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65.予想外の出会いです(第八話)


 裏門について他愛のない話をして、リデラインはポールに預けていた眼鏡の魔道具をかけ、「どう?」とジャレッドに確認する。


「ん。紺色になってる」

「かわいい?」

「はいはい」

「心がこもってない」


 むっとリデラインは唇を尖らせる。


「やり直し」

「可愛い可愛い」


 これまた適当な言い方に、リデラインが更に拗ねて見せた。


「つか、髪はなんもしなくてよかったのか? 銀髪も目立つだろ」

「染めるのは髪が傷んじゃうから嫌だし、ウィッグも落ち着かないから嫌だったの。でもローレンスお兄さまがこれくれた」


 横髪をよけたことで露わになったリデラインの耳には、シンプルな耳飾りがついている。これも魔道具だ。

 耳飾りに触れるとリデラインの髪の色が青に変わった。それを見て、ジャレッドが「へぇ」と零す。


「便利だな」

「でしょー」

「なんでお前が自慢げなんだよ……」


 髪も瞳も色を変えているけれど、リデラインは一応フードも被った。すると、肩で息をしているネイサンが現れる。


「お待たせお二人さん。もうお腹ぺこぺこだよな? 早く行こう!」

「ネイサン」


 ネイサンの後ろに立ったローレンスが、ネイサンの肩をがしっと掴んで低い声をかける。それにびっくりするほどネイサンが肩を跳ねさせるので、リデラインはローレンスのもとに歩み寄って服の裾をちょんと引っ張った。


「お兄さま」

「ん?」


 殺気立っていたローレンスは、リデラインが呼ぶとキラキラの麗しい笑顔に早変わりする。声もどこまでも優しい響きだ。


「お腹すきました」


 リデラインはへらりと笑った。





 レストランで昼食を終えた四人は、王都の街を歩いていた。

 ちなみに、ローレンスも眼鏡の魔道具をかけて瞳の色を変えている。眼鏡姿も似合っていてたまらない。

 リデラインとジャレッドが並んで歩いており、すぐ後ろにローレンスとネイサンがいる。後ろの二人の美貌はあまりにも目立ちすぎるので、ずっと女性たちの視線が注がれていた。


「これっておしのびって言えるのかな」

「兄上たちは普通にバレてそうだよな。ネイサン殿とか顔広そうだし」

「制服の人ちらほらいたよね」

「めちゃくちゃ兄上たちのこと見てたな」


 明らかに二人の正体に気づいている人たちはいた。しかし話しかけてこなかったのは、一緒にいるリデラインとジャレッドを見かけてのことかもしれない。

 ジャレッドが王都にいることは学園では広まっているはずなのだ。兄弟の時間を邪魔するのは憚られたのだろう。

 それでなくとも、柔和なローレンスは話しかけやすくはあるけれど、その美貌や実力、フロストという地位で神聖視もされている。用もないのに気軽に話しかけるなんて無礼、という考えを持つ層もいるらしい。運良くその人たちにでもあたった可能性は否めない。


「話しかけられても兄上があしらってくれるだろ」


 そんな結論に至り、二人は気にしないことにした。そして、見つけた雑貨店に入る。

 中を見て回るとジャレッドがほしいものを見つけたということで、ローレンスとお会計をしにいった。その間リデラインがアクセサリーケースを眺めていると、隣にネイサンがやってくる。


「ラリーの奴、ずっと俺を仕留める隙狙ってて怖い」

「大丈夫ですよ。お兄さまが本気ならネイサンさまの命はとっくにありませんから」

「……妹ちゃん、ラリーの性格よくわかってんなぁ」

「妹なので」


 得意げな顔をしたリデラインを見て、ネイサンが訊ねる。


「怖くねぇの?」

「え。かっこよくないですか?」


 そう返したリデラインに、ネイサンはきょとりとした。予想外の感想だったと言いたげだ。

 リデラインとしてはそんな反応をされることに疑問しかなく、首を傾げる。


「お兄さまが怒るのは私とジャレッドお兄さまのためですし、怒ってるお兄さまはキリッとしてていつもとちがう雰囲気で好きです。もちろんいつもの優しいお兄さまも大好きですよ」


