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79.放置はできません(第五話)


 森に入って数分。ジャレッドは周囲に意識を配りながらも、気が気ではなかった。

 森に立ち入る直前、ジャレッドが振り向くと、リデラインは手を振ってジャレッドたちを見送っていた。あれは激励を込めたものだと理解はできるけれど、緊張感が足りないのではないかと心配を加速させることにもなった。


(ほんとに大丈夫なのか……?)


 まだ八歳で体力もなく、外出もあまりしたことのないリデライン。魔力欠乏症で寝込んだり、王都でもストレスで倒れたりと、短期間でそれが重なったことで、ジャレッドの中では虚弱なイメージが出来上がりつつある。魔力欠乏症はジャレッドのせいであり、ジャレッド自身も死にかけたのだけれど。


 魔法訓練が順調であることは把握している。身贔屓なしに、リデラインは魔法の才能の塊だ。その才能はローレンスにも匹敵するかもしれない。魔力が多すぎたことで訓練が慎重に行われていたために発覚するのが遅かっただけで、少なくなってしまった魔力量を補える繊細な魔力操作技術、魔法を習得していくスピード、そして魔力欠乏症の原因となった魔法の強制発動。どれもがリデラインの規格外の才能を示していると言っていい。

 あの膨大な魔力を失っていなければ、リデラインはローレンスさえも凌ぐような魔法使いになっていたかもしれない。ジャレッドがあんな馬鹿なことをしなければ――。


(……後悔を引きずるのは、あいつの覚悟に対して失礼なんだよな)


 リデラインは気にしないでほしいと言っていた。だからジャレッドは、自分に与えられた力を存分に高めていく。それがリデラインも望んでいることだから。

 そしてこのテストは、ジャレッドが強い魔法使いになるために越えるべき段階の一つなのだ。


『リデラインのことに気を取られて失敗したら、ジャレッドだって不合格だし』

(……わかってるよ)


 オスニエルの忠告を思い出して、ジャレッドは眉根を寄せる。

 人の心配をしている場合ではない。それでも気にしてしまう。

 リデラインは魔法の才能の塊。けれど、まだ魔物の恐ろしさを実感したことがない。魔物と対峙して怯むことさえなければ、簡単に魔物をねじ伏せることは可能だろう。現時点でおそらく、リデラインの実力はジャレッドよりも上だろうから。


「――!」


 考え込みながら生い茂る葉を掻き分けて進んでいたジャレッドは、近くに魔物の気配を感じて歩みを止めた。一気に警戒を強める。


(集中しねぇと)


 デイヴィッドとケヴィンはジャレッドから一定の距離を保ちつつ、気配を殺してこちらの様子を確認している。

 魔物を実際に狩れたかどうかという結果だけでなく、その過程も評価の対象だ。気は抜けない。

 あれこれ考えたって、どうせジャレッドはリデラインの手助けなどできない。だから自分のことに集中する以外の選択肢はないのだ。


 ジャレッドが手を出したらリデラインは不合格になるし、たぶん怒って暫く口をきいてくれなくなる。――合格すると信じてくれなかったのか、と。

 妹に対する心配は信じているかどうかの話ではないけれど、実際に手を出すことは裏切り行為だ。そんなことは絶対にできるはずがない。


(せいぜい驚け、エル)


 オスニエルは明らかにリデラインを舐めている。リデラインが魔物と対峙して恐怖をそれほど感じることがなければ、もしくは恐怖が大きくてもそれを抑えることができれば、きっとオスニエルとヒューバートは度肝を抜かれることになるだろう。


(――いた)


 魔物の気配がするほうに慎重に歩みを進めていたジャレッドは、少し開けた場所を木の影から見た。

 汚れた暗めの茶色の毛に覆われたそれは、人間よりも大きな体躯、巨大な牙、瘴気を帯びた魔力を持っていた。成体のファングボアだ。

 魔物は生物の害となる瘴気に耐性を得て進化したものの総称で、ファングボアは猪が進化した魔物である。


 ジャレッドはファングボアに悟られないよう、可能な限り気配を消して瞬時に魔法を発動させた。ファングボアの足下に魔法陣が現れる。それに気づいたファングボアが逃げ出そうとしたけれど、その前に巨大な水の球の中に閉じ込めた。


(よし)


 水の球の中で暴れているファングボアは、ぼこぼこと空気を吐き出していく。


(このまま溺死させて――)


 行ける、と思ったところで、近くに新しい魔物の気配を感じた。その気配は猛スピードで近づいてきて、草むらからもう一匹、ファングボアが現れた。


「なっ」


 新たに現れたファングボアは低い鳴き声を上げながらあっという間に水の球に突進して、水の球を破壊した。

 最初のファングボアは水の球から解放されたもののよろよろだ。もう一匹は弱っているファングボアに寄り添っている。


(番か?)


 ジャレッドはもう一度魔法を発動させた。





 倒れている二匹のファングボアのそばに立ったジャレッドの背後に、デイヴィッドとケヴィンが現れる。


「及第点じゃないですか?」

「そうだな」


 ケヴィンの評価にデイヴィッドが頷く。


「最初は集中しきれていなかったが、その状態でも魔物の気配にはすぐに気づいた。安易に魔物の前に姿を現さず、最後まで居場所を気取られなかったのもよかったな」

「二匹目の対処は遅れたという印象でしたが、結果的に特に危険もなく二匹の無力化には成功していますからね。欲を言えば実際に対峙してるところを見たかったんですけど……ここまでできるなら、正面から向き合っても問題なく動けると思いますよ」


 ケヴィンは続けて、「討伐でもよろしくです」と結んだ。合格ということで、ジャレッドはほっと息を吐く。

 ファングボアに視線を落としていたデイヴィッドがジャレッドを見たので、ジャレッドもそれに気づいて顔を上げた。


「昨日、リデラインがこのテストを受けると言う前までは、お前の合格を疑っていなかった。しかしそれ以降、森の前に到着した頃までは、失敗する可能性のほうが高いと踏んでいた」

「……集中してなかったからか?」

「そのとおりだ。リデラインのことを気にしすぎていたからな。オスニエルもそれをわかっていてお前の心を乱している節があった」


 なるほど、とジャレッドは納得した。

 昨日の夕食の時、オスニエルが真っ先にリデラインの味方についたのは、リデラインの提案を利用することを思いついたからだったのだろう。森の前での会話も、ジャレッドをわざと刺激していたということだ。

 他に気を取られるようなことがあっても切り替えて、きっちり魔物を狩ることができるのか、甘い考えで挑んでいないか、試されていたのだ。


「リデラインもオスニエルの意図に気づいていたようだったな」


 そう言われて、ジャレッドは目を丸める。


(……それであえて普段どおりにしてたのか)


 緊張するとかそういうことは口に出さず、ジャレッドの前で笑った。リデラインも自分のことよりジャレッドを気にしていたのかもしれない。


「まだリデラインが気になるか?」

「そりゃ、まあ。父上だってそうだろ」

「そうだな」


 デイヴィッドは森の東のほうに視線を向けて、複雑そうな表情を浮かべる。


「リデラインは合格するだろう」


 確信に満ちた声だった。



  ◇◇◇


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