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55.出発と到着の裏で(第六話)


 ヨランダはフロストに長く仕えていた。フロスト家に関わる情報を多く持っている。機密情報を外部に漏らすなんてフロストの地位を脅かしかねないことを、ヨランダは絶対にしない。しかし、魔法で情報を引き出される危険性は十分に存在するのだ。

 冷静に考えれば監視されるのも当然なのにそれを見落として、注意深く警戒することなく工作に奔走していた。すべて筒抜けとも知らず。

 最初から、成功するわけがなかった。ヨランダの望みが叶うわけがなかった。


「グウィネスも伯爵領ですでに捕らえられている。――それから、ぺリング伯爵夫妻もな」


 その名前が出ると、モーガンがそっと目を伏せた。

 ぺリング伯爵夫妻はモーガンの実父と継母だ。前妻の子であるモーガンを憎み、軽んじ、追い出した人たち。組織への依頼料を補填するという形でヨランダに加担した者たちである。


「彼らはフロストの後継者にジャレッドを据えたいと考えている派閥だったけど、モーガンがジャレッドの魔法の師となったことで意向を変えたらしいな。追い出した息子の教え子が結果を残すのが面白くなかったから、ジャレッドも標的となる今回の作戦に全面的に協力し、足りない依頼料を出した。お前もそこにつけ込んで話を持ちかけたんだろう?」


 確信を持ったローレンスの問いかけは、最早問いではなかった。

 追い出されてから魔法使いとして名を上げたモーガンにぺリング伯爵夫妻が多大な不満を持っていたことは、家門の間では周知の事実だ。わざわざモーガンは魔法の師として相応しくないと家門会議で議題にしたことさえあるくらいなのだから、察していないほうがおかしい。それほどモーガンのことが気に入らないらしい。


 今回の件では、モーガンが護衛としてついていながらジャレッドたちが攫われた状況を作り出すことで、モーガンへの評判が悪くなることも狙っていたのだと簡単に想像がつく。そのうち、モーガンが誘拐犯に協力していたことも告発するつもりだったのかもしれない。

 そして、新しい師に誰かを推薦したかったのだろう。例えばそう、自分の息がかかった者とか。


 ぺリング家はもう数代ほど才能ある後継者に恵まれておらず、目立つ功績を残していない。家門内での立場は弱くなっていくばかりなので、焦りもあったはずだ。

 そこで実力のあるモーガンを大切にできないところが愚かと言わざるを得ない。前妻の子というだけが理由ではなく、伯爵自身もあまり腕の立つ魔法使いではないことから、プライドが邪魔をしたのだろう。


「……本当にさすがですわ、坊っちゃま」

「お前に褒められても微塵も嬉しくないな。身内面はやめてくれ、不愉快だ。お前はもうフロストの人間ではないからな」


 ローレンスが忌まわしそうに鋭い視線を送れば、ヨランダは傷ついた表情を見せる。その反応も不愉快極まりない。


「僕がこの世で最も嫌いなものが何かわかるか? 弟と妹の害になるものすべてだよ。それらには存在価値など皆無だ。だから塵ひとつ残さずこの世から消し去りたいというのが正直なところではあるけど、使い道があるものは徹底的に使い潰すのも悪くない」


 足を組んで、ローレンスは続ける。


「ヨランダもヘイズ子爵夫妻も契約違反だからな。よって、夫妻には渡した手切れ金と違約金を合わせた六億を、ヨランダは違約金二億を速やかに支払う義務が発生する」

「っ!」

「なぜ驚くんだ。誓約書にサインしただろう」


 子爵夫妻は自分たちで言っていたように、二度とリデラインに関わらないことなどが記された誓約書にサインしている。ヨランダもまたフロストに関わらないと似た内容の誓約書に追放前にサインしているのだ。


