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74.一生の不覚です(第七話)


 子供たちが退室した執務室に残ったデイヴィッドとヒューバートは、紅茶の味を楽しんでいた。


「リデラインはずいぶん雰囲気が変わったね」

「変わったというより、以前に戻ったが近いだろうな」

「いや、変わったと思うよ。前はもっと周りに対する警戒心みたいなのが強かった気がする」


 言われてみれば確かに、とデイヴィッドは思った。

 公爵家に来たばかりの頃のリデラインは、感情を表に出さない子供だった。生家では感情を押し殺して過ごさなければいけない環境だったのだ。

 そんなリデラインが次第に明るくなり、自分の気持ちを吐き出すようになったのは、ローレンスとジャレッドが根気強くリデラインに構い続けたからだった。

 ヨランダの手によってリデラインと家族の関係に亀裂が入る前、当時のリデラインよりも、今のリデラインは明るく元気な気がする。


「人見知りは相変わらずだがな」

「エルは心が狭いから、いきなり三人にするのは少し心配だよ」

「大丈夫だろう。オスニエルは年下に甘い。なんだかんだ、すぐにリデラインを受け入れてくれるんじゃないか?」

「希望的だねぇ」


 二人が接する機会を作らなければ改善はしない。少々性急かもしれないけれど、必要なことだと考えている。


「それで、予定を早めて先触れもなしに急遽こちらに来た理由はなんだ?」


 元々、二週間後にヒューバートはフロスト公爵家に来る予定だった。それを勝手に変更するのはやめてほしいものである。


「察してるでしょ、デイヴ兄さん。ジャレッドとリデラインについてだよ」


 予想はついていたので、デイヴィッドはため息に近い息を吐いた。


「共有していいのはオスニエルまでだ」


 ノリスマレー侯爵家は、フロスト家門とは領地が近いという程度の関係性しかない家だった。元は中立的でどの派閥にも属していない家だったけれど、先代の時代に王族と婚姻を結んだことで、血筋的には王家寄りの家となった。

 フロスト家門――主に傍系は、フロストの血筋が外に出ることをあまりよく思っていない。だからこそ、ヒューバートがノリスマレー侯爵家に婿入りする話には反対派が圧倒的に多かった。それでもヒューバートは家門と縁を切る覚悟で婿入りしたのだ。結局、傍系はその選択を受け入れるほかなかった。

 婿入りはしたけれど、ヒューバートがフロストの人間でもあることに変わりはない。デイヴィッドは頻繁にやりとりをしており、しかしお互いに過剰な干渉はしないという線引きもしている。


「承知してるよ。魔法契約書にサインしようか?」

「いや、そこまではしなくていい」


 ヒューバートのことは信頼している。情報を漏らす可能性があるとは思っていないので、デイヴィッドは隠すことなく二人の魔力の変化について経緯を話した。


「はー、なるほどねぇ」


 顎を撫でながら、ヒューバートは視線を落としている。


「リデラインとジェレマイア殿下の婚約話はどうなるか……」

「こちらはリデラインの意思を尊重する。だから王族に嫁がせることはない」

「まあ王家寄りの貴族連中が勝手に話してることだしね。私もリデラインの気持ちが優先されるべきだと思うよ」


 ヒューバートはどちらかに肩入れをすることはほとんどないものの、やはり思考的にはフロスト寄りだ。王家からの要請でフロスト公爵家との間を取りもつようなことはしないので、大変ありがたい。


「あのローレンスが兄なんだし、理想が高そうだよね」

「ローレンスに一番懐いているのは確かだな」


 親としてはもっとリデラインと近い距離感でいたいと望んでいる。しかし、一年以上も続いていた溝はそう簡単に元には戻らない。

 リデラインがあれほどローレンスに心を許しているのは、ローレンスがリデラインから()()()()()()からだろう。あの一年、デイヴィッドたちはリデラインと距離を置くことを選んだけれど、ローレンスは違った。そして、ローレンスのやり方が正しかった。離れるべきではなかったのだ。


 ヨランダにいいように振り回されてしまっていた一年を思い出して気を落としているデイヴィッドに、ヒューバートが優しく声をかける。


「時間はあるんだし、これからだよ。リデラインはまだ八歳だからね」

「……そうだな」


 そうだ、時間はある。親として一緒に過ごしていく時間は十分にあるのだ。落ち込んでいるのはもったいない。

 過ちを犯した。苦しんでいた子供たちに上手く向き合うことができなかった。だからこそ、もう時間を無駄にはしたくないのだ。


「じゃあもう一つの本題に入ろう」

「ああ」


 ヒューバートの言葉にデイヴィッドは気を引き締めて頷く。二週間後にヒューバートが来る予定だったのも、これから話すことについて相談をするためだった。


「ストウ森の魔物討伐は今年で決定したらしいね」

「ああ。魔物の数が増加傾向にあるからな」


 ストウ森とは、両親――先々代公爵夫妻が暮らしている伯爵領と、フロスト家門の別の貴族が治めている二つの領地、この三つの領地の境界に広がっている森のことだ。その森は数年ごとに夏頃になると魔物が大量に発生することがあるため、昔からフロスト騎士団がメインとなって魔物の討伐をしている。フロスト公爵家の当主も参加が基本だ。

 森の調査は毎年行われており、今年は魔物が大量発生する兆候が見られたため、討伐が決定された。

 ヒューバートも、そしてオスニエルも討伐には参加するので、今回の目的はその打ち合わせといったところだ。


「今回はジャレッドも参加させたらどうかな」

「ジャレッドを?」


 突然ヒューバートから出された提案に、デイヴィッドは眉を寄せた。


「魔法使い試験に合格したんだから、一魔法使いとして資格は十分にあると思う」

「ジャレッドは合格したばかりの新米だ。狩りもせいぜい小型の魔物の経験しかない。いきなり討伐は――」

「ローレンスは早々に討伐に参加してたよね」


 ヒューバートの言うとおり、ローレンスが初めて討伐に参加したのは八歳の時だった。それは前々回の討伐で、数年前の前回の討伐にも参加している。

 しかし、ここでローレンスを引き合いに出すのは明らかに基準がおかしい。


「ローレンスは次期当主だし、本人の希望があったのと、参加しても問題がない実力が備わっているからこそ許した。お前もあの非凡さはよく理解しているだろう」

「そうやって慎重になりすぎたら、ジャレッドの成長も緩やかになるよ。ただでさえ急に魔力が増えてそれを使いこなさなきゃって焦ってるだろうし、チャンスはやらないと」


 デイヴィッドは更に眉を寄せた。眉間のしわが増える。

 もっともな意見だとは思う。おそらくデイヴィッドは過保護なのだろうと自覚している。

 ストウ森の討伐であれば、強力な魔物がいる森の深い場所にさえ行かなければ、ジャレッドは討伐隊の一員としてそれなりに戦力になる実力はあるだろう。

 何より、多くの経験――殊更、実戦の経験を積むことは、魔法使いとして成長することに必要だ。


「……ヘンリエッタとも相談して、それからジャレッドの意志を確認する」


 選択肢を与える前に奪うのは、ジャレッドの成長の機会を潰すことにもなる。決めるのはあくまでジャレッドの自由であるべきなのだ。


更新を再開したばかりですが、身内に不幸がありまして、一週間お休みします。

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