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50.出発と到着の裏で(第一話)

○魔動列車 ×魔道列車


 祖父母が伯爵領に帰り、ジャレッドは試験対策を集中的に行い、リデラインは魔法の訓練やマナーレッスンなどをこなす日々を送っていた。

 そうしてとうとう、待ちに待ったその日を迎えた。


 リデラインの自室から、昨日のうちにくまのぬいぐるみ以外の荷物を詰め終えていたトランクを執事が運び出し、リデラインはそわそわしながらベティに近寄る。


「忘れものない? 必要なものは全部入ってるわよね? くまさんも?」

「はい、お嬢様。先ほどくまさんを入れる前にも確認しております」


 リデラインを見下ろして、ベティは微笑ましそうに柔らかい表情を見せた。


 ジャレッドが受験する四級魔法使い試験は三日後。今日はリデラインとジャレッドが王都に向けて出発する日だ。そのため、朝から準備が進められている。

 リデラインが落ち着かずにそわそわしているのは、ようやくローレンスに会えるからである。


 執事がトランクを運び出したのは、外の馬車に詰め込むためだ。

 リデラインの荷物は少なく、トランクに服はほとんど入っていない。というのも、タウンハウスにリデラインが着るものが揃っているらしいのだ。ローレンスの手紙に『こちらで用意しておくから服はいい』という旨が記されていた。


「お嬢様、そろそろ」

「はぁい」


 部屋を出てベティとエントランスホールに向かっていると廊下でジャレッドの後ろ姿を見つけ、リデラインはぱたぱたと駆け寄る。途中でこちらに気づいて足を止めて振り向いたジャレッドの隣にリデラインが並ぶと、ジャレッドが歩みを再開したのでリデラインも足を動かした。


「お兄さま、忘れものない? 参考書とかちゃんとトランクに入れた?」

「入ってるよ。だいたい、向こうの邸にも本は山ほどある」


 それはそうだ。


「テンション高いな。兄上に会えるからか」

「……そんなにわかりやすい?」

「察せないほうがおかしいレベルでわかりやすい」


 ジャレッドは呆れを滲ませている。

 ローレンスがいなくなって明らかにリデラインの気が沈んでいたのもあって、確かに周りからするととてもわかりやすいのだろう。

 リデラインはむにむにと自分の頬を押す。気を抜くと表情が緩みきってしまうのだ。


「お兄さまは意外とピリピリしてませんね」

「よっぽどのヘマしなきゃ受かるって自信ついた」


 その言葉を聞いて、リデラインはぱちりと瞬きをして、それからへらりと笑った。

 兄と妹に対するコンプレックス。それを抱えて生きてきたジャレッドの吹っ切れたと伝わってくるその発言が、すごく嬉しい。

 過信ではない。事実として自分には実力があるのだと、客観的に見ることができるようになったゆえの確信だろう。


「お兄さまかっこいー」

「ちゃかすな」


 額をぺしっと叩かれた。





 邸の外にはシンプルな馬車が用意されており、荷物が積まれていた。家紋が入っていない馬車だ。この馬車で邸の裏門から出て駅まで向かう予定である。

 同行者はモーガン、ベティ、そして護衛が三人。モーガンもどちらかといえば護衛の戦力として数えられている人数構成だろう。

 とはいっても、今回は騒がれないようになるべく身分を隠しての移動になるので、ベティはいつもの侍女の制服ではないし、護衛の騎士たちもそうだ。帯剣はしている。


 リデラインとジャレッド、ベティが同じ馬車に、モーガンと護衛の三人が別の馬車に乗り込んだ。見送りの両親と使用人たちは和やかなムードだ。


「あまり気負いすぎないようにな、ジャレッド」

「気をつけてね、頑張るのよ」


 両親からそんな言葉をかけられてジャレッドが返事をしてから、馬車は出発した。


 フロストの領都は高い防御壁――いわゆる城壁と結界に囲まれている。この世界の主要な街はほとんどそうらしい。

 フロスト領は特に、土地柄的にもフロストの特性的にも城壁が欠かせない。他の領地を一つ挟んで隣が隣国であること、膨大な数の独自の魔法資料を抱えているために外部の者を警戒しなければならないことなどが理由だ。安全性に配慮した結果である。


 危険人物が入り込まないよう、危険物が持ち込まれないよう、どのような団体、人物、物が出入りしているかを把握することが重要であるため、どこの街でも必ず門で身元確認等がなされる。

 フロスト領も例外ではなく、魔動列車で領都を訪れる者たちも調べる必要があるため、駅は領都の外にあるのだ。

 外といっても、領都の西側の正門にかなり近い位置にあり、領都を囲む城壁にくっつくような形で増設された城壁と結界の中だ。


 フロストの領都は広いので領都内を走る魔動列車がある。しかし、領民と顔を合わせる機会を極力減らすために駅までは馬車で向かうこととなったのだ。

 カーテンの隙間から覗いた街の様子は、相変わらず活気にあふれていた。そのうちまた街を歩きたいものだ。


 城壁の門の近くに到着し、リデラインたちは馬車を降りた。

 リデラインは髪を隠すためにケープのフードを被り、ベティに預けていた眼鏡をかけている。祖父からもらった目の色が変わる眼鏡だ。

 ジャレッドもフードを被り、他の面々もフードで顔を隠している。騎士は領内の巡回などで領民と顔を合わせることもあるので認知度が高く、顔バレがあるのだ。


 御者は馬車に乗ったまま帰って行き、七人は正門とは別の駅専用の門に向かった。駅から直接領都を出入りすることができる門である。

 門で身元確認にあたっている者にはすでに話を通しているので、手続きはすんなり終わって駅の中に入った。

 

 フードを被っている集団はなかなか目立つ。素早く魔動列車に乗り込んだ。乗り込むとまず少しスペースがあり、一等車の部屋につながるドアがある。

 護衛はドアの前で警備にあたることになっているのだけれど、一等車で護衛までつけているとなると、身分がかなり上であることを晒しているに等しい気がする。フロスト領は資産家や上位貴族なども観光などでよく出入りするのでこの状況も珍しくはなく、すぐにフロスト公爵家の者と判断されるはずもないけれど。


 モーガンは知人を見かけたとかで、部屋には入ってこないようだ。隣の車両に移った。

 リデラインとジャレッド、ベティが一等車の部屋に入る。足を踏み入れた瞬間、リデラインはぴたりと立ち止まった。


「お嬢様?」

「……結界はってる?」


 リデラインの問いに、ベティが口を開く。


「魔動列車は魔力や魔法で動きますし、他にも魔道具が色々ありますからね。お嬢様はそういう反応に敏感なのであまり気を取られることがないようにと、ローレンス様が結界の魔道具を設置させたようです」

「相変わらず過保護だな」


 説明を聞いてジャレッドが呆れたような顔をした。リデラインも同感である。


(外の気配がほとんど感じられない。相当強い結界かな、これ)


 とりあえず、ローレンスの気遣いなら納得だ。


 最初に結界の感覚に意識を向けてしまったリデラインは、ようやく部屋の中に視線を巡らせる。

 そこはまさに席ではなく部屋なのだ。一等車だけあり快適さが追求された作りで、ソファーやベッド、テーブルなどが置かれている。

 荷物は駅員の手で先に運び込まれており、丁寧に積まれていた。


 王都までは八時間ほどかかると聞いている。これなら窮屈な思いはしなくて済みそうだ。食事もこちらに運んでもらえるらしい。

 リデラインもジャレッドも、移動中は魔法の本を読んで過ごすことにした。


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