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06.悪者退治です(第一話)


 ローレンスが部屋を出て行って一人になり、リデラインは鏡の前に座っていた。


(とっても可愛い)


 鏡に映る自分の姿を見つめて、自画自賛中である。

 ブルーシルバーの髪に大きな銀の瞳、もちもちの白い肌、可愛らしい顔立ち。文句のつけようのない美少女だ。とにかく可愛い。さすが小説の中でも作品のファンたちからも性格以外は完璧だと賞賛さ(皮肉ら)れていたリデライン・フロストだ。


 手のひらで頬をむにむにして感触を楽しんでいると、またまたノックの音がした。リデラインはベッドに戻って「どうぞ」と入室を促す。

 三人目の来訪者は世話係――ヨランダだった。


 現在はリデラインの世話係をしているけれど、ヨランダは以前、ローレンスやもう一人の兄、更にその前は公爵の世話係を務めていた、この公爵家でかなりの古株だ。

 年齢的には引退していてもおかしくないのだけれど、彼女は公爵家で一生働きたいと言っており、その忠誠心や築かれた信頼もあって、公爵は彼女を雇用し続けている。

 年齢が年齢でも、確かに仕事はできる人だ。そこは間違いないとリデラインも思っている。


 しわのある顔に笑みを貼りつけて、ヨランダはリデラインが座っているベッドまでやってきた。一見すると穏やかで、リデラインへの気遣いが窺える。


「もう体調は良さそうですね」

「ええ」

「よかったです。とても心配しましたよ」


 笑顔を見せてそう言ったあと、ヨランダは眉尻を下げた。


「ベティはきつく叱っておきましたが、図太い子ですし、奥様やローレンス様のお気に入りの子ですから、あのような失態を犯しても解雇は難しいでしょう。申し訳ございませんが、我慢してください」

「……そう。仕方ないわね」


 きつく叱った、というのが果たして本当か疑問である。いや、虚言だと断言できる。


「ローレンス様がいらっしゃったようですね」


 その言葉で、違和感に明確に気づいた。こちらを見据えているヨランダの目が鋭くなったのだ。

 気づかないふりをして、リデラインは「ええ」と答える。


「体調は大丈夫かと、とても心配してくださっている様子だったわ」

「ローレンス様は次期当主として世間体を気にされていますから、その程度を装うことは造作もないでしょう」


 胸を痛めた様子でヨランダは表情を歪める。


「先程、ローレンス様が奥様とお話しされていましたが……毎度お嬢様のご機嫌とりをするのも面倒だと、とても酷いことを仰っておりました」


 よくも平然と、次々に嘘をつけるものだ。あのローレンスがそんなこと、冗談でも口にするわけがないのに。

 白けた目にならないように気をつけながら、リデラインはベッドのシーツをぎゅっと握る。


「やっぱり、本気で私を心配しているわけではないのね」


 俯けば、リデラインの手の上にヨランダの手が重ねられる。顔を上げると、目が合ったヨランダがまた優しげな笑顔を見せた。


「私だけは何があってもお嬢様の味方ですよ」


 笑っているけれど、やはり目が笑っていない。

 小説は原作者が思うように進められているだけなのは理解しているけれど、原作の、そして前世を思い出す前のリデラインは、なぜ本当にリデラインのことを想っている者たちの心に気づけなかったのだろう。リデラインを見つめる目がこんなにも異なるのに。

 注意深く観察してみれば、ヨランダの瞳の奥には悪意が見え隠れしている。それはヨランダがリデラインの破滅の元凶になると今のリデラインが知っているから、単にそう見えるだけかもしれない。その可能性は否定しきれないにしても、やはりローレンスやベティの眼差しとヨランダのそれはまったく違うようにしか見えない。


「ありがとう、ヨランダ。私にはヨランダしかいないわ」


 色々と言いたいことを呑み込んで、リデラインも笑う。


(見てなさい。私は絶対、貴女が望む『悪役令嬢』になんてならないんだから)


 そして、諸悪の根源であるヨランダを、必ずこの家から排除してみせる。



  ◇◇◇



 フロスト公爵夫人ヘンリエッタの自室で、ヨランダは今日のリデラインの様子について報告していた。リデラインの体調が問題ないこと、――そして、相変わらずリデラインがお見舞いを拒絶しており公爵夫妻や兄たちに会いたがっていない、という嘘を。


