85.入念に準備します(第四話)
数日後、リデライン、ジャレッド、オスニエルは、ベティと騎士数人を連れて領都を回っていた。
というのも、ローレンスの誕生日プレゼントにカメラだけでは足りないとリデラインとジャレッドの意見が一致し、ジャレッドが訓練で新たに魔物を狩ってきて魔石をゲットしたので、それを使ってタッセルを作ることにしたのだ。今日はそのタッセルの材料を揃えるために外出している。
使用人に用意してもらうこともできたけれど、一から自分たちで選んでこそ意味がある。
「まあ、オスニエル様」
「暫くこちらにいらっしゃるんだってね。今度うちに来なよ。サービスするよ」
「ありがとう。よろしく」
オスニエルはフロスト公爵家当主の甥で、昔からフロスト家に遊びにきていたということもあり、フロスト領内での認知度は非常に高い。そのため、オスニエルに気づいた領民たちが親しげに声をかけてくる。
領民たちはリデラインやジャレッドにももちろん気軽に話しかけてくるので、そのたびにリデラインは少し緊張してしまう。
「まずは魔石の加工のお願いよね」
リデラインが訊くと、ジャレッドは「ああ」と頷いた。
ジャレッドが入手した魔石は形が歪なので、綺麗な形に整えてもらう必要がある。
「魔石の加工も父さんに頼めばいいのに」
「おじさまはお忙しいでしょう? カメラも頼んでますし、身内だからってわがままを言うのは申し訳ないです」
「そんな気を遣えるなんて成長したね、偉い偉い」
言葉とは裏腹に、オスニエルの声や表情には感心している様子がない。嫌味ったらしいオスニエルにジャレッドとベティが鋭い眼差しを向けるけれど、まったくダメージを受けていないオスニエルは余裕の笑顔である。
そんなこんなで魔道具店に到着すると、ソニアの母とまず目が合った。
「まあ、坊っちゃん方。いらっしゃいませ」
お店の奥から店主であるソニアの父も出てきて、リデラインたちを認めると「いらっしゃいませ」と歓迎してくれた。
ソニアの両親というだけで親近感があるけれど、リデラインが彼らとこうして会うのはまだ二回目だ。相変わらずリデラインは緊張しつつも挨拶をする。
「こんにちは」
「こんにちは、お嬢様。いつも娘がお世話になっております」
「これからも娘をよろしくお願いしますね」
店主も夫人もにこやかで、親しみやすい雰囲気だ。二人とも決して平穏とは言えなかった経験をしているのに、そんな様子を微塵も感じさせない。傷がなくなったわけではないだろうけれど、それでも前を向いて生きている。
(強いなぁ)
夫婦にはお互いがいて、そしてソニアがいる。その存在が支えなのだろう。
「本日はどのようなものをお探しですか?」
「今日は魔石の加工の依頼だ」
ジャレッドが懐から魔石を取り出して店主に渡す。
「これの形を整えてほしい」
「魔石ですね」
「剣につけるタッセルにするつもりだ」
「タッセルですか」
店主はまじまじと魔石を観察する。
「では、金具もおつけしましょうか?」
「ああ、頼む」
「承知しました」
ジャレッドと店主はどのような仕上がりにするかを話し合い始めた。そこにオスニエルも加わっている。
すると、夫人がリデラインの近くに来て、目線を合わせるために身を屈めた。
「もしかして、ローレンス様へのプレゼントですか?」
夫人の質問に、リデラインは目を丸くした。
「どうしてわかったの?」
「来月なのは領民の皆が知っていることですから。坊っちゃん方やお嬢様の成長は、領民にとっても大変喜ばしいことなのです」
夫人は上品に笑う。
ローレンスはフロストの後継者というだけでなく、亡くなった先代夫妻の唯一の実子だ。幼い頃に両親を亡くしているので、領民たちは殊更気にかけているのかもしれない。
「お嬢様がお作りに?」
「ええ」
「頑張ってくださいね」
「ありがとう」
激励をもらって、リデラインも笑顔を返した。
それから、ソニアに会っていってはどうかと言われたものの、ソニアが学校から帰ってくるまではまだ時間がある。その頃にはリデラインたちは邸に戻らないといけないので、残念だけれど断ることになった。
「私たちだけお嬢様方にお会いできて、あの子に羨ましがられますね」
夫人は楽しそうにそう言っていた。
魔道具店を後にしたリデラインたちは、タッセルに使う紐を買いに別の店に来ていた。この店には魔力が込められた特別な紐が売られている。
「何色がいいかな」
「やっぱ銀とか紺だろ」
「ローレンス兄さんをイメージしたらそうなるよね」
ああだこうだと話しながら、ベティや店主の意見も参考にしつつ紐の色を決める。
「あ、刺繍糸とハンカチもほしい」
「刺繍糸とハンカチ? 刺繍の授業用か?」
リデラインの言葉にジャレッドが不思議そうにしたので、オスニエルがやれやれと言いたそうにジャレッドの肩に手を置く。
「そういうこと訊いちゃうのが野暮だよね」
「……?」
「討伐でハンカチ渡すっていう習慣があるでしょ、それ用だよ。ね」
「はい」
オスニエルの言葉に、リデラインは苦笑しながら返事をする。
討伐に参加する者はほとんどが男性なので、想いを寄せる女性や身内が彼らの無事を祈り、自ら刺繍を入れたハンカチを渡すという習慣がある。
最近、リデラインのスケジュールに刺繍の授業が追加されたので、絶賛習っている最中だ。
(針はちょっと怖いけど……)
リデラインは器用なので、刺繍の先生にも褒められた。まだまだ初心者なので複雑なものは難しいかもしれないけれど、思うとおりの刺繍ができるといい。
「オスニエルお兄さまにもあげますね」
「え?」
オスニエルがきょとんとするので、リデラインも「え?」と返した。どうやらリデラインからハンカチを貰うなんて想像はまったくしていなかったようだ。
「あー……そう、ありがとう。楽しみにしてるよ」
「嫌なら捨ててくださって構いませんので」
「それローレンス兄さんに殺されるやつ」
反射に近い、流れるようなツッコミをいただいてしまった。
そうして予定を片付けて帰宅すると、三人はデイヴィッドに呼び出されて執務室にいた。デイヴィッドは深刻な顔つきだ。
「何かあったのか?」
「……ローレンスから手紙が届いた。私宛と、リデライン宛だ」
ジャレッドの質問に答えたデイヴィッドから、リデラインは手紙を受け取る。ジャレッドがペーパーナイフで開けてくれて、リデラインは手紙に目を通した。
「……そういえば、討伐に同行するって前の手紙に書きましたね」
手紙には、危ないからやめるべきだと長々と記されていた。猛反対である。
「リデラインには丁寧だろうが、私のほうの手紙は怒りの爆発具合がよくわかる」
「兄上だからな」
「明日も学園の授業があるからかな。帰ってこないでよく手紙で我慢したって褒めるべきだね」
ジャレッドとオスニエルが両隣から手紙を覗き込んでくる。
「週末、帰ってきたりして」
冗談まじりにオスニエルが言ったけれど、皆が口を閉じ、微妙な沈黙が流れた。




