54.出発と到着の裏で(第五話)
※「言葉の順番を替えたほうがわかりやすい文章」は自分で気づくことがあれば直しますが、報告は受け付けていません。私の中では誤字や矛盾とは異なるので、修正内容としては優先度が低いためです。また、ミスではなく好みで決めている場合もあります。活動報告にも書いていますが、言葉等の順番を替える報告は添削行為に該当し、ブロック対象になります。ご了承ください。
「ローレンス様……坊っちゃま、お会いしとうございました……!」
「僕はできれば会いたくなかったな」
そう静かに告げたローレンスのヨランダを見据える双眸はどこまでも冷ややかで、およそ十六歳では出せないような恐ろしい迫力をたたえている。ヨランダは思わず固まり、ごくりと唾を飲み込んだ。
デリックが椅子を運んできて、ローレンスはそれに座る。
「わざわざ会わなくとも済ませることはできたけど、最後になるからな。我が家の過ちを心に刻んでおくためにも、直接決着をつけておくべきだと思った」
「過ち……」
「お前を信じて公爵家に置き続けたこと、お前の所業に気づかなかったこと、そしてお前の罪に対しての処遇を追放するにとどめたことだ。ジャレッドまで目の敵にしていたことにさえ気づかなかった。本当に僕たちは愚かだったよ」
やはり、ヨランダを許すという言葉はなかった。
ヨランダの想いはローレンスに、フロスト公爵家に届いていない。主人たちはまだリデラインがフロストの名を穢すという事実から目を背けているのだと、ジャレッドにまで甘さを向けていると、ヨランダの心で悔しさが大きくなる。
「二人にまた、手を出そうとしたな」
「……」
「ここを拠点にしている犯罪組織の構成員は全員捕らえた。首領もな。事前にお前の行動を報告したけど、ここまでお前が堕ちて、祖父は大層残念がっていたらしい。そして、――お前を軽蔑していると」
そう聞かされて、ヨランダはカッとなって叫ぶように声を放つ。
「坊っちゃま、私は何も間違ってなどおりません! あの小娘はフロストに相応しくありません!」
「――それを決めるのはお前じゃない。何様のつもりだ。分を弁えろ」
ローレンスの低い声と感情に呼応して溢れ出る魔力の冷気に、ヨランダの喉からひゅっと音が漏れる。
「お前は己の勘違いを未だに正すことができていないようだけど、フロストに迎え入れるかどうかは当主が決めることだ。使用人の領分じゃないだろう。その程度のことも理解できないのか」
ヨランダがリデラインの策にはまったあの日、エントランスホールでヨランダを拒絶した時と同様の顔つきをローレンスはしている。
「当主の意を汲むことのできない身勝手な使用人こそ、フロストには相応しくない。言っただろう。害虫はお前のほうだ」
(どうして、どうしてどうして)
「お前こそがフロストの害になる不要な存在なんだよ、ヨランダ・エイミス。いい加減、現実を見ろ」
(どうして私にそのようなことを仰るの……!)
大切な坊っちゃま。本当の孫のように思って、大切に育ててきた坊っちゃま。ヨランダの誇り。
家族と呼ぶのは確かに烏滸がましい。けれど、それに近い関係を築いていたはずだった。ヨランダはフロスト公爵家に欠かせない存在のはずなのだ。
愛しい坊っちゃま、愛しいフロスト。オーガスタスが守ってきた名家、ヨランダの理想郷。
その姿を守るために、ヨランダは行動しただけだ。フロストがフロストであるために、全力を尽くしただけなのに。それなのにどうして、主人たちは理解してくれないのか、気づいてくれないのか。ヨランダは間違っていないと、どうして信じてくれないのか。
「私は、私は間違っていません……私はフロストのために……あの方のために……」
震えながらぶつぶつと呟いていると、ドアがまた開かれた。そこから現れた人物に視線をやって、ヨランダは眉根を寄せる。
(モーガン……)
拘束されていないモーガンの姿がそこにあり、彼が裏切ったのだと確信を持った。
家族がどうなってもいいのかという脅しを込めて睨むけれど、モーガンはヨランダをまったく見ない。
モーガンが入ってきたあとに、無駄に豪奢な服装の男女がケヴィンに連れられてきた。猿轡をかまされているので唸り声にしかなっていないけれど、何かを喚いている。無礼者だとか、触るなだとか、離せとか、そういうことを訴えているのだろう。
男女は後ろ手に拘束されているようで、ケヴィンに押されて床に倒れ込んだ。
「布外しますか?」
「ああ」
「うるさいですよ?」
「喚いたらお前が黙らせろ」
「承知しました」
