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09.悪者退治です(第四話)


「借金まみれの子爵家の血筋はフロスト公爵家に相応しくない、というだけが貴女の動機じゃないわよね」


 リデラインは嘲笑を浮かべて続ける。


「気に入らなかったんでしょう? 長年公爵家に仕えていても、貴女はあくまで使用人。決して越えられない一線があるのに、ぽっと出の魔力だけの子爵令嬢ごときが公爵家の籍に入ることが、どうしても許せなかったんでしょう?」

「!」

「私が貴女より旦那様や奥様、坊っちゃまたちと近い存在になることに、――大旦那様の家族になることに、嫉妬したんでしょう?」

「っふざけないで!」


 とうとう我慢の限界を迎えたヨランダが声を荒げた。図星だったために効果が抜群だったのだろう。


「この私があんたに嫉妬ですって……? たった五年しか公爵家で過ごしていないくせに、本物の公爵令嬢にでもなったつもり!? 私は四十年も公爵家に仕えているのよ!!」

「あら。やっぱりそれが本音なのね」

「っ……」


 リデラインが満足そうに笑みを深めたのを目にして、ヨランダは我に返った。

 あまりにも不快な言動で頭に血が上り、冷静さを失ってしまっていた。こんな子供の挑発にまんまと乗ってしまったのだ。

 感情のままに放った今の怒鳴り声はエントランスホールに響いており、間違いなく廊下を通して近くの部屋にも届いている。誰かが耳にしただろう。

 必然的に、そのうち公爵たちの耳にも入ることになる。――そして、公爵の父にも、いずれ知らされる。

 恐ろしくて、また絶望感に思わず顔が下を向く。


 近くにいたらしい使用人が何事かとちらほら現れる。

 ヨランダが誤魔化せるだろうかと頭をフル回転させていると、憎たらしい少女がわざわざ距離を詰め、ヨランダの視界に入ってきた。

 幼くとも外見は素晴らしく整っていて、将来は社交界で騒がれるであろう美貌に育つことが簡単に予想される少女の顔には、変わらず嘲笑が浮かべられている。


「排除が目的なら時間などかけず、何がなんでも私を早々に消すのが正解だったのよ。慎重になりすぎたわね。私に公爵家の人たちをとられるのがそんなに恐ろしかったのかしら」

(この小娘っ……!)


 またも感情が昂り、手を勢いよく振り上げたヨランダだったけれど。


「えっ……きゃああ!!」


 その振り上げた手が一瞬で二の腕ほどまで氷で覆われ、一拍の間を置いてそれを理解したヨランダは悲鳴を上げた。


「つ、冷た、痛い痛いッ!」


 蹲って呻くヨランダから、リデラインは一歩距離を取る。


「――リデル」


 その場に落とされた声にヨランダは肩を跳ねさせ、動きを止めた。

 コツ、コツと、ローレンスがこちらに歩み寄ってくる。一見すると落ち着いた笑みを見せているものの、纏う空気は冷え込んでおり、その眼差しは怒りに溢れているのが容易に見てとれた。美しい相貌と相まって迫力が物凄いことになっている。


「もう話は終わったかな」


 ヨランダから数歩ほど距離を取ったリデラインに寄り添う位置で、ローレンスは歩みを止めた。

 その行動は明確に彼の意思を、姿勢を示している。ローレンスがヨランダではなく、リデラインの味方であると。ローレンスにも悪意に染まったあの声が聞こえてしまっていたのだと。そして、リデラインを叩こうとしていた場面を目撃されていたことも、証明していた。

 腕を覆う氷だって、リデラインが魔法を使った素振りはなかった。つまりヨランダに魔法を使ったのは、この場においてはローレンス以外にありえないのだ。

 フロスト公爵家に受け継がれている氷の魔法。ヨランダの大好きな魔法は今、ヨランダを害する目的で使用されている。


「ロ、ローレンス様……」


 先程のは違うのだと、その生意気な娘が侮辱してきたのだと、弁明するために口を開いたのに。ローレンスの敵意をふんだんに込めた目に捉えられた途端、ヨランダは喉の奥が詰まったように声が出なくなった。

 しかし、ここで大人しくしていては行く末は決まっている。

 だんだん腕の感覚がなくなっていくことにとてつもない恐怖が湧き上がるけれど、そんなことよりも、とにかくヨランダはローレンスに縋りついた。


「……ローレンス様、坊っちゃま! 私は大旦那様がご当主になられる以前から、フロスト公爵家に誠心誠意お仕えしてまいりました! フロスト公爵家を、坊っちゃま方を、何よりも大切に思っております! だからこそフロストに相応しくない害虫を駆除しようと――」

「黙れ」

「っ……坊っちゃ――」

「その汚い口でそれ以上声を発するな。不快な言葉をリデルの耳に入れるな」


 ローレンスはリデラインの肩に手を置き、ヨランダを威圧的に見下ろす。その眼差しに、表情に、温かさは微塵もない。


「お前が我がフロスト公爵家に長く仕えていたのは確かに事実だ。よく務めてくれていたし、僕たちもお前を信頼していた。しかし、その過去はすべて、リデルを認めなかった時点で無意味なものとなったんだよ、ヨランダ・エイミス」

「……ぼ――」

「黙れ、と言ったはずだけど。まだ自分の立場を理解していないみたいだな。だからこのような愚かしく許しがたいことができたのか」


 震えながらも声を振り絞ったヨランダを、ローレンスは躊躇いなく突き放す。ヨランダの顔が絶望に染まっていく。

 ヨランダが敬愛する恩人によく似たローレンスのすべてが、ヨランダを嫌悪し、憎悪し、軽蔑している。


「信頼を裏切った。リデルを傷つけた。分不相応にも、フロストの人間に手を出した。――そんな()()、フロストには不要だ」


 尋常ではない怒りが滲んだローレンスの氷点下の声音は、静まり返ったこの場によく通った。使用人たちも、息を殺して身動きが取れずにいる。

 ピリピリと空気が張り詰めている中、冷然とヨランダを睥睨するローレンスを見つめながら、リデラインは思った。


(お兄様、かっこいい……!)


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