61.予想外の出会いです(第四話)
ローレンスは厳しい目つきでネイサンを見据えている。
「護衛の騎士にも君を近づけるなって話してたのに、これは再教育が必要だな」
「別に害意を持ってるわけじゃないんだからいいだろ。俺はただ親友の弟妹と仲良くなりたいだけだって」
「誰が親友だ」
「俺とお前に決まってるだろ、ラリー?」
兄の友人だというネイサンは挑発的な笑みを浮かべる。ローレンスはぴくりと眉を動かして、諦めたようにため息を吐いた。そして銀の瞳が再びジャレッドを捉える。
「話を聞かずに無視して帰宅してって言ったのに、絆されたね?」
「……ごめん」
返す言葉もなく素直にまた謝ると、ネイサンが「まあまあ」とローレンスを宥める。
「弟くんは俺に言いくるめられちゃっただけだからあんま怒んないであげなよ、おにーちゃん」
一時間ほど前。試験が終わって馬車のところに戻ったジャレッドは、騎士がネイサンを追い払おうとしている場面に遭遇した。
茶髪と赤目と聞いていたので、一目ですぐに彼がそうなのだとわかった。
ネイサンは事前の連絡や約束もなしにフロスト邸に来ることがよくあるそうで、騎士たちとも顔見知りだった。それでも騎士たちはローレンスの命に従ってネイサンをジャレッドから遠ざけようとしていたけれど、ネイサンと少し話してみようと思ったのはジャレッドだ。
『おにーちゃんが学園でどんなふうに過ごしてるか気になんない?』
そんな誘惑に簡単に負けて話をしているうちに、気づけば馬車に同乗させてここまで連れてきてしまっていた。侮ったら後悔すると言っていた兄の言葉を身に染みて感じることになったのだ。
「そもそもお前が悪いんだよ。俺の前であんなに弟可愛い妹可愛い連呼するから。興味持たないほうがおかしいって」
「そうだね、そこは完全に僕のミスだ。君の思考を考慮してもっと発言には気をつけるべきだった。過去に戻ってやり直したい」
「いやあ、お前は我慢できないだろそこんとこ。愛が重たすぎるからなぁ」
そう言って、ネイサンはすう、と目を細める。
「で、だ。ラリーお前、弟くんにも騎士たちにも、俺に注意するよう言いつけてたみたいだな」
「そりゃあ、近づいてほしくないからね」
「弟くんだけならここまで徹底させねぇだろ。なあ?」
「……」
ニッと口角を上げたネイサンが浮かべるのは、勝ち誇ったような笑顔だ。なんでもお見通しと言わんばかりの、確信に満ちた笑顔。
「妹ちゃんもいるな? 親友の俺を紹介してくんないの?」
「……君のそういうところ、嫌いになりそうだ」
「悲しいねぇ。俺はお前のこと海よりも深く愛してんのに」
「やめてくれ、気持ち悪い」
「ひっど」
おかしそうに笑って、ネイサンはジャレッドの肩に腕を回す。
「お前のおにーちゃん冷たいよな」
「え、いや……」
油断していたところで突然同意を求められてジャレッドが戸惑っていると、ローレンスがジャレッドの腕を引っ張って抱き寄せる。
「僕の弟に気安く触るな変態」
「安心しろよ。俺は胸大きい美人にしか変態じゃねぇから」
「まったく安心できない」
ローレンスが睨みつけながらそう言い切っていて、ジャレッドは目を瞬かせた。ネイサンは睨まれていても笑っている。
(この人、すご)
発言に引っかかる部分はあったけれど、ジャレッドは純粋に感嘆した。
ネイサンはローレンスに怯むことなく対等に、むしろ主導権を握っているようにさえ感じられるテンポの良い会話を繰り広げている。いつもローレンスに振り回されて遊ばれてばかりのジャレッドには絶対にできない芸当だ。
それに、ネイサンと話している兄は鬱陶しそうにしてはいるけれど、――どことなく楽しそうにも見えた。
◇◇◇
ジャレッドが帰ってきたのにローレンスから部屋にいなさいと言われ、リデラインは戸惑いつつもベティと大人しく部屋で過ごしていた。
(知らない人が一緒にいたみたいだから、そのせいかな)
ジャレッドが到着するであろう時間帯には窓際に座って本を読みながら外を気にしていたリデラインは、門から馬車が入ってきたのは確認したけれど、馬車の中の魔力が二人分あることを感知していた。間違いなくリデラインと面識がない人である。
不思議なのは、試験帰りのジャレッドが誰かを連れてきたことだ。
王都にはジャレッドも初めて来たと言っていたのだから、こちらに知人がいるとは考えにくい。
リデラインがベッドの上でゴロゴロしながら思考を巡らせていると、執事が呼びにきた。お客様が来たので挨拶を、とのことだ。
ベティに髪などを整えてもらってから執事に案内されるがまま応接室に行けば、そこには見るからに不機嫌ながらもニコニコしているローレンスと、気まずそうな空気感を漂わせているジャレッドがいた。――そして、茶髪に赤目の甘い笑みを見せている青年も。
(この人……)
リデラインが青年を見つめていると、その青年はこちらに来ようとしてローレンスに止められた。
「近づくな」
「こっわ」
青年はわざとらしく怯えたように自身の腕をさすって、それからリデラインににっこりと笑いかける。
「はじめまして。俺はラリーの親友のネイサンです」
(……『ネイサン』だ!)
髪と瞳の色、そしてその顔に見覚えがあると思ったら、小説でも出てきていたネイサンだと気づいた。
辺境伯家の三男でローレンスの親友ネイサンは、主人公たちの学園の魔法の授業で特別講師として初めて登場した。その顔立ちと女性に優しい性格から、女子生徒や女性教諭にキャーキャー言われていただけでなく、小説のファンの間でも人気が高かったキャラである。
彼とリデラインの初対面はリデラインが学園に入学してからで、主人公と同じタイミングのはずだ。やはり思わぬところで話の流れが変わっている。
「……お初にお目にかかります。リデライン・フロストと申します」
なぜ彼がジャレッドと邸に来たのかと疑問が残るけれど、ひとまずリデラインが一礼すると、「これはこれはご丁寧に」とネイサンも頭を下げる。そしてまじまじと観察するように見つめられた。
「なるほどなぁ。確かにこれは可愛い。将来が楽しみな――」
「もういいだろう帰れ」
ネイサンの言葉を遮って、ローレンスはリデラインを隠すように抱きしめた。
「早いって」
「帰れ」
「夕食までお世話になるって話したろ?」
「承諾した覚えはない」
穏やかではないローレンスの冷たい態度に、リデラインはきょとんとする。
(トゲトゲしてる)
小説では詳しく出てこなかったけれど、ローレンスはネイサンの扱いが少々雑だった。それはネイサンを友人として受け入れているからこその対応だ。
ひょっこりとローレンスの横から顔を出してネイサンを見ると、目が合ったネイサンはふわりと笑った。
なるほど。確かに破壊力がある。
けれど、シスコンで距離感がバグっているローレンスから溺愛されているリデラインには効果がない。
リデラインはローレンスの服をぎゅっと握った。
ネイサンとは初対面だからというのもあるけれど、リデラインは緊張していた。――小説のネイサンは、リデライン・フロストを嫌っていたからだ。




