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84.入念に準備します(第三話)


 空いている時間、リデラインはほとんど図書室にこもっている。一人掛けソファーからあまり動くことはなく、テーブルに積まれたストウ森関連の本や書類を読むことにひたすら没頭していた。

 ストウ森について詳しく調べるだけでなく、周辺で多くの死傷者が出たような事例があれば、その詳細を確認する時間も作るのが理想だ。


(おじさまは異変なしって仰ってたよね……)


 ストウ森に関して例年との違いはないというのは、ヒューバートの個人的な見解ではなく、実際に調査に当たった者たちと情報を共有された者たちの総意だ。経験が豊富なフロストの先輩たちが見抜けなかった異変があるとして、リデラインが気づくことができるかは疑問でしかない。

 近年はストウ森の魔物の増加の間隔が短いとデイヴィッドが言っていた。気になることといえばそれくらいになるけれど、間隔が短くなっていることも多数の死者が出る事態に関係あるのだろうか。

 もしくは、事前に兆候がないとしたら。


(討伐の間に、何か異例の事態が起こるとか……?)


 考えれば考えるほど顔に力が入る。

 険しい表情でストウ森の記録がまとめられた本に目を通していると、ギシ、と音がして顔を上げた。

 オスニエルが肘掛けに手をつき、リデラインが読んでいる本を覗き込んでいる。本に夢中になっていてこんなに近づかれるまでオスニエルに気づかなかったリデラインは、びくっと肩を揺らした。


「ストウ森の記録の確認? 殊勝な心がけだね」


 相変わらず冷たいというか、嫌味に近いような声音でそう言ったオスニエルは、す、と視線をリデラインに向けた。琥珀色の双眸にかなり近い距離で見据えられて、リデラインは息を呑む。


「そんなにびっくりしなくても」

「……すみません、気づかなくて」

「集中してたみたいだからね」


 オスニエルは別のソファーに座り、肘掛けに頬杖をついた。十二歳でまだ子供だというのに、その姿がとても様になっている。やはり顔はとてもいい。


「ジャレッドお兄さまは一緒じゃないんですね」

「ジャレッドはお勉強の時間。別に四六時中くっついてるわけじゃないよ」


 ジャレッドは討伐に向けた訓練をメインにスケジュールが調整されているけれど、マナーレッスンや勉強などがなくなったわけではない。

 リデラインは後方支援なので、ジャレッドほど時間が縛られてはいないのだ。だからこうして自由時間を使えている。

 体力をつけるためと言われて歩いたり走り込みをしたりがあるので、筋肉痛でなかなか動けないから配慮がされているというのもあるだろう。


 オスニエルはジャレッドの訓練に付き合っている時間が多く、モーガンよりもスパルタらしい。冗談だけれどリデラインの訓練も付き合おうかなとたまに言ってくるので、そのうち冗談ではなくなりそうでリデラインは戦々恐々としている。


「これ全部読むの?」


 テーブルの上に積まれている本やら何やらを見て、オスニエルはそう訊いてくる。


「そうですね」

「真面目だね」


 質問したのはオスニエルなのに、あまり興味がなさそうだ。そしてなぜかリデラインを凝視してくる。視線が痛い。


(なんでこんなに見つめてくるの……)


 二人きりの静かな空間で王太子と同じこの琥珀色の瞳に見つめられるのは、落ち着かないどころか不安や恐怖を煽ってくる。王都で頭に流れてきた、悪役令嬢リデラインを拒絶していた王太子の姿を彷彿とさせる。妙に現実味があったあの王太子を。


 本を持っている手に力が入る。冷や汗まで流れそうだ。

 思い出したくない嫌な顔を頭の中から追い出すように、リデラインは沈黙を破ろうと口を開く。


「あの、オスニエルお兄さまは、ストウ森の魔物の増加の間隔が短くなっていることをどう思いますか?」


 リデラインが訊ねると、オスニエルはきょとんとした。このタイミングでそのような質問が飛んでくるのは想定外だったようだ。

 とにかく静かで気まずい空気を打破したかったリデラインは、咄嗟に出た質問としては、オスニエルの見解を聞くことができるので悪くないと感じた。


「私は何かの予兆だったりしないかと思うんですけど」

「何十年も遡って見れば、二、三年の間隔は珍しいわけじゃない。その短い間隔が何回も続いてるっていうのは確かにあまりないけど、初めてのことってわけではないし、異変とまでは言えないんじゃない」


 案外、オスニエルはまじめに答えてくれた。

 確かに初めてのことではなかった。ストウ森の記録を確かめると、数十年ほど前にもあったようだ。そして、その後に何か異変が起こった事実はない。


(つまりただの偶然で、例のこととは無関係……?)


 それも否定できないから思考の渦から抜け出せないでいる。


(やっぱり、討伐の時に些細な異変にも目を光らせるしかないのかな)


 事前に記憶が戻ってくれるか、そうでなくとも多くの死者が出る原因が判明するといいのだけれど、そう上手くもいかないだろう。

 リデラインが難しい顔をしていると、オスニエルは訝しげに片眉を上げた。


「納得できないわけ?」

「いえ……」


 納得できるかできないかで言えば、当然ながら完全に納得はできない。しかしそれは、リデラインがこれから起こることを知っているからであって、理由は説明はできないのだ。


「その……多数の死傷者が出るのって、どんな状況だと思いますか?」


 突然の不吉な質問に、オスニエルは怪訝そうに眉根を寄せる。しかし、やはり意外にもきちんと考えてくれた。


「ぱっと思いつくのは天災、戦争、スタンピード、流行病じゃない? あとは権力者による理不尽な処刑とか」

「流行病……」


 それもあったかと、リデラインは気づかされた。

 流行病と魔物討伐が結びつくかどうかに思考を巡らせて、ふと思い浮かぶ。


(――魔物が媒介する病……毒?)


 ストウ森の魔物の中には、人間を死に至らしめるような毒を持つ魔物もいる。しかし、すべて解毒剤が存在しているはずなので、多くの死者が出るとは考えにくい。

 けれど、ストウ森にまだ把握できていない魔物がいる可能性もある。


 あの夢で見た小説の更新分の場面では、『死者が多く出た』とジャレッドは表現していた。『死傷者』ではなく。もし魔物の討伐が失敗に終わって魔物が伯爵領を襲ったのだとしたら、負傷者も相当な数になるだろう。それならば、死傷者と表現するほうが違和感がない気がする。


『特に――が弱い子供や高齢者の割合が高くて――』


 子供や高齢者が弱いというのが、免疫だとしたら。

 今まで考えてきた可能性で、やけに一番しっくりきた。



  ◇◇◇



 タウンハウスの執務室で、ローレンスはデリックからある報告を受け、険しい表情をしていた。


「間違いないか?」

「はい。ヘイズ夫妻には我々の拷問に耐えられる根性はありませんし、組織のボスにも確認を取りました。間違いないと思われます」


 思わぬ事態の発覚に驚いたのはローレンスだけではないだろう。「やはりクズだな」とローレンスが吐き捨てたそれは、ヘイズ夫妻に向けた正直な感想だった。


「――どう思う」

「あの家ということですから、残念ながら可能性は限りなく低いかと」


 ローレンスの問いかけの意図をしっかり理解したデリックの見解は、ローレンスと同じだった。


「お嬢様には……」

「今の段階で伝えるつもりはない」

「承知しました」


 デリックが頭を下げる。

 息を吐いたローレンスは、調書に書かれている名前を複雑な気持ちで眺めた。



  ◇◇◇


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