ケヴィンに非難の眼差しを向けて呻いていた男女は、ケヴィンとの会話でローレンスに気づき、瞬時に怯えたように大人しくなった。
ローレンスの瞳の色で、その正体を察したからだろう。ローレンスの纏う空気が明確に殺伐としているのも感じたはずだ。
「僕は会うのは初めてか、ヘイズ子爵と夫人」
猿轡を外された男女は緊張した面持ちでローレンスを視界に捉えている。
男女はヘイズ子爵夫妻。交流はほとんどないフロストの遠縁にあたる者たちで、――リデラインの実の両親だ。
「……はい。我々がお会いしたことがあるのは当主ご夫妻ですから」
「お、お初にお目にかかりますわ。しかし、この状況は一体どういうことなのでしょうか? 私たちは近くで突然襲われてここに――」
「虚言は結構だ」
剣呑な目をしているローレンスに遮られて、夫人は口を閉じる。
怯えや不安を滲ませる子爵夫妻を、ローレンスはじっと観察した。
見れば見るほど、リデラインは二人に似ていない。リデラインはフロストの特徴が容姿にも魔力にも色濃く表れているけれど、子爵は茶髪に黒い瞳で使える魔法も土属性とフロストの特徴が一切なく、母親も赤茶色の髪に茶色の瞳で、実子であるはずのリデラインと重なる部分はなかった。
先祖返り、と呼ばれるものなのだ。リデラインがこの二人に似ていなくてよかったとローレンスは心底思った。もちろん、似ていたとしても変わりない愛情を注ぐけれど。
「ヨランダ。ここの連中に二人を誘拐させ、怪我を負わせ、子爵夫妻が助ける、という筋書きだったそうだな。リデルが実の親に恩を感じ、自ら子爵家に戻りたいと言い出すことを期待していたか。子爵夫妻はフロストから謝礼金をせしめるために協力したと」
ローレンスがそう言うと、子爵夫妻は即座に反論する。
「な、なんのことだかわかりません! 私たちはもう娘には関わらないと誓約書にサインしております! 公爵夫妻にご確認ください!」
「そのとおりですわ! 私たちは偶然、観光で王都に立ち寄っただけです!」
「ほう、偶然か。父上が手切れ金をたっぷり渡してやったのに数年で浪費して底をつき、またも借金生活に陥っている者たちが、観光で?」
そう指摘すると、子爵夫妻は言葉を詰まらせた。
リデラインをフロスト公爵家の養子にして、フロストから巨額の金銭を得たヘイズ子爵夫妻。彼らはそのお金で領地の運営に力を入れるでもなく、何か事業を始めるでもなく、ただただ浪費した。服や宝飾品を買い漁り、豪勢な暮らしを送るために使い切ったのだ。
そして、ヨランダに声をかけられて、またリデラインを自分たちの私欲のために利用しようとした。リデラインを傷つける計画に加担した。自分たちのだらけた贅沢な生活のために。
「坊っちゃま、私がそのような者たちと関わるわけがないではありませんか! かなりの遠縁ではあるもののフロストの血を継いでいながら品性の欠片もない、才能も何も持たないような愚者たちですよ!」
「なっ、下賤な出自のくせに貴族の我々を馬鹿にするとは! フロストの使用人だったからと自分も貴族になったつもりか!?」
「なんて厚かましい使用人なのかしら! 平民は所詮平民よ! 高貴な私たちとは違うの、口を慎みなさいよ!」
ヨランダの言い草に子爵夫妻が噛みつく。しかしヨランダは子爵夫妻など気にする価値もないと認識しているようで、ローレンスに縋るばかりだ。
「坊っちゃま、信じてください!」
煩わしい声に、ローレンスはため息を吐いた。ケヴィンが子爵夫妻に声が出なくなる魔法を使うと、夫妻は驚愕して口をぱくぱくさせる。何かをしゃべっているのだろうけれど、声になることはない。
ローレンスは軽く頭を傾け、怪訝な表情でヨランダに問いかける。
「お前は自分に監視がつく可能性については考えなかったのか?」
「!」
「その顔は図星だね。笑えるな。こちらの信頼を裏切っておいて、本当にそのまま解放されるだけだと思ったのか」
ヨランダは唇を震わせ、動揺に瞳を揺らす。
「僕とお祖父様がそんなに甘いわけがないだろう。四十年もフロストにいたくせにそこまで見えていなかったのか。僕たちの目が節穴だとつくづく痛感させてくれるな、勉強になる」
体から力が抜けた。ヨランダは信じられない気持ちで視線を落としていく。
監視がつく。確かに、オーガスタスとローレンスはそれくらいの保険はかけるだろう。追い出されたことによるショックやリデラインへの憎悪で、すっかり頭から抜けていた。
「ヘイズ子爵家も、財政状況については随時報告を受けていた。ヨランダと接触したことも把握済みだ。言い逃れができるとは思わないことだな」
ローレンスが鋭く睥睨すると、子爵夫妻はびくりと肩を跳ねさせた。




