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64.予想外の出会いです(第七話)


「――お前、いい度胸だな」

「おおうガチギレだ。ごめんって」


 ローレンスがいない間このエントランスホールで何を話していたのか、ネイサン本人が正直すぎるくらい包み隠さずに伝えると、ローレンスはネイサンの胸ぐらを笑顔で掴んだ。その笑顔とは裏腹にローレンスの声はとても低く、銀の瞳は怒りに満ちていて、胸ぐらを掴む手には血管が浮かぶほど力が込められている。

 ネイサンは両手を上げて無抵抗の意思を見せつつ謝っているけれど、ローレンスの空気が緩むことはない。


「お兄さまかっこいい」

「ここでその感想出てくんのかマジかよ……」


 リデラインが熱い視線をローレンスに送っていると、ジャレッドがまたも引いた目を向けてくる。するとポールが二人の前に立ちはだかった。


「ジャレッド様、お嬢様。先に門まで向かいましょう。ローレンス様とネイサン様は少々お話をなさることになりそうですから」

「はぁい」


 ポールの提案に従って、二人は一足先に邸の外に出る。ポールを後ろに引き連れて裏門に向かいながら、ジャレッドが口を開いた。


「あの人、なんか兄上に似てたな」

「愛が重かったね」


 リデラインはふふっと笑う。


「お兄さまの変化とか、そういうのによく気づいてくれそうよね。そんな人がそばにいてくれるのはありがたいと思う」


 目を伏せて、リデラインは続けた。


「ローレンスお兄さまは私たちのことばかり優先する人だから、自分のことにはむとんちゃくだもの」


 それはきっと、兄だからというだけが理由ではない。


『遠縁のリデルとは違うけど、僕だって立場的には似たようなものだからね。あの子の気持ちはよくわかるんだ』


 小説の中で、なぜそんなにもリデラインに甘いのかとネイサンに追及されてローレンスが話していた言葉が、リデラインの頭を過った。

 それは、前世の瑠璃にもよくわかる心情だったのだ。ローレンス・フロストというキャラクターに強く惹かれた理由の一つでもあった。



  ◇◇◇



 ポールが弟妹を連れ出したことでネイサンと二人きりになったエントランスホールで、ローレンスは無表情になった。


「遺言は聞いてやろう」

「ごめんって。ほんとに」


 ネイサンはローレンスの腕をぽんぽんと叩いて宥めようとするけれど、まったく効果がない。むしろローレンスの剣呑さが増している。


「ちょっと脅かしちゃったけどさ、本気じゃねぇから」

「ちょっとでも有罪だ」

「いやでも妹ちゃんは全然気にしてなさそうだったっていうか、むしろなんだかんだで打ち解けたし――」

「遺言はなしでいいな」

「待って待ってマジで待って」


 ローレンスの空いているほうの手から魔力が溢れているのを感じて、ネイサンは本格的に慌てた。


「無抵抗の人間に攻撃魔法は犯罪!」

「そうか。お前は僕の弟妹を脅かした存在だ。そしてここはフロストの邸で、僕はフロスト。正当性を主張するのは容易いし、もみ消しも容易なんだ」

「ええっと?」

「短い付き合いだったな、ネイサン」

「ほんっとに待て!!」


 魔法を使ってローレンスの手から逃れたネイサンは、ひとまずほっと息を吐く。しかしローレンスから睨まれていることは変わらない。


「悪かったって。悪ふざけが過ぎた」

「謝罪する相手は僕なのか?」

「二人にもちゃんと謝るよ」


 ガシガシと、ネイサンは頭をかいた。


「心配だったんだ。仲直りして嬉しそうなのに、また何かあってお前が傷ついたらって」

「ネイサンには関係ない」

「……確かに、俺は兄妹のことに口出しできる立場じゃねぇけど。預かってもらってる立場だからって気を遣いすぎてた奴を知ってるから、重なるんだよ」


 ネイサンの家――辺境伯家は、両親を亡くした親戚の子を引き取った過去がある。ネイサンよりも年上だったその少年は、常にネイサンたち家族に迷惑をかけないようにと遠慮していたらしい。平民でありながら辺境伯家に世話になっているという負い目もあり気を遣いすぎて、あまり打ち解けることができないまま独り立ちしてしまったそうだ。

 現在も付き合いは続いているので昔よりは精神的な距離感が近くなったというけれど、本当の家族のようになるのは難しいことを、ネイサンは実際に経験している。


「妹ちゃんもそうなんだろうけど、……お前だって、かなり気を遣ってるんじゃねぇの」


 ネイサンにそう問われて、ローレンスはため息を吐いた。


「まったくないとは言えないな」

「……弟くんたちも知ってるんだよな?」

「別に隠してるわけじゃないからね」


 ローレンスは現当主夫妻の実子ではない。現当主デイヴィッドの兄――先代の子だ。ジャレッドとは従兄弟にあたる。

 先代が亡くなったのはローレンスが幼い頃で、母もすでに亡くなっていたので、ローレンスがそのままフロスト家を継ぐのは難しいと判断された。そのためデイヴィッドが急遽公爵位を継承し、ローレンスはデイヴィッドとヘンリエッタの養子になったのだ。そのことはジャレッドもリデラインも知っている。


 血縁的にはかなり近い親戚なので、その点はリデラインと異なる。けれど、ローレンスも養子であることは事実だ。先代の子であり正統な後継者だから、一時的に当主の座についたデイヴィッドが引き取るしかなかった。

 養子となった頃から、新しい両親にはあまり甘えないほうがいいのだと幼いながらに感じていた。ジャレッドが生まれてからは尚のこと、叔父夫妻の実子であるジャレッドが優先されるべきだと考えていた。リデラインも養子としてフロストに来てからは、ひと目見てつらい生活を送っていたと察することができたリデラインを大切に守るべきだと思っていた。

 兄となった瞬間から、ローレンスは弟妹のために力を尽くそうと決めていたのだ。


「ちゃんと兄をしないとって感じた最初のきっかけは、養子だからっていう遠慮の部分が大きかったかもね。でも二人とも、本当に僕を慕ってくれるんだよ。僕は二人のことが純粋に大好きだし、兄として積極的に色々したいって思ってるのは間違いなく僕の意志だ」


 ローレンスは弟妹の兄でいられることを、ただただ幸福に感じている。

 叔父夫妻は立場上、ローレンスを養子として迎えなければならなかった。突然公爵家の当主夫妻となり、家門をまとめる立場となってしまった。とても優秀すぎる当主のあとに。そのことでたくさんの苦労を背負い当初はかなり疲弊していた姿を、ローレンスははっきりと覚えている。


「両親にはまあ、多少の気は遣うけど。ジャレッドとリデルにはないな」

「……そうか」

「――だから、僕はあの二人のために生きるのは本望なんだよね。二人の障害になるものは徹底的に排除したい」

「うん?」


 雲行きが怪しくなって、ネイサンは首を傾げる。

 ローレンスはにっこりと笑顔を見せた。


「遺言はなしでいいんだよね?」

「うっわ全然怒り収まってなかった。俺妹ちゃんに情報提供する約束してんだけど。嫌いじゃないって言われたんだけど。俺が死んだら悲しむんじゃねぇかなぁ!」

「そこも気に食わない」

「逆効果じゃんどうしよ」


 とりあえずネイサンは、リデラインたちがいるであろう裏門に特急で逃げることにした。溺愛する弟妹の目の前ではローレンスもさすがに人殺しはできないだろうと踏んで。


まだ続きます。

第三章だけで10万字いく……。

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