52.出発と到着の裏で(第三話)
リデラインはソファーに座り、運ばれてきたパフェのアイスをスプーンですくってぱくりと食べ、その冷たさと甘さに頬を緩める。やはり甘いものは美味しい。
ちょうどその流れが終わったところでモーガンが戻ってきた。
「先生、知り合いの人とはゆっくり話せたの?」
「はい。すみません、護衛の役目も担っているのに離れてしまって」
「騎士もいるから平気だろ」
ジャレッドもそう言ってハニートーストを一口食べる。
リデラインがその様をじぃっと見つめていると、さすがにその熱烈な視線に気づいたジャレッドがハニートーストをナイフで小さく切ってアイスを乗せ、フォークでさしてリデラインの口の前に持ってきた。リデラインは表情を輝かせてぱくりと食べる。
「先生も何か食べますか?」
「いえ、さすがにそれは」
ベティの提案を断ったモーガンが椅子に座る。
ハニートーストをもらったリデラインはお返しにと、パフェを一口分すくって同じくジャレッドに向けた。
ジャレッドは多少の躊躇いを見せたものの、仕方なさそうにそれを食べる。ほんのり耳が赤くなっているのが見えて、リデラインはニコニコと笑った。
王都の駅に到着し、身元確認も済ませて王都に立ち入ったリデラインたちは、邸からの迎えの馬車に乗る。夕方なので混雑している中、無事にフロスト公爵家が所有するタウンハウスに着いた。
門を通り越して敷地内に入り邸の前で停まった馬車のドアが開かれ、まずはジャレッドが降車し、それからリデラインが降りようとしたところで手が差し出される。
「お手をどうぞ、お姫様」
甘々ボイスでそう告げたのは、優美な笑みを浮かべているローレンスだった。リデラインが瞠目するとローレンスが笑みを深めるので、リデラインは思わず馬車の床を蹴ってその腕の中に飛び込む。
「お兄さま!」
「こらこら、危ないだろう」
突然の妹の行動にも、ローレンスは危なげなくリデラインをしっかり抱きとめた。叱ることも忘れないけれど、首に腕を回してぎゅうぎゅう抱きつくリデラインの頭を優しく、愛おしさを込めた手つきで撫でる。
「久しぶりだね、リデル。元気そうで何よりだ」
「お兄さまもお元気そうでよかったです」
熱い抱擁を交わしたあと、ローレンスはリデラインを地面に下ろした。二人は笑顔で顔を見合わせて、揃ってジャレッドに期待に満ちた視線を送り、腕を広げる。さあ来い、と言わんばかりに。
「……行かねぇからな?」
ジャレッドは嫌そうな顔で三人での抱擁の要求に拒否の姿勢を示した。
「冷たいね」
「冷たいですね」
「おい」
二人の期待の眼差しはわがままを言う子供に向けるような困ったものになり、ジャレッドは不満を訴える。
「皆様、中に入りましょう」
しかし、馬車から降りてきたベティに促され、邸の中に入ることになった。
(フロストの人って王都にはあまりいないって言うけど、すごい立派な邸……)
リデラインは感嘆した。
外から見ても思ったけれど、領都の邸ほどではないにしても大きくて広いのだ。中の装飾も緻密で、クオリティは本邸と大差ない。使用人たちの手で丁寧に管理されているのだろう。
「二人の部屋に案内するよ」
モーガンの案内は使用人に任され、リデラインとジャレッド、ベティはローレンスについていく。荷物運びは騎士たちにお任せだ。
「ジャレッドお兄さまはこっちに来たことあるの?」
「ないな」
隣のジャレッドに訊くとそう返される。
ジャレッドも王都は初のようだ。てっきり一度くらいは来ているものだと思っていた。
「王都での用事なんて子供のうちは魔法使い試験受けるか学園に通うくらいだからな。他は領地で済む」
「そうね。でも、王都でしか売ってないものとかあるでしょう?」
