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80.放置はできません(第六話)


「確認ですけど、二匹以上にとどめを刺さないと不合格なんですよね?」


 森の目の前に佇むリデラインは、オスニエルにそう問うた。


「当たり前だよ。いざって時に魔物を殺せなかったら、その隙が命取りになって被害が大きくなるだけだからね」


 魔物との戦闘は命の危険を伴う。魔物の命を奪うことを躊躇すると自分が殺されてしまい、その魔物はまた新たな被害を生むのだ。だから、きちんと魔物を殺す覚悟があるのかということも試されている。

 前世では動物を駆除する経験は当然なかったので、躊躇う気持ちはある。けれど相手は魔物であり、魔物の駆除はこの世界では必須事項だ。貴族の家の人間であるなら尚のこと身近な役割である。

 避けてとおることはできる。ローレンスは許してくれるだろう。だからといって放棄をしたら、リデラインはこの世界で成長できない。


「――で、さっきから森に入る気配がないけど」


 リデラインの隣に来たオスニエルは、小馬鹿にするような笑顔で見下ろしてきた。


「さすがに怖気づいた? 森とか入ったことないでしょ」

「入ったことはないですね」

「時間稼ぎ? ギブアップする?」

「隙あらばケチつけようとしますけど、かわいい従妹にもっとやさしくしてくれないんですか?」

「はは。可愛いのは顔だけでしょ」


 リデラインが拗ねながら訊けば、貶されつつも褒められた。いくらオスニエルでも、リデラインの顔には文句をつけられないようだ。


「私、虫嫌いなんですよね」

「虫? ……え、虫が嫌で森に入りたくないとか?」

「誰にでも得意不得意ってありますよね、お兄さま」

「ギブアップってことでいい?」

「だめです」


 可愛らしく首を傾げてみても、オスニエルには冷たく突き放された。


 リデラインは森を見上げる。

 瘴気は森など自然が多い場所で発生しやすい傾向にあるため、森の瘴気に誘われて魔物が寄ってきたり、普通の動物が魔物に進化したりする。

 瘴気は空気中に存在する魔力と混ざって増加し広がるので、瘴気が蔓延する場所で魔力反応を探る探知魔法を使う際は、魔法使いの腕が問われると言っていい。瘴気にまざった魔物の反応を区別できるかがポイントだ。

 ただ、この森は瘴気がそれほど濃くないため、リデラインであれば魔物を探すために探知魔法を使う必要はない。

 ある程度の範囲なら集中せずとも手に取るようにわかる。自分からどれほどの距離に、どれほどの強さの、どのような姿形の魔物がいるのか。


(弱い反応は避けて……)


 リデラインが魔法を使うと、数十メートルほど右側に見える、とある木が凍る。そのことに気づいたオスニエルとヒューバートの目が見開かれた。少々距離が離れたところにいる騎士たちも驚いている様子だった。


「終わりですね」


 リデラインが満足げに笑う。するとオスニエルは、氷に覆われた木からリデラインに視線を戻した。


「気づいてたんだ?」

「もちろん」


 あの木はトレントだ。歩く樹木。幹に目と口があり、魔物を好んで食べる正真正銘の魔物である。

 ここに到着する少し前から、皆がその存在に気づいただろう。ジャレッドも気づいていて、おそらくリデラインのために標的として見なさずに残しておいてくれていた。


「確かにこれで一匹だけど、ノルマは二匹でしょ。まだ終わりじゃないよ」

「ちゃんともう一匹仕留めてますよ?」


 リデラインが悠然と微笑むと、オスニエルは目を細めて疑わしげな眼差しを送ってきた。


「トレントとは別方向にも魔法を使ってたのはわかるけど、適当に魔法放って魔物を倒したとか言うつもり? そんな運良くいかないでしょ」

「それはあたり一面氷漬けにするとかじゃないとむりでしょうね」


 あのトレント以外に、目視できる範囲で魔物はいない。だからこそのオスニエルの疑問だ。

 しかし、ヒューバートは違った。


「確認しに行こう」


 ヒューバートが真剣な顔でそう言ったので、オスニエルはまさか、と悟ったようだ。またも瞠目して、リデラインを見た。





 森を進んでいる最中、先頭を行くヒューバートがちらりとこちらを振り返った。


「冷気漏らしてるのはわざと?」


 リデラインから放たれている冷気が気になっているようだ。


「虫が近づいてきたら勝手に凍ってもらいます」


 この冷気は性質としては結界に近いもので、指定した範囲に虫が入ってきたら即座に凍らせる魔法だ。


「徹底してるね……」

「魔力の無駄遣いじゃん」

「もう終わったので」


 そんな会話をしながら目的の場所に到着した。

 獣道に、氷に覆われたコバルドッグが一匹倒れていた。的確にコバルドッグだけが氷漬けになっているのを視認して、ヒューバートもオスニエルもまたまた驚愕している。


「どうやって……探知魔法は使ってなかったのに」

「魔力に敏感なんです」

「敏感って……」


 そんなレベルじゃないと、オスニエルはそう言いたげだ。

 森の端からここまではそれなりに距離があった。それなのにコバルドッグの位置に気づいたうえ、この魔法の正確さは、よっぽどの衝撃だったらしい。


「探知魔法並みの精度かもね、リデラインの感知能力は」


 そんな感想を呟いて、ヒューバートはリデラインを観察した。

 魔力は平均以下の量になってしまっている。トレントはかなり大きかったし、コバルドッグにはかなり離れた距離から魔法を使った。しかも、森に入ってからはずっと魔力を冷気に変えて自身の周囲を覆っている。

 それなのに、魔力がほとんど減っていない。魔法の発動も滑らかで速かった。


(なんて子だ)


 これほどの才能はそうそうお目にかかれない。それこそローレンス以来だろう。もちろん才能だけではなく、リデラインの努力もあるはずだ。


「魔物とのちゃんとした戦闘を見せろと言うならまだ続けてもいいですけど、どうしますか? ちょうど近くにいるコバルドッグがこちらの様子を窺ってますけど」


 コバルドッグは群れからあまり離れない。こちらを警戒しているのは、リデラインが仕留めたコバルドッグがいた群れだろう。そのことにも当然のように気づいている。


「いや、それには及ばない。合格だ」


 ヒューバートは穏やかに告げた。

 減点できるところが何もない。文句なしで合格と言えた。


「そもそも、テストを始める前から合格だろうなって思ったよ」

「え」

「『わかってないことはわかってる』って、さっきそう言ってたから」


 魔物は恐ろしいのだと諭そうとしたジャレッドに対して、リデラインは確かにそう言った。


「根拠もないのに大丈夫って甘く見てる連中はゴロゴロいるからね。もしくは異様に怖がるとか。リデラインはそういう人間とは違った。だから合格するって思わされたよ」


 そのあとに「ここまで魔法が使えるとは思わなかったけど」と、ヒューバートは続けた。


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