのは、先程までとは打って変わった歓喜、だろうか。
「&%$*#! §♮*#$サクラッ!!」
名前を呼ばれた気がして驚いた咲良が目を見開いた僅かの間に、彼女の目の前に立った青年を茫然と見上げる。と同時に彼女は青年の腕の中に抱き込まれた。
押し付けられた彼の胸で溺れるように藻掻く咲良の名前を、感極まった声で何度も呼ぶのは、一体誰だったか。
聞き覚えがあるような、ないような。
そんな疑問も掻き消えてしまうほど、切迫した抱擁。
窒息寸前の咲良の背後で、パタン……と静かに扉が閉まる音がした。
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