「違反に加え、誘拐未遂もあるからな。もちろん更にプラスされる。裁判になれば死罪も確定だ。お前たちが手を出そうとしたのはフロストなんだから至極当然だろう」


 今更ながら事の重大さをきちんと理解したのか、子爵夫妻は青ざめていく。考えが足りなすぎる人たちだ。貴族としても親としても、何より人としても欠陥がありすぎる。


「しかし、支払い義務は発生するものの、お前たちに返済する財力はないだろう。よって体で支払ってもらうほかない。鉱山労働は基本的に人手が足りるなんてことはないからな、お前たちでもそれなりに役立つ」

「――!」

「――! ――っ」


 子爵夫妻が何かを言っているけれど、魔法で声が出せない彼らの言葉が届くことはない。貴族の自分たちが労働などありえないと、大方そのようなことを訴えたいのだろう。彼らの主張など聞く気はないし、聞き入れる気もない。

 ローレンスはデリックを一瞥する。するとデリックは懐からチョーカーを取り出した。ヨランダはそのチョーカーがなんであるかを知っているからか、大きく目を見開いて息を呑む。


 ケヴィンもチョーカーを出して、子爵夫妻の首につけた。

 チョーカーを持ったデリックがヨランダに向けて足を踏み出すと、ヨランダは「ひっ」と引き攣った声を零す。


「ヨランダは年齢的に色々厳しいだろうけど、鉱山労働者が利用している施設で下働きをしてもらう。もちろん拒否権はない」

「それをつけるなんて、あんまりです坊っちゃま!」

「何を言ってるんだ。お前たちがこの先死ぬまで労働しても、給金が借金の金額に到達することはない。むしろこちらが損害を受け入れると譲歩してやっているんだから、寛大だと感謝してほしいものだな」

「いや、嫌です、坊っちゃま!」


 ヨランダは力を込めて拘束から逃れようとしている。しかし、椅子に縛られた状態で何時間も過ごしていたために力も残っておらず、大して動くことができていない。

 デリックはすんなりヨランダにチョーカーをつけた。


「あ、ああ、ああぁぁぁ……!!」


 ヨランダが声を絞り出して戦慄く。

 その様を見届けてから、ローレンスは何もわかっていない様子の子爵夫妻に視線を送った。


「子爵夫妻は初めて見るのか? お前たちがつけている首のチョーカーは魔道具で、強制労働となった犯罪者につけられるのと同じものだ」


 つまりこのチョーカーは、強制労働となるほどの罪を犯した罪人という証明でもある。


「居場所が常にわかるようになっているから逃げられるとは思わないように。別の魔道具を中心として一定の範囲内から抜けると電気が流れる仕組みなんだけど、まあ死ぬことはないだろう。気絶するほどの痛みはあるらしいな。居場所もわかるから、気絶してる間に逃走者を回収できる。お前たちに外すことはできない」


 説明を聞いて、子爵夫妻はガクガクと震え出した。実感が湧いてきたのだろう。

 彼らはもう、これまでの生活は送れない。ただの罪人に成り下がった。お金のために子供を売ったような人間なのだから、この末路は必然と言える。


 ローレンスは立ち上がり、ヨランダの元へと歩みを進める。そうしてヨランダの前で立ち止まると、憤怒を煮詰めた眼差しで見下ろした。


「改心して大人しくしていればこんなことにはならなかったのにな」

「坊っちゃま……」

「残念だよ、ヨランダ」


 ちっともそう思っていないことを隠しもしない表情で、ローレンスは静かに声を落とした。

 瞠目したままのヨランダの頬を、一雫の涙が滑り落ちていった。

 その涙にローレンスの心が揺らぐことはない。どこまでも身勝手な動機で弟妹を傷つけようとした人間に情が湧くほど、ローレンスは優しくない。それが生まれた頃からローレンスの面倒を見てくれていた人であっても。


 ヨランダに背を向け、部屋を出て行こうと歩みを進める。


「……ふ、ふふっ、ふふ……」


 背後から笑い声が聞こえて、ローレンスは足を止めた。振り返ると、ヨランダが俯いたまま不気味に笑っていた。


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