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08.悪者退治です(第三話)


 夕方、花瓶の花の中から回収した魔道具を持ったリデラインは、邸内の廊下を歩いていた。一人でローレンスの部屋に向かっているところだ。

 ローレンスがまだ外出中であることは承知している。帰宅の時間も把握している。本人に教えてもらったので間違いない。

 ローレンスに会うために部屋に行くわけではないので、あえてこのタイミングを狙ったのだ。


 ローレンスの部屋の前に到着し、誰にも見られていないことを確認する。重厚な扉を開けて入室した。

 部屋の主が不在の間にこそこそ入ると、なんだか悪いことをしている気分になる。事実、勝手に侵入しているので悪いことかもしれないのだけれど、シスコンであるローレンスは構わないと言ってくれるだろう。むしろもっと来てほしいと笑顔で歓迎されるかもしれない。


(今度から遊びにきていいか訊いてみよ)


 もちろん、ローレンスのやることを邪魔しないことが前提だ。まだ学生ではあるけれど公爵家の次期当主でもあるローレンスは忙しいのだから、その点に配慮するのは当然のことである。


 それはともかく、だ。

 中を見回して、これがローレンスの部屋なのかと感動に胸が震えた。初めて立ち入るわけではないので、間違いなく瑠璃の影響が出ている。


(いつもお兄様が使ってる机……)


 執務机の前に立って、そっと手を置く。

 ローレンスは主人公に恋をする人物ではなく、主人公との絡みもそれほどなかったので、小説では彼のことが詳細に書かれていたわけではない。悪役令嬢のリデライン、そして主人公に恋心を抱く登場人物の一人であるフロスト公爵家の次男の話が出る関係で、ローレンスに出番が与えられているのだ。だから彼の部屋が挿絵で描かれたことはないし、漫画版がまだ未完のうちに瑠璃は亡くなってしまったので、そちらにも描かれていない景色がここに広がっている。

 ローレンスが使いやすいように道具が配置されているのだろう。部屋全体もだけれど整理整頓が行き届いていて、彼の性格が窺える。


(って、感動してる場合じゃない)


 我に返ったリデラインは、ポケットから魔道具――捏造の疑いもかからない確実な証拠を取り出す。確実ながら一番簡単に用意できるものだ。

 机の上、目立つように真ん中に魔道具を置いて、満足げに部屋を後にした。





 それから数十分ほどした頃、リデラインは廊下でヨランダを捕まえた。


「ヨランダ、少しいいかしら」


 メイドに指示を出していたヨランダは、笑顔で「かしこまりました」と承諾する。メイドは頭を下げて仕事に戻った。

 そのメイドを見送ったヨランダは、ふと窓の外の光景に目を留めた。門の方から馬車が邸に向かってきている。


「どうやらローレンス様がご帰宅なさったようですね。お出迎えに――」

「だめよ、ヨランダ」


 リデラインがそう遮ると、ヨランダは驚きに目を丸めた。


「……お嬢様?」

「まだだめ」


 訝しげに眉を寄せるヨランダに、リデラインは鷹揚に笑みを見せる。何も言わずにいれば、ヨランダも口を閉ざしたままで時間が流れていく。

 そろそろかと、ローレンスがいなくなったであろう頃を見計らって、リデラインは歩みを進めた。戸惑いながらもヨランダはついてくる。


 廊下を進み、階段を降り、途中で何人かの使用人とすれ違った。彼らには構わずにエントランスホールにつくと、その真ん中でリデラインは立ち止まった。ヨランダも後ろで歩みを止める。

 エントランスホールには他の者の姿はない。ローレンスを出迎えたであろう使用人たちも解散したのだろう。


「ローレンス様はもうお部屋に戻られたようですが……」

「出迎えのためにここに来たわけじゃないわ」


 本当はローレンスに会いたいのを、ヨランダの対応のために我慢しているのだ。

 振り返って、リデラインはヨランダと正面から対峙する。

 リデラインと目が合ったヨランダは、緊張したように表情を強張らせた。


「ねえ、ヨランダ。本当に、お兄様たちは私を疎ましく思っているのかしら。魔力が多いから役に立つと、道具としか思っていないのかしら」


 そう訊ねると、この場面ではそんな質問が飛び出すと想像していなかったのか、ヨランダは虚をつかれたような顔をした。


「何度も申しておりますが、そう仰っていたのを私は耳にしております」


 穏やかになるよう努めている声ではあるけれど、安心感は与えてくれない。優しさがない。

 ローレンスやベティのそれとは、明確に異なる。

 公爵家への猜疑心が育つよう嘘を吹き込み続けているのに、リデラインはよく、ヨランダにこんな質問をしてきた。完全に公爵家を拒絶しないリデラインにしつこいと苛立っているのだろう。


「お嬢様、お気持ちは理解しますが――」

「嘘ね」


 断定すると、ヨランダは表情を険しくした。


「無駄よ。貴女の言葉は悪意にまみれてる。信じるに値しない」


 まっすぐに見据える。子供相手だというのに気圧されているのか、ヨランダは言葉を詰まらせた。


「みんな、私を大切に思ってくれているわ。使用人たちは離れてしまっている人たちが多いけれど、それも私が貴女の口車に乗せられて酷いことをしていたから。事情を話せば許してくれるわ、きっと。ここの人たちはとても優しいから」

「何を言って……」

「あら。案外、頭の回転が鈍いのね。公爵家の人たちが私を見捨てるよう、貴女が私を孤立させるために画策していた事実を暴露するつもり、っていう話をしてるの」


 目を見張るヨランダの反応に、リデラインは口角を上げる。


傍系の子爵家の娘(私みたいなの)は公爵家に相応しくないと、身勝手な思いで私を誘導し、追い出そうとした。全部わかってるのよ?」


 こてん、と可愛らしく首を傾ける。


「それにしても悪手よね、私をわがままな令嬢に仕立てあげるなんて。公爵家の威信が多少傷つくのは仕方ないと考えていたようだけれど、本当に忠誠心から私を排除しようとするのなら、公爵家の名誉に僅少の影響も出ないよう、徹底的に動くはずよ。何より貴女の虚言は、子供を疎ましく思うような人たちだと、主家の人たちの人柄を貶める行為でもある」


 ヨランダの発言は、たとえそれがリデラインに対してだけの嘘であったとしても、公爵家の品格を落とすものだ。


「忠誠心と呼ぶには公爵一家の想いを蔑ろにしていて独善的。貴女のそれはただの醜い執着でしかないわ」

「なっ……」

「貴女の理想の公爵家に不要な私を排除したいがあまりに目が曇り、最善の手を選択できなかった。――失態ねぇ、ヨランダ」


 最後はあえてゆったりとした口調で話すと、ヨランダの形相が酷いことになった。面白くて仕方ない。


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