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95.伯爵領に行きます(第六話)


 エクランド伯爵親子の次に挨拶に現れたのは、バラクロフ子爵親子だった。子爵と、二十代の息子二人だ。


「お久しぶりです、ローレンス様。お元気そうで何よりです」

「ええ。伯父上たちも」


 淡々としているバラクロフ子爵に、ローレンスは愛想笑いを浮かべる。愛想笑いであることを隠そうという意思のない、わかりやすい笑顔だ。


 バラクロフ子爵はローレンスの実母――亡くなった先代公爵夫人の兄なのだけれど、ローレンスとの交流はそれほどないらしい。家門会議以外でフロスト公爵家に顔を出したことはおそらくないと聞いていると、リデラインは記憶している。

 というのも、バラクロフ子爵とローレンスの実母は異母兄妹で年齢が離れており、仲は良くも悪くもない、冷めた関係性だったのだとか。そのため、子爵には甥が可愛いという感覚がないのだろう。

 また、バラクロフ子爵家はフロスト家門においてそれほど中心的な家ではなく、当主夫人を輩出してもその立場があまり変わらなかったことから、やはり関わる機会が多くなかったのだ。

 バラクロフ子爵の息子二人も、ローレンスと積極的に接することはない。同じいとこでもオスニエルとはまったく異なる関係性と言える。


 冷たいとは思うけれど、バラクロフ子爵とローレンスの実母の間に何があったのかをリデラインは知らない。

 前世で瑠璃は、父の再婚相手である新しい母との関係性に悩みを抱えていた。けれど彼女は、とてもいい母親だったと思う。そこは瑠璃の恵まれていた点だ。

 子供が親の再婚相手と上手くいくとは限らない。愛情が偏るとか、気を遣ってしまうとか、それぞれの事情があるのだから、外から口を挟むのは違うと理解している。

 決して円満とはいえない関係の兄妹だと、その子供にだって攻撃的になってしまうことも考えられるのだから、極力関わらないというのは、彼らにとって最善に近い選択なのかもしれない。

 嫌々関わる必要がないのなら、そこは自由であってもいいはずだ。


 短い挨拶でバラクロフ子爵親子が退出すると、オスニエルが「そういえば」とジャレッドに訊ねる。


「ワイアット侯爵夫妻は今年は不参加だっけ」

「ああ。叔母上が産後間もないからな」


 ワイアット侯爵家はフロスト家門の中枢である家の一つで、現フロスト当主夫人ヘンリエッタの実家だ。ヘンリエッタの妹が今は侯爵家の当主で、出産からまだ数ヶ月ほどしか経っていないため、体調優先で今回の討伐には不参加となった。


「一応、騎士だけは派遣してくるらしい」

「侯爵家が完全不参加はさすがに無理か」

「領地で問題が起こってるとかじゃないからな」


 家門の中枢の家が討伐にまったく協力しないというのは、よっぽどの理由がない限り問題となる。当主一家が不参加な分、騎士は例年より多めに派遣するそうだ。


「――公爵様、タヴァナー子爵家のご到着です」


 テントの外から騎士の声が聞こえて、デイヴィッドが入るよう許可を出す。


「ウォーレス・タヴァナーがタヴァナー家の到着をご報告申し上げます」


 テントに入ってきたタヴァナー子爵と息子二人が頭を下げた。デイヴィッドが顔を上げるように言うと、タヴァナー子爵は一瞬、リデラインに視線を向ける。目が合った瞬間、リデラインは彼の中にあまり好意的な気持ちがないことを悟った。

 子爵家出身だからか、はたまた自慢の魔力が平均以下になったからか、他の理由か、もしくはそれらすべてか。とにかくリデラインを蔑視していることは容易に窺えた。


「次男は後方支援も初参加だったな」

「はい。至らぬ点もあるかと思いますが、家門の一員として少しでも役に立ちたいと意気込んでおります。そうだろう、ジョナス」

「……」


 タヴァナー子爵が話を振るも、次男ジョナスからの返事はなかった。子爵が振り返ると、ジョナスは一点を見つめて惚けていたのだ。その視線の先はリデラインだった。


「ジョナス」

「……えっ、あ、すみません」


 厳しい声でタヴァナー子爵が名前を呼ぶと、我に返ったジョナスはぼんやり気味に謝罪した。すると、タヴァナー子爵は笑いながらリデラインに焦点をあてる。


「申し訳ございません。どうやら息子はお嬢様に見惚れてしまっていたようです」

「父上っ」


 タヴァナー子爵の発言にジョナスが顔を赤くして非難の眼差しを向ける。図星だったのだろう。


「恥ずかしがることはない。お嬢様は将来が楽しみなお美しさだからな」


 どことなく僥倖というような嬉しさを滲ませたタヴァナー子爵は、リデラインに提案する。


「お嬢様も今回が初参加とのことですし、息子を一緒に行動させるのはどうでしょうか。年齢もそれほど離れていませんし、よき話し相手になって緊張も和らぎやすいかと――」

「その必要はない」


 タヴァナー子爵が話しているのを遮ったのはローレンスだった。その声は普段より温度がなく、ピリピリしている。


「ローレンス兄さん、これは確実に敵視してるね。目がやばい」

「当然だな。あいつ、物凄く不快だ。変な目でリデラインを見やがって……」

「あー、ジャレッドもか」


 ジャレッドとオスニエルがコソコソと話しているけれど、リデラインは隣から伝わってくる恐ろしいオーラに意識が向いていた。

 ローレンスは笑顔だ。しかし、その後ろにどす黒い何かを背負っているような幻覚が見えそうなほど、怒りが溢れ出ている。

 そのまま、ローレンスは立ち上がった。タヴァナー親子からリデラインを隠すように、リデラインの隣に立つ。


「妹は母上と行動する。お前の息子は指導係に任せればいい。妥当な理由なく配置替えを希望するのは身勝手で秩序を乱すと思わないか?」

(怒ってるお兄さまやっぱりかっこいい……!)


 リデラインはちらりとローレンスを見上げ、テンションが上がっていた。リデラインのための怒りなので少し気恥ずかしいけれど、怒気を含んだ声も表情も雰囲気も、すべてがローレンスの凛々しさを際立たせている。


「リデラインのあの顔、この状況でまたかっこいいとか思ってんじゃないの?」

「リデラインだからな」


 相変わらずジャレッドとオスニエルが声を潜めて話しており、リデラインが兄に見惚れている一方で、笑顔だけれど鋭利すぎる眼差しをはっきり向けられたタヴァナー子爵は、背中に悪寒がして頭を下げた。


「申し訳ございません。出過ぎた発言でした」

「もう挨拶はいいだろう。さっさと自分たちのテントに行って準備でも進めればいい」


 ローレンスが落ち着きそうにないので、デイヴィッドが軽く咳払いをする。


「長男は討伐隊の参加は初めてだったな、子爵。緊張をほぐす意味でも、討伐開始までの時間を無駄にせず有効に使ったほうがいいだろう。期待している」

「……はい。では失礼いたします」


 これ以上ローレンスの気に障ってはまずいと、タヴァナー子爵は逃げるように息子二人とテントから出ていった。

 そしてすぐ、ローレンスがリデラインと目線を合わせて、とても真剣に言い聞かせる。


「リデル。あいつにはなるべく近づかないように。いいね?」

「はい」


 断る理由などないので、リデラインは素直に頷いた。


「さっきはリデラインが不機嫌だったけど、どっちもどっちじゃん」

「わかってたことだろ」


 ジャレッドとオスニエルのコソコソ話はまだ続いていた。


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