62.予想外の出会いです(第五話)
結局、ネイサンは夕食を終えるまで居座ることになった。ローレンスが折れた形だ。ローレンスが彼の要求を承諾したことは意外だったけれど、やはりそれほどネイサンに心を許しているという証明でもあるように思えた。
食堂ではリデラインとジャレッドが隣同士で座り、向かいにローレンスとネイサンが座る。弟妹にネイサンを近づけないようにと、ローレンスがネイサンを見張りつつ行動を制限するための配置だ。
ローレンスの気持ちは理解できる。ネイサンは女性が大好きなので、特にリデラインに近づいてほしくないのだろう。
いくらネイサンでも、八歳のリデライン相手に食指が動くことはないはずだ。しかし、前世では弟がいて、ジャレッドのことも兄というより弟という感覚でいるリデラインには、妹を溺愛する兄の心境は想像に容易い。
「いやあ、こうしてると俺も兄になった気分。俺末っ子だからなんか新鮮」
リデラインとジャレッドを見て、ネイサンはご機嫌にそんなことを述べる。
「勝手に兄弟になるな」
「俺のほうが誕生日早いから『お兄ちゃま』って呼んでいいよ、ラリー」
「ふざけるな」
ヘラヘラしているネイサンにローレンスはどこまでも冷たい。これが二人の日常なのだろう。
リデラインが知らない、ローレンスの素の一部。優しいローレンスも決して嘘の姿ではないけれど、この冷たい姿だって虚像ではない。どちらもローレンスらしい姿なのだ。
二人を眺めていると、隣のジャレッドが顔を寄せてくる。
「あの人、すごくね?」
「ローレンスお兄さまが振り回されてる感じあるものね。トゲトゲしてるところもかっこよくて好き」
「あっそ……」
こそこそ話していたジャレッドから呆れた雰囲気を感じたけれど、リデラインは目を輝かせてローレンスを脳裏に焼きつけていた。そして、ある程度満足したところでネイサンを窺う。
ネイサンは遊び人で不真面目な性格だけれど、魔法使いとしての実力は申し分ない。十六歳の今の時点で準一級魔法使いの資格を得ている。
ただ、彼は面倒だからと試験を受けていないだけで、その実力は一級魔法使いにも劣らないらしい。教師たちからもぜひ試験を受けなさいと勧められていて、「気分が乗ったら受けますよ」と流しているそうだ。
小説の流れだと、彼が一級魔法使い試験を受けるのは学園の大学部に入学してからになる。余裕の一発合格で、その実績があるからこそ学園から特別講師をしてくれないかと依頼があったのだ。
(類は友を呼ぶってこういうことだろうなぁ)
現実のネイサンを前にして、リデラインが抱いた感想はそれだった。
秀麗な顔立ちに、魔法使いとしての才能、そして地位。どれも持っている二人が並んでいる光景は現実離れしている。
「試験は合格したらしいよ」
四人での食事が始まる前に、話題はジャレッドの試験のことに移った。ネイサンの登場で確認が後回しになってしまったけれど、無事に四級魔法使いになれたという。
「お兄さまおめでとー!」
リデラインがぎゅっと抱きつくと、相変わらず恥ずかしがりなジャレッドは「やめろ」とリデラインを引き剥がした。
合格するだろうと想定されていたため、今夜の食事は特に豪華だ。お祝いと労いで、ジャレッドの好きなものばかりがテーブルに並べられていく。急遽一人分増えてしまったけれど、使用人たちはそこに問題なく対処してくれたようだ。さすがである。
聞けば、ネイサンは試験後のジャレッドを待ち伏せして邸に来たのだという。なぜ邸を直接訪問するのではなくジャレッドを待ち伏せていたのかと、リデラインは不思議に思ったけれど、この様子だとおそらくローレンスから門前払いをくらうと考えての行動なのだろうと予想できた。
「リデラインは今度の試験でも受けんの?」
「気安く名前を呼ぶな」
ネイサンの問いにリデラインが返事をするよりも早く、ローレンスが鋭く目を細めて注意を飛ばす。
「えー。じゃあリデル」
「死にたいのか?」
「こっわぁ」
ローレンスの禍々しい殺気もまったく意に介さず、ネイサンは頬杖をついてリデラインたちに微笑みかける。
「俺ねー、二人ともっと仲良くなりたいわ」
そう言って、何かを企むかのように口角を上げた。
「せっかく王都に来たんだし、試験だけ受けてさっさと帰るわけねぇよな?」
「いや、二人は明日の朝に領地に帰る予定だ」
「そんな簡単な嘘に騙されるわけねえでしょ」
ローレンスの肩に腕をのせて、ネイサンはやはり愉快そうに笑みを深める。
「ちょうど明日は半日授業だし、午後から一緒に観光するんだろ。俺も交ぜて?」
「兄妹水入らずの時間なんだから空気を読んで遠慮してほしいな」
「やーだ」
にっこりと笑顔で拒否したネイサンの視線がジャレッドに向けられる。
「な。いいだろ弟くん?」
「……俺はどっちでも」
ジャレッドは本当にどちらでもよさそうで、「リデラインは?」と訊ねてきた。
「私?」
「初対面の奴なんか一緒にいないほうが楽しめるよ」
急に意見を訊かれて戸惑っていたリデラインに、ローレンスが優しく微笑みながら言う。断ってほしいという思いが明らかに込められていた。
「えっと……」
正直なところ、観光は三人でするほうが気が楽だ。ただでさえ王都は人も多いだろうし、関係性が築けていない人を連れて観光となると、気になってしまって心から楽しめないだろう。
けれど、ネイサンとはいい関係性を築いていきたいとも思っている。ローレンスの親友だし、小説においてストーリーにもそれなりに絡んでくる人物であるためだ。小説のリデライン・フロストのように嫌われないためにも、このような機会は逃さないほうがいいのではないだろうか。
ぐるぐる色んなことを考えてリデラインが目を泳がせていると、ネイサンからあまりにも魅力的すぎる提案をされる。
「学園でおにーちゃんがどんなふうに過ごしてるか、知りたくない?」
「ご迷惑でなければぜひご一緒しましょう」
間髪入れずにリデラインが目を輝かせて承諾すると、ローレンスは「リデル……!」とショックを受けた表情になり、ネイサンは満足そうに「よし、決まり」と笑った。
「お前の弟妹ちょろいな」
「ジャレッドにもその手を使ったのか」
「愛されてるってことじゃん。よかったな、おにーちゃん」
「……」
「ちょっと嬉しそうだな。お前もちょろい」
「うるさい」