 ネイサンは目を丸くした。そして、ふっと笑い声を出す。


「なるほどな。妹ちゃんも重いなぁ。割とまともっぽい弟くん大変そ――ぐえっ」


 お会計を終えたらしいローレンスがネイサンのシャツの襟を掴んで後ろに引っ張ったので、ネイサンから顔に似合わない情けない呻き声が零れた。紙袋を持ったジャレッドがリデラインのそばに来る。


「買えた?」

「買えた」


 リデラインとジャレッドが話している横では、不穏な空気が流れている。


「近い。本当に油断も隙もないな」

「ごめんて。妬くなよラリー。ちゃんとお前も相手してやるから」

「……」


 ローレンスの肩に腕をのせて顔を近づけたネイサンは、色気をふんだんに込めたいい声で囁いた。けれどローレンスから軽蔑の眼差しを向けられてそっと離れる。


「この反応、酷いと思わねぇ?」


 そして、リデラインとジャレッドに同意を求めてきた。


「思わないです」

「思いませんわ」

「二人も冷たくなった」


 そんなやりとりをして雑貨店を出たところで、すぐ目の前を通ったある人物がリデラインの目にとまった。

 理由はなかった。ただなんとなく、気になったのだ。

 ローブを着ておりフードで顔が隠れているけれど、身長からしてジャレッドと同い年くらいの子供だと思われる。

 その少し後ろには、同じくローブを纏った男性が控えている。


 歩いていく後ろ姿をじっと見ていると、視線を感じたのかその子供はこちらを振り返った。リデラインが思わずびくっとすると、その子供は立ち止まってまだ視線を逸らさずにいる。


「リデライン?」


 リデラインが何かを見ていることに気づき、ジャレッドもその子供のほうに顔を向けた。


「あいつがどうかしたのか?」


 そう訊かれるけれど、何も返せない。リデラインは形容しがたい感情が大きくなっているのを感じた。

 心臓が鼓動を刻む音がやけに大きい。


 なんとなく不思議そうにしている空気感を纏っていたその子供は、ジャレッドに気づくとはっとした様子だった。


「――猫ちゃんが!」


 突然、そんな声が響いた。声を上げたらしい女性は車道を挟んだ反対側の歩道にいて、視線の先はこちら側の建物のようだった。

 顔を上げて、気づく。今出てきたばかりの雑貨店の二つ隣の建物。その三階の窓に、猫がぶら下がっていたのだ。


 フードの子供も建物を見上げ、猫に気づいた。その瞬間――猫が、落ちた。

 リデラインは息を呑む。フードの子供は反射的になのか駆け出した。

 しかし、距離的にはフードの子供のほうが近かったものの、ローレンスが魔法を使って猫を助けるのが一番早かった。風で猫を受け止めて、すぐ下にいるフードの子供のもとへ降ろす。

 子供は驚いているようだったものの、ローレンスの意図を汲んで猫を掴んだ。


「みゃー」


 子供の腕の中で、猫が呑気に鳴く。まだ小さい。


「さすがラリー」

「怪我はなさそうだね。あの建物に住んでる誰かの猫か、もしくは野良かもな」


 ローレンスがそう推察していると、ジャレッドが子供と猫のもとに駆け寄った。


「大丈夫か?」

「……ああ」


 ジャレッドの問いに子供が返事をする。リデラインは一歩も動かずにその子供の顔を凝視していた。

 見上げながら駆け出したことで、その子供のフードが取れて顔が見えていたのだ。


(なんで……)


 どく、どくと、心臓が早鐘を打つ。

 子供は少年だった。琥珀色の目をしており、髪は暗めの茶色。――しかし、その髪色は本当のものではなく、リデラインと同じように魔道具でも使って変えているのだろうと直感的に思った。

 本来の色は、きっと朱色だ。


 ぎゅっと、リデラインは服の胸元を握りしめた。


「リデル?」


 ジャレッドと共に駆け出さなかったリデラインの様子がおかしいことに気づき、ローレンスが声をかける。しかしその声――本当なら一切聞き逃したくない兄の声も、リデラインの耳には入らなかった。


(どうして、あの人がここに……)


 リデラインには、少年の正体がわかった。

 リデラインがまだ出会う予定ではなかったはずの人物。――この国の王太子ジェレマイア・ヴァーミリオンで間違いないと、なぜか理解できたのだ。


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