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56.出発と到着の裏で(第七話)

想定よりヨランダたちの話が長くなってしまったので、一旦次の話(第八話)で区切ることにしました。それに伴いサブタイトルを変更しています。


 ヨランダの様子に皆が怪訝な顔をする。この状況で笑うなど、おかしくなったとしか思えない。元からおかしい思想を持っているからこそこの状況が出来上がっているので、なんとも今更な評価ではあるのだろう。

 周りの視線に気づいているのかいないのか、そもそも気にしているのかわからないけれど、ヨランダはゆっくり顔を上げた。その双眸はローレンスだけを捉えている。


「坊っちゃまは本当に、本当に先代様に似ていらっしゃいますね。……けれど、先代様とは決定的に違う部分も存在します」


 口は挟まずに、ローレンスはそのまま彼女の話を聞く。


「血の繋がりとは不思議なものです。子は常に親を求めるもの。とっくに忘れてしまった親であっても、自分を捨てた親だとしても、血縁だと知ると無視はできないようです。モーガンがそうだったように」

「……何が言いたい」

「あの小娘が実の両親の元に戻りたいと言い出すことがないと断言できますか?」


 ぴくりと、ローレンスの指が無意識に動く。ヨランダは目敏くその反応を視認したのだろう。満足そうに口角を上げた。


「彼女は膨大な魔力を失ったそうではありませんか。であれば、それこそフロストに置いておく意味などありません。親元に帰してこそ、真の幸福を手に入れられるのでは? 本当の家族ではない人たちに気を遣って生きていくよりも、余程幸せなのではないでしょうか。その心情がおわかりでしょう、坊っちゃま」


 まるで幼子に言い聞かせるような口調だ。見えていない現実を指摘して、思考を促すような。――洗脳するような。


「子を売った親の元に戻すのが幸せだと? 笑わせるな」

「実の親が強制労働をさせられていると知れば、精神的なダメージは受けると思いますよ」


 だから見逃せとでも言うのだろうか。

 リデラインの実の両親だからとローレンスが情けをかけることはない。ヨランダも同様だ。彼らの処分についてはデイヴィッドの承認も得ており、すでに決定している。


「何を言っても無駄だ。お前たちの処分を変更するつもりはない」

「ええ、そうでしょうね。坊っちゃまはそういうお方ですもの。ですから、今のうちに進言させていただくのです」


 もう後がないと承知しているから、ヨランダは決意を込めて語っているらしい。勝手に決めて抱えている使命を果たそうとしている。


「あの小娘もですが、ジャレッド様も上手く扱わなければなりません。当主として相応しいのはローレンス坊っちゃまですが、旦那様方がジャレッド様を後継者にとご指名なさる可能性は否めませんからね」


 改めてそこを意識させて、ローレンスが弟妹を疎ましく思うことでも誘っているのだろう。なんとも無駄な悪あがきだ。


「お前は本当に目が濁っているな。父上はそんなことはしない」

「わからないではありませんか。旦那様は――」

「わかるよ」


 ローレンスが断言すると、ヨランダは不満そうに口を閉じる。


「それに、仮に父上が望んだとしても、ジャレッドが望まないなら僕は後継者の座を明け渡すつもりはない。ジャレッドが自ら望むなら喜んで譲る」

「なりません! 次期当主はローレンス坊っちゃまでなければ――」

「お前の意向などどうでもいい。あくまで弟妹の意思が最優先だ。僕や父上の意思じゃなくてな。僕は先代に似ているらしいから、それくらい察しなよ」


 そう言い残して、今度こそローレンスは部屋の外で待機していた他の騎士にヨランダたちを任せて、部屋を後にした。

 遠くにまだヨランダが何かを叫んでいる声を聞きながら、ローレンス、ケヴィン、デリック、モーガンは、建物の廊下を進んでいく。


「ぺリングも強制労働でよろしいのですよね」

「ああ」


 ローレンスは短く返事をした。元からそれで話を進めていたので、デリックのその質問は確認のためである。

 モーガンもそのことは承知しているけれど、複雑そうな顔になっていた。ローレンスがちらりと視線をやる。


「何か不満か?」

「……いえ。私は口を出せる立場にありませんので」

「当然だ」


 冷たく言い放ったローレンスはもう、モーガンを見ていなかった。その光景を眺めていたケヴィンは、あえて明るい声を出す。


「それにしても意外でしたよ。ローレンス様ならみんな処刑しちゃうと思ってたんですけど」

「それも考えたよ。けど、死の苦痛はそれほど長くないし、死以上に何かを恐れている人間は存外いる」

「あの人たちがそうだと?」


 ケヴィンからそう訊かれて、ローレンスは「ああ」と肯定する。


「ヨランダはフロストに貢献してきた使用人としての自分を誇りに思っている。罪人として生かすことでその誇りを折るほうが、あれは堪えるんだ」

「へえ……。ヘイズ子爵夫妻もそうなんですか?」

「あの二人は貴族の最低限の役割すら果たせていないくせに、気位ばかり高いからな」


 能力に見合わないプライドを持つ馬鹿の心をへし折るのは容易だ。ローレンスは他人に、それも弟妹に敵意を持つ者に容赦がないので、徹底的にそこをつくことに心が痛むことはない。


「落ちぶれて、打ちひしがれて、すり減って、――絶望しながら死んでしまえばいい。ジャレッドとリデルの知らないところで」


 そう口にしたローレンスは数秒ほどすると突然立ち止まり、深く長いため息を吐いた。それを三人がぱちぱちと目を瞬かせて眺める。


「……ローレンス様?」

「リデル……無理……」


 ぶつぶつと呟き始めた内容で、ケヴィンは納得する。

 先程まではヨランダたちへの怒りで激怒モードになっていたローレンスは、あの部屋を出て妹の名前を自分で出したことで、今日の出来事を思い出し、急激に落ち込んでしまったようだ。落差が激しいというか、ピリピリしていたあの雰囲気が見事に欠片もない。


「どうかなさったのですか?」


 デリックはまだ話を聞いていないためローレンスの変化の理由がわからず、戸惑いながらも心配そうに訊ねる。その疑問に答えたのはすでに事情を聞いているケヴィンだ。


「なんでも、お嬢様がジャレッド様に敬語じゃなくなったのを知って、ローレンス様もお嬢様に敬語をなくしてほしいってお願いしたらしいです」

「それでなぜ……」

「『無理』って、強固な姿勢でばっさり断られたらしいですよ。それでこうなってるんですよね」


 その衝撃的な結果にデリックは僅かに瞠目した。


「あのお嬢様が、ローレンス様の願いを断ったのか?」

「みたいですね。なんででしょう? ジャレッド様のほうが歳が近いですし、ローレンス様とお会いするのはひと月半ぶりですから、ジャレッド様のほうに懐いたんですかね?」

「……」

「アッすみません黙ってます」


 ローレンスからじろりと睨まれて、相変わらず十六歳とは思えないほどの威圧感に、ケヴィンは姿勢を正して唇を引き結んだ。


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