「何かほしければ使用人に買わせて領地に送ってもらえばいいだろ。わざわざこんな遠いとこまで来んのめんどくさいし」
「お兄さまって旅行とかまったく興味ないタイプなのね」
「お前だって体力づくりの散歩以外はほぼ引きこもりじゃねぇか」
(うっ)
痛いところをつかれて何も言い返せないでいると、ジャレッドに腕をぐいっと引っ張られた。
「わっ」
リデラインが驚いてバランスを崩すと、ジャレッドが支えてくれたので転ばずに済む。
「な、なに?」
「前見ろ、ぶつかるだろ」
言われて前方を確認すると、数歩ほど距離を空けて前を歩いていたはずのローレンスが立ち止まっていた。リデラインが気づかずにぶつかりそうになったので、ジャレッドは腕を引いて止めてくれたようだ。
「兄上、急に止まるなよ」
ジャレッドが注意をするも、ローレンスはなぜか反応しない。ジャレッドから声をかけられて無反応なんて、重度のブラコンであるローレンスらしくない。
「お兄さま?」
様子がおかしくてリデラインが不思議に思いながら呼ぶと、ローレンスはくるりと振り返った。
笑顔だった。爽やかでキラキラな笑顔。けれど、いつもと違うように見える。なんというか、キラキラが控えめだ。
「二人はずいぶん仲良くなったみたいだね」
「はい!」
「そうでもねぇだろ」
「お兄さま照れない」
「照れてんじゃねぇよ」
ジャレッドとの会話になると、ぴくりとローレンスの眉が動いた気がした。
「リデル、敬語もなくなったんだ?」
「そうですね」
リデラインが肯定すると、ローレンスはすうっと目を細めてベティを見据える。
「そんな報告は受けてないな、誰からも」
「申し訳ありません。てっきりお嬢様がお伝えしているものと思っておりました」
「絶対嘘だろう」
そういえば、ローレンスには手紙でも伝えていなかったなとリデラインは思い出す。
一瞬だけローレンスの纏う空気が冷たくなったように感じたけれど、ローレンスはにっこり笑って片膝をつき、リデラインに目線を合わせた。そして、リデラインの手を恭しくとる。
「リデル。僕も敬語はいらないよ」
ローレンスがそのままリデラインの手を持ち上げて指先に口づけるので、リデラインは思わず息を呑んだ。
「ね?」
首を傾げて、とても甘い微笑みで、ローレンスは要望を受け入れるよう催促してくる。
リデラインは顔を真っ赤にして体を震わせ、はくはくと口を動かして動揺を露わにした。心臓が強く早く鼓動を刻んでいる。
――そして、心の声がそのまま溢れた。
「……ロ、」
「ん?」
「ローレンスお兄さまには無理です!!」
衝動的に力いっぱい叫んだリデラインは、ローレンスに掴まれている手を引き抜き、逃げるように駆け出してベティの後ろに隠れる。
「おい、兄上がショックで固まってんぞ」
「無理なものは無理!」
「あ、とどめになった」
ジャレッドの言葉に何も考えず素直に返事をして、ベティにぎゅうっと抱きつく。
恥ずかしさで死にそうだ。ローレンスのあの色気の暴力には絶対に慣れることができないと改めて実感した。久しぶりに直撃したので尚更、破壊力がとんでもなかった。
ベティは口元を隠し、笑いを必死に堪えている。そんなベティの後ろから顔を出す気配のないリデラインを一瞥して、ジャレッドは兄に視線を戻した。
あまりのショックに硬直していたローレンスはようやく動いたかと思うとガクっと項垂れて、震えながら片手で自身の目元を覆う。
「僕は無理……僕は……」
「あー、……なんかごめん」
故意ではなかったけれど、とどめの一撃となる言葉を引き出してしまったのがジャレッドだったので、さすがに申し訳なさが募って謝った。
「(年上だし推しだし何よりまだその顔と声と距離感とキラキラに慣れてないっていうか慣れてもどうせちょっとだけだろうからたぶん一生)無理です!!」




