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83.入念に準備します(第二話)


「リデラインさま、討伐に行くの?」


 自室でリデラインはソファーに腰掛けている。隣に座っている茶髪に緑の目、そばかすの少女が、驚いたように目を丸くしてそう訊いてきた。


「そうよ」

「討伐って危ないんでしょ?」

「私は後方支援でついて行くだけで、実際に戦闘に参加するわけじゃないわ」

「それでも危なそう……」


 少女は心配そうに零した。

 彼女の名前はソニア。年齢はリデラインとジャレッドの間の九歳だ。以前、リデラインと兄二人が領都を回った際、リデラインにぐいぐい来ていた領民の少女である。

 よく邸を抜け出して街に遊びに出ていたジャレッドにとって、領民の子供たちは遊び相手でもある。ソニアはその中の一人らしい。そして、リデラインたちが立ち寄った魔道具店の店主の娘だそうだ。

 あの日は母親と二人で家の食材などの買い物をしていたようで、お店にはいなかったのだとか。普段はお店の手伝いをしていることが多いようだ。


 その情報を得た日、リデラインは思い出した。ソニアは小説にも登場している人物だと。

 小説の彼女は、公爵家の支援で王都の学園に通っていた。ジャレッドと幼なじみで、悪役令嬢リデラインとは大層仲が悪く、主人公の友人になった少女である。

 平民でありながらジャレッドと友人関係を築いていたソニアを、悪役令嬢リデラインは本当に心底嫌悪していた。

 しかし、今の二人の関係はそのようなギスギスしたものではない。ソニアはとても友好的だ。


 今日ソニアが公爵邸にいるのは、リデラインに会いにきてくれたからである。

 遊ぼうと言っていたソニアはその言葉どおり、リデラインに根気強く構ってくれている。年齢が近い友人がいたほうが安心だと、両親もソニアの存在をありがたく思っており、気づけばソニアは公爵邸にほぼ顔パスで立ち入り可能になっていた。呼ぶのもお互い名前になっている。

 日中は領都内の学校に通っているソニアは、一、二週に一度、この邸を訪れる。今日は平日なので授業があったそうだけれど、学校が早く終わり、魔道具店の手伝いもないということで時間があったようだ。


「討伐の準備があるから、しばらくはあんまり時間が作れなくなると思うの。ごめんね」


 リデラインがそう伝えると、ソニアは視線を落とした。そうして難しそうに考え込んだかと思うと、ゆっくり口を開く。


「私、小さかったから全然覚えてないんだけど、昔は別の領地で暮らしてたらしいの。そこの代替わりした領主さまは領地のことをすごく放置してて、治安が悪かったらしくて。山の管理も疎かにしてた結果、スタンピードが起こって、町がおそわれて、たくさんの死傷者が出たって」


 魔物に対してスタンピードという言葉を使う場合、それは『魔物が大量発生して人間の生活圏を襲う』ことを意味する。魔物が発生しやすい特定の場所の管理が不十分であることが原因となることが多い。

 領主が役目を果たさず仕事を放棄していたということは、対処がかなり遅れてしまったのだろう。


「その時、お兄ちゃんも死んじゃったって」


 その告白にどんな言葉をかけていいのかわからなかった。しかし、家族を亡くしてしまったという彼女の話に、リデラインは衝撃と悲しさで眉尻が下がる。

 リデラインは夢でそれを何度も経験している。心臓が切り裂かれたように痛い思いを何度も。目が覚めて現実ではなかったとわかるから心を保てているけれど、ソニアとソニアの両親は実際に失っているのだ。

 悲痛な表情のリデラインに気づいたソニアは、慌てて手と首を横に振った。


「そんな顔しないで。さっきも言ったけど、私は覚えてないし……。でも、それも申し訳ないなって思うんだけど」


 ソニアは顔を俯かせた。


「お父さんもお母さんも、立ち直るのにすごく時間がかかってた。それはなんとなく覚えてる。でも、魔物に襲われたことなんて、私は何も覚えてなくて、……お兄ちゃんのことまで忘れてて、すごく薄情な妹だよね」


 いつも明るいソニアが、元気なく無理に笑いを零した。


「とにかく、両親は住む家も息子も亡くして、絶望してたらしくて。領地の復興も相当お金と時間が必要になるからって、領民は野垂れ死ぬのを待つだけだったんだけど、いくつかの領地が領民を受け入れてくれるって話になったらしくてね。私たちはフロスト領に移住することになったんだって」


 フロスト公爵領には、その領地から受け入れた住民が二十人ほどいるらしい。


「公爵家は私たちを受け入れてくださっただけじゃなくて、生活面もすごく支援してくださったみたいでね。今私たちが普通に暮らせてるのは公爵家のおかげなんだって。公爵家の人たちは私たちにとって恩人だから、お父さんたちからは恩を仇で返すようなまねは絶対にしちゃだめって言われてきた」

(……そっか)


 リデラインもそうだった。覚えていないけれど、生家では放置されて育ったらしい。公爵家に引き取られたから今のリデラインがいる。

 小説のソニアが悪役令嬢リデラインを嫌っていたのは、リデラインが公爵家に引き取られた身でありながら、公爵家の名を落とすような行動ばかりをとっていたからなのだろう。


「――でも、それを抜きにしても、私はリデラインさまがすごくかわいい」

「……?」


 突然ソニアの話の空気感が変わって、リデラインは戸惑いのあまり首を傾げた。ソニアはリデラインにぐいっと顔を近づけ、厳しい顔つきで圧をかけてくる。そして頬をつついてきた。


「魔物ってすごく怖いんだよ。怪我しないでね。このかわいい顔に傷ひとつでもつけて帰ってきたらすっごく怒るから。すべすべぷにぷにのこのほっぺむにむにの刑だから」

「は、はい……」


 リデラインが気圧されて返事をすると、ソニアは満足そうに笑って帰っていった。


(ぷにぷに……)


 その後、リデラインは自分の両頬を触っていた。

 確かに触り心地は良いと思う。ジャレッドも最近リデラインの頬をつんつんしてくるので、案外気に入っているのかもしれない。


「お嬢様」


 呼ばれて視線をベティに向けると、ベティはむすっとしていた。


「私もむにむにしますからね」

「……ベティ、もしかしてやきもち?」

「はい」


 ベティが素直に頷いたので、リデラインは瞬きをして、それから「ふふっ」と零す。


「かわいいねー」

「お可愛らしいのはお嬢様です」

「ふふふ」


 本当にぶれないベティに、リデラインはまた笑った。


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