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81.放置はできません(第七話)


 馬車が待機している場所に戻ってきていたリデラインたちは、森との境目を沿うようにこちらに向かって歩いてきているジャレッドたちを見つけた。


「お兄さま、おつかれ〜」


 リデラインが手を振ると、ジャレッドは表情を和らげて、まっすぐリデラインの元まで来る。


「早いな」

「すぐそこにトレントがいたから楽だったわ」


 まだ氷で覆われたままのトレントは、そのうち氷と共に溶けて跡形もなく消えるだろう。このまま放っておいても問題ない。

 そんなことよりリデラインの興味を引いているのは、ジャレッドたちの後ろでふわふわ浮いている大きな獣二匹だった。大人の男性よりも大きなそれらは図鑑どおりの見た目で、ケヴィンが風の魔法で浮かせて運んでいるようだ。


「おっきいね。ファングボアよね?」

「ああ。せっかくだから持って帰るんだと」


 魔物は瘴気を取り除けば問題なく食べることができるので、狩りや討伐後は瘴気を抜いた肉が食卓に並ぶのが、この世界のほとんどの国の慣習である。瘴気を瞬時に浄化できるのは光属性の魔法だけだけれど、水属性や火属性でも、時間はかかるものの瘴気を取り除くことは可能なのだ。

 ファングボアの肉は猪肉とほとんど変わらない。食べない部分――皮や牙、魔石は、魔道具などの素材となる。

 ファングボアが二匹ということは、ジャレッドはテストに合格したということである。リデラインは自分のことのように喜んだ。


「おめでとー」

「お前もな。トレントと、もう一匹は……」

「コバルドッグ」

「……平気か?」


 魔物と対峙したことや、実際に魔物の命を奪ったこと。初めての経験をした妹がショックを受けていないか、ジャレッドはやはり心配なようだ。

 見た目はほとんど木と変わらないトレントはともかく、コバルドッグは人間に身近な存在である犬が元になっている魔物なので尚更だろう。


「大丈夫よ」


 強がりではなく、自分でも驚くほど本当に平気だったのだ。魔法という才能だけでなく、精神的にも案外討伐に向いているのかもしれない。

 安心してもらえるように、リデラインは笑顔を見せる。そんなリデラインの頭を、ジャレッドはぽんぽんと軽く叩いた。

 以前は恥ずかしがることが多かったジャレッドは、リデラインが遠慮なくくっつきに行くので慣れてきたのか、こうした触れ合いは普通にしてくれるようになった。頭を撫でるのはローレンスの真似だろうか。ハグに関してはまだまだ全力で拒絶されてしまうけれど。


「どうだった?」


 ジャレッドがそう訊いたのはオスニエルにである。一度トレントを一瞥したオスニエルは、それからリデラインに視線を向けた。


「正直、驚いたよ」

「だろうな」

「拠点の手伝いじゃなくて、討伐のほうに参加しても十分いけるんじゃない?」

「体力ないからすぐリタイアするだろ」

「そのちゃんと過酷な討伐を経験してほしいね」

「お前な……」


 相変わらずリデラインに冷え冷えな態度のオスニエルに、ジャレッドは呆れを込めた眼差しを送っている。オスニエルは気にせずジャレッドに笑みを見せた。

 リデラインが二人のやりとりを眺めていると、ふと視線を外したところでデイヴィッドと目が合った。二人から離れてデイヴィッドの前に立ち、真摯に見上げる。


「お父さま」


 デイヴィッドは悩ましげな顔をしていた。合格してほしくなかったという思いが伝わってくる。それはリデラインを討伐という危険な場所に連れていきたくないという親心から来るものだ。リデラインのためを思っているからこそのもの。

 しかし、リデラインとて譲れない。リデラインの選択には大勢の命がかかっている。邸に残って放っておくわけにはいかないのだ。


「討伐の同行、許可していただけますよね」

「……ああ。リデラインは実力を示したから、私は約束を守らないとな」


 諦めたように、デイヴィッドは表情を緩めた。


 ファングボアを上にくくりつけた帰りの馬車の中で、リデラインはあくびをした。


「疲れたのか?」

「森の中歩いたもの。明日筋肉痛になりそう」

「のんびり一往復しただけで……?」


 ジャレッドからの問いにリデラインが答えると、オスニエルがそう疑問を投げかけてきた。確かに、森にはコバルドッグを本当に仕留めているのか確認するために立ち入ったので、道のりはそれほど急いでいなかった。しかし、リデラインの体力ではその一往復でもきついのだ。


「今後は基礎体力を上げる訓練を組み込んだほうがよさそうだな」

「ええ……」


 リデラインが嫌そうに顔を歪めると、「仕方ねぇだろ、大人しく訓練受けろ」と、ジャレッドに諦めるよう促される。

 リデラインが剥れると、正面に座っているヒューバートがくす、と笑いを零したので、リデラインは更にぶすっとした。


「エルたちは明日帰るんだよな?」

「その予定だったけど、俺はもう少し残ろうかな」

「えっ」

「何。なんか不満?」


 思わずリデラインが声を零すと、オスニエルは無駄にキラキラな笑顔を向けてきた。声音はとてもトゲを持っており、リデラインは慌てて否定する。


「いえ別に」

「ふぅん?」


 疑わしげな色を帯びた琥珀色に捉われて、リデラインはとりあえずへらりと笑った。


「ジャレッドは討伐に向けて実戦的な訓練を増やすことになるだろうし、付き合おうかなって」


 組んだ足に頬杖をついたオスニエルは、首を傾けてリデラインを見据えた。


「それと、もっとリデラインを観察する期間がほしくなった」

「観察」

「なんかやっぱり猫被ってるなぁって思うんだよね」


 細められた目に、リデラインは顔が引きつりそうになるのを堪える。


「年齢相応のはずの振る舞いがどうも違和感ある気がするというか、特に俺に対して『害はないですよ』みたいに訴えてる感じがわざとらしいというか」

(うわ。バレてる)

「まあ安心しなよ。暫く距離があった可愛い従妹をもっとよく知りたいなって考えを改めただけだからさ」


 本心から安心してなんて思っていないのだろう。


「お望みどおり、『優しいオスニエルお兄さま』になれるように頑張るよ」


 貼り付けたような爽やかな笑顔には、安心できる要素がなかった。


「よろしく」


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