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70.一生の不覚です(第三話)


 リデラインが瞬きをして固まると、ジャレッドは不思議そうに首を傾げつつ眉を寄せる。空色の目は雄弁で、「『え?』ってなんだ?」と訊いているようだった。

 誕生日だと、ジャレッドは言った。来月といえば七月だ。七月は――。


「ローレンスお兄さまの誕生日!!」


 気づいた瞬間、あまりの衝撃に思わず叫んでしまうと、その声に驚愕したジャレッドが跳ねた。


「いきなり叫ぶなよ」

「誕生日……お兄さまの……」


 ジャレッドの文句は耳に届かず、リデラインは震えている。

 ローレンスの誕生日は七月二日だ。前世では作者のSNSでローレンスの誕生日が明かされてから、一度たりともこの尊い日を祝わなかったことはなかった。なんなら自分の誕生日よりも特別に感じていたし、常に意識していた。それなのにこの有り様である。

 大失態どころではない。こんなにも重要なイベントだというのに、頭からすっかり抜けてしまっていた愚か極まりない自分が信じられなかった。


「お兄さまの誕生日を今の今まで忘れていたなんて一生の不覚……! 万死に値するわ!」

「落ち着け」


 前世の記憶を思い出して三ヶ月と少し。関係が修復されてから初めての家族の誕生日とはいえ、気づけなかったなんてローレンス推しとしても妹としても失格である。

 頭を抱えて嘆くリデラインを、ジャレッドは大袈裟だなと冷めた目で眺めていた。


「最近のお前、王都に行くから兄上に会えるってのと俺の試験で頭いっぱいだったからな。そもそも去年は誕生日祝うって雰囲気でもなかったし、暫く縁遠かったから忘れてたのも仕方ないんじゃね」

「う、ごめんなさい……」


 一年以上も邸の雰囲気が最悪だった原因であるリデラインには、その言葉がぐさりと深く突き刺さった。

 それまで嘆いていたこととは異なる理由で急激に落ち込んでいくリデラインを見て、ジャレッドははっとする。悪気なく口にしただけなのだけれど、それがまずかった。


「あ、いや、別に責めたかったわけじゃ……あー、とにかく! まだ時間はあるんだから何するか考えるには十分だろ! な?」


 慌ててフォローするジャレッドに励まされて、二人で兄の誕生日について話し合う。


「んー、けど、よく考えたらテスト期間だよな。さすがに帰ってこねぇかも」


 早々にジャレッドがそこに思い至り、リデラインも確かにと頭を悩ませた。

 学園の夏季休暇は七月の下旬からなので、時期的に見て七月は月初からすでにテスト期間なのは間違いない。

 王都の学園に通っていても魔動列車を利用すれば、週末はフロスト領で過ごすこともできる。しかし移動にかなり時間を取られてしまい、ゆっくり過ごせる時間は本当に限られることになるので、普段ローレンスはタウンハウスにいるのだ。

 昨年を思い返してみれば、ローレンスは自分の誕生日の時に帰省していなかった。


「じゃあ、私たちが王都に行くのは? それなら問題ないでしょう?」


 ローレンスがこちらに来るのが問題なら、比較的自由に予定を調整できるリデラインたちが会いにいけばいいと思っての提案だった。しかしジャレッドは難しそうな顔をしてリデラインを見据える。


「うーん、どうだかな。お前、王都で急に体調崩したばっかだし、父上たちが許可しねぇだろ」

「う」

「それに、まあ兄上にテスト勉強が必要かはぶっちゃけ疑問だが、俺たちが向こうに行ったら兄上は必ず俺たちを構うことを優先する。勉強時間を奪うことになるぞ」

「んんん……」


 そう言われてしまうと反論できない。

 急に体調を崩したのは思いがけず王太子に遭遇してしまったからだ。しかも直接話したわけでもない、ただ見かけたという理由だけであんなことになった。王太子に遭遇しなければ起こらない不調である。

 リデラインにはその自覚があるけれど、周りは当然のことながら知らない。ローレンスとジャレッドがそばにいたというのにリデラインを襲った尋常ではないストレスの原因が不明な以上、リデラインを王都にはやらないほうがいいという結論に帰結するのは自然な流れといえる。

 それに、学年トップの成績を誇るローレンスの邪魔もしたくない。ローレンス自身はトップにそれほど固執してはいないだろうけれど、フロストの後継者として必要だとも考えているはずだ。特に魔法関連の授業の成績は落とせない。


「夏季休暇になってお兄さまが帰ってくるまで待ったほうがいいってこと?」

「プレゼント送るくらいで我慢しろってことだよ。なんもなかったらそれはそれで不安定になりそうだからな、兄上は」

「不安定」


 ジャレッドのなかなかの言い方にリデラインは思わず復唱してしまったけれど、あのローレンスなので否定できなかった。それこそテストなんかどうでもいいと即座に領地に帰ってきそうだ。


「俺も散々迷惑と心配かけてきたし、今年は去年の分も含めてそれなりのやつを用意したい」


 真剣に考えながら話すジャレッドの姿に、リデラインは頬を緩ませる。

 リデラインだって同じ気持ちだ。あの一年をなかったことにはできないけれど、これからいい思い出で上書きしていきたい。

 ジャレッドの手をぎゅっと握ったリデラインは、ふわりと笑みを浮かべた。


「じゃあ、一緒にたくさん考えましょう、お兄さま」

「……ああ」


 まっすぐに見つめられて気恥ずかしかったのか、ジャレッドは照れくさそうに少し視線を逸らして返事をした。

 その数分後、二人が話し合いを進めているとベティが部屋に戻ってきた。手紙は無事に出せたという報告と、もう一つの報告をしに。


「お嬢様、ジャレッド様。ご来客です」

「お客さま?」


 リデラインは首を傾げる。

 わざわざリデラインとジャレッドに来客を知らせるということは、その客は二人に用があるということだ。


「誰か来るって聞いてた?」

「いや、まったく」


 リデラインは事前に何も聞いていないのでジャレッドに確認すると、ジャレッドも初耳のようだった。

 そんな二人だったけれど、ベティから訪問者の名前を教えられたことでジャレッドは「なるほどな」と零し、リデラインも納得した。


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