72.一生の不覚です(第五話)
三人はジャレッドの部屋に移動した。リデラインとジャレッドが並んでソファーに座り、オスニエルは二人の正面のソファーに座っている。
「お昼前なのにおやつなんだ?」
使用人たちが紅茶やおやつの準備を進めているのを横目にオスニエルがそう訊くので、ジャレッドが答える。
「最近リデラインがこういうの食べたいってイメージを伝えて、時間問わず料理人たちが試行錯誤して再現してるんだ」
前世の記憶が戻ってから、日本食が恋しいのはもちろんのこと、色んな食べ物が頭を過ぎるようになった。入院生活の食事は味気なかったので尚更である。そのためリデラインが知っている範囲で、このような味や見た目の料理はないかとなるべく詳細に料理人たちと話をした。ないものは皆の知識を総動員してあれこれと試作を重ねている。
取りわけリデラインのデザートへの気合の入れようは相当なもので、料理人たちも触発されて真剣に取り組んでくれているのだ。
「この時間のやつは使用人たちが試食する用だな」
「へぇ?」
オスニエルの意味ありげな視線を受けて、リデラインはぎくりとする。
これは、「相変わらずまだ周りを振り回してるんだ?」的な非難の意味合いが存分に込められているに違いない。
「別にリデラインがわがまま言ってるわけじゃねぇぞ。『料理人のプライドにかけて必ず作ってみせます』って、料理人たちがはりきってる」
ここでジャレッドが眉を寄せて補足すると、オスニエルはぱちりと瞬きをした。リデラインも少しの驚きを感じつつジャレッドを見る。
間違いなく怒っている。ジャレッドが、オスニエルに対して。きっと、リデラインに向けられているオスニエルの視線の意味を察したから。
「完成したやつはどれも美味かったから、むしろみんな楽しみにしてる」
「……そうなんだ」
オスニエルが呟くように声を落としたところでデザートが運ばれてきて、その話は途切れた。
三人それぞれの前にデザートが載ったお皿が置かれる。
「これは?」
「いちごたっぷりのミルクレープでございます」
「ミルクレープ?」
メイドに名前を教えられてもオスニエルは不思議そうにしている。ミルクレープはこの世界ではリデラインが提案するまでなかったものなので当然だろう。
「クレープの間に生クリームを挟んで何枚も重ねたやつだな」
「クレープを……」
すでにミルクレープを食べたことがあるジャレッドが説明する。
リデラインはあまり詳しくは知らないけれど、ミルクレープは日本発祥で、それもそんなに昔のことではなかったらしいので、この世界になかったとしても何もおかしなことではない。
目の前にあるミルクレープはピンク色のクリームといちごが何層にもなっていた。一番上にもクリームといちごが載せられており、まさにいちごたっぷりである。
「今回はいちごも挟んでるのか」
「果物があっても美味しいでしょうねって話し合ったから、早速作ったみたいね」
ミルクレープはクレープ生地と生クリームさえあれば作れるものだったので、再現の難易度としては非常に低いものだった。
「この前はチョコクリームのやつもあったな。あれも美味かった」
「ふぅん……」
オスニエルは興味深そうにミルクレープを眺め、お皿を持ってフォークでミルクレープを切り分け、一口食べる。
「ん。美味しいね」
「やっぱ美味いな」
感心した様子のオスニエルに続き、ジャレッドも食べてすぐに感想を呟いた。リデラインも嬉々としてミルクレープを口に運ぶ。
「――それで、今回うちに来たのはなんのためだ? ただ顔見にきたとかそんなんじゃねぇだろ」
リデラインがミルクレープに意識を集中させていた横でジャレッドはメイドたちを下がらせ、オスニエルに訊ねた。纏う空気が鋭さを帯びていて、オスニエルの真意を探ろうとしているのが伝わってくる。
「氷の魔法、使えるようになったってね」
「まあな」
「魔力も前より増えた?」
「成長期だからな」
何食わぬ顔で答えていくジャレッドに、オスニエルが目を細くする。
「――リデラインは魔力暴走で魔力が相当減ったって話だったけど」
「ああ」
「一人は適性属性も魔力も増えて、もう一人は魔力が減った? 無関係じゃないでしょ、それ」
オスニエルはお皿をテーブルに置くと、改めてこちらを見据える。
「時期がたまたま重なったなんて、そう簡単に納得できないね」
正直なところ、リデラインはやはりと思った。ヒューバートとオスニエルは、フロスト家門の中で広まっているその噂の真偽を確かめに来たのだ。
ジャレッドも予想していたようで、驚いた素振りはまったくなかった。執務室では今頃、デイヴィッドとヒューバートも同じ話をしているのだろう。
「外部に漏らすなよ」
「もちろんだよ」
「王家にもだ」
ジャレッドが念を押すと、オスニエルは肩をすくめた。
「弁えてる。俺はフロストの血筋でもあるんだからね」
その返事を聞いて、ジャレッドはリデラインに視線をやった。どうするかと訊ねているようなので好きにしていいという思いを込めて軽く頷くと、ジャレッドはオスニエルに向き直って正直にすべてを話した。
「……なるほどね」
話を聞き終えると、オスニエルは考え込むようにしながら口を開いた。
「無理に魔法を使って魔力器官に影響を及ぼした……。それが事実だとしたら、研究価値はある」
魔法使いの強さは魔力量とほぼ比例する。魔力が少ない者でも魔力を増やすことができるのであれば、強い魔法使いが多くなる。それはつまり、国の力も強くなっていくことを意味する。
研究でリスクの部分がどんどん少なくなっていけば、この国は名高い魔法国家として繁栄していくだろう。
「あくまでヘクターの推測だ、確実な方法じゃない。それに、研究となると実験は不可欠だろ。魔力を失う人間が増えるだけだ」
「リデラインの元の魔力量が他の追随を許さないほどだったわけだから、同じような実験は困難だよね。魔法を力技で発動させるっていうのもそうそうできることじゃないし」
損失が大きすぎることはオスニエルも理解しており、本気で研究に着手するほど愚かではない。
それよりもオスニエルには重大な点があった。
「死にかけたんだ?」
厳しい目つきで、オスニエルはジャレッドに問うた。
「……ああ」
「二度としないでよ」
「ああ。しない」
ジャレッドが真剣に答えると、オスニエルは嘘偽りはないと見たようで微かに安堵の笑みを浮かべた。
「そっか。リデラインに助けられたのか」
琥珀色はリデラインを映し出す。
「ヨランダの件は聞いてる。俺の正直な気持ちを言えば、ヨランダの誘導があったとしても結局はリデラインが自分で色々と判断して行動した結果があの一年だったわけだから、そう簡単に許そうとは思えない。――でも、確かに変わった。そこは認めないとね」
オスニエルが今日初めて、リデラインに柔らかい表情を向けた。それはほんの数秒のことで、すぐにまた刺々しい笑顔に覆われる。
「ジャレッドやローレンス兄さんを傷つけてきたことに変わりはないから、まだ普通に嫌いだけど」
とても正直に突き放されたけれど、リデラインに不満はない。リデラインがオスニエルの立場だったら、同じ結論になっていたと思うのだ。
「お前、前はリデラインのことかなり可愛がってただろ」
「前はね。従兄弟とかって男ばっかりでただ一人の女の子だったし、可愛かったよ。それがあんな傍若無人になっちゃって、ほんと人ってわかんないもんだなって思ったね」
やはりまだチクチクと棘が残っているけれど、オスニエルらしい。それほど彼がジャレッドたちを大切に思っているという証である。