「申し訳ございません、奥様。旦那様も奥様も、そして坊っちゃん方も、リデライン様のことをとても大切に思っていると伝えてはいるのですが……」

「謝らないで、ヨランダ。仕方ないわ」


 ヘンリエッタは寂しそうに笑みを浮かべる。


「味方だと信じられる人がいるのといないのとでは、心の持ちようの違いが大きいはずよ。あなたがいてくれて本当によかったわ」

「いえ。元はと言えば、私が口を滑らせてしまったことが原因ですから……」

「気にしすぎなくていいのよ。どちらにしろ、いつかは伝えなければいけなかったことだもの」


 養子として迎え入れたリデラインとの不和は、ヨランダがその事実をリデラインに話してから一年以上続いている。娘がいなかったヘンリエッタはそれはもうリデラインを可愛がっており、常に気にかけているので、その心痛はとても大きいものだろう。


(あんな娘には贅沢だわ)


 フロスト公爵夫人にこんなにも想われているなんて、子爵風情の娘には不相応すぎる。

 ここはフロスト公爵家。王家でさえも慎重に扱わざるを得ない、古い歴史と華々しい魔法の功績を誇る上位貴族なのだから。

 ヘンリエッタを悲しませている現状は決して望ましいわけではないけれど、これもフロスト公爵家のためだ。


「ローレンスが様子を見に行っていたようだけれど、それについてリデラインは何か言っていた?」

「ご不快なようで、いつになったら放っておいてくれるのか、と……」

「そうね……あの子は言っても聞かないからどうしたものかしら。長期休暇で帰ってきて早々、リデラインに構って……普段は聞き分けがいいけれど、リデラインのことになると強引な面があって困るわ」


 ヘンリエッタは、まだ子供のリデラインがいつかこの家に耐えられなくなっていなくなることを一番懸念している。だからまったく引くことなくリデラインに接触しているローレンスに頭を悩ませていた。

 リデラインと仲のいい兄妹に戻りたいというローレンスの想いは理解できる。しかし、刺激しすぎてリデラインが更にこの家を嫌がったりするのは困るのだ。

 

「ひとまず、あの子にはまた注意しておくわ。ここまで続いている以上、聞き入れてくれるかはわからないけれど……」


 口元に手を持ってきて、ヘンリエッタはそう零した。

 憂うヘンリエッタを見据えながら、ヨランダは自身の心が急激に冷え込んでいくことを自覚していた。


 五年前。子爵家の借金の返済資金を工面するために、三歳のリデラインは売られたも同然で養子として公爵家にやってきた。

 リデラインはとっくに忘れてしまっているであろうその時のことを、ヨランダはよく覚えている。


 有名でもない田舎の子爵家の娘でありながら、その歳で魔力量が多かった。フロスト公爵家に受け継がれている氷属性の魔法適性もあるから役に立つはずだと、子爵は商人が自慢の商品を顧客に紹介するように公爵夫妻に語った。

 子爵が話を持ちかけてきた時に共に紹介されたリデラインは身綺麗な格好を一応していたけれど、子供らしい丸みはなく、ろくに食事も与えられていないことが明白なほどに痩せ細っていた。子爵家の借金は子爵夫妻の浪費や賭博が原因で、夫妻が借金で贅沢な暮らしをする中、リデラインは死なない程度に最低限のものしか与えられていなかったのだろう。


 公爵夫妻はリデラインが置かれている状況を瞬時に悟り、またリデラインが膨大な魔力を持っており、ちゃんとした訓練をして制御を身につけないと暴走の危険性もあることから、公爵家で面倒を見るのが最善だと考えた。

 そうして子爵家へ今後一切援助をしないこと、リデラインと子爵家の法律的な縁も切り二度と関わらないことを条件に、公爵夫妻は子爵夫妻に多額のお金を渡し、リデラインを公爵家に迎えたのである。


 同情は覚える。可哀想な少女だと思う。

 けれど、フロスト家の養子にするとなると、話は別だ。

 後見人となり面倒を見るだけでも構わないはずだと、ヨランダは公爵夫妻に訴えた。しかし二人は、娘としてリデラインを受け入れる気持ちを変えなかった。


 あの時湧いた無力感は、この先忘れることはないだろう。

 心優しい主人たちの性格が仇となった。――この家に、不純物を招いてしまったのだ。


 ヨランダはずっとフロスト公爵家に仕え、支えてきた。王家の血も入っており、代々優秀な魔法使いを輩出し、王家に次ぐほどの力を持つ、この気高く素晴らしいフロスト公爵家を。

 お金のために売られてきた没落寸前の子爵家の娘ごときがフロストの名を持っている今この状況は、フロストの名を穢し続けている重大な事態なのである。


(穢れは消さなければ)


 時間がかかったとしても、この家に相応しくない存在を必ず取り除かなければいけない。

 フロストを守ること。それがヨランダに与えられた使命なのだから。



  ◇◇◇


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