48.祖父母登場です(第六話)
訓練中に倒れたあと、リデラインの意識は程なくして回復したけれど、念の為にとすぐ自室に運ばれ、着替えを済ませて休むことになった。ベッドに入ってくまのぬいぐるみを隣に置けば次第に眠気に襲われ、――目を覚ますと夕方になっていた。
ベッドの上で体を起こしたリデラインは、ぬいぐるみを抱きしめてため息を吐く。
ベティを呼ぶと、部屋に入ってきたベティはリデラインを見て安堵の表情を見せた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「うん……」
リデラインはベッド脇に来たベティに抱きつく。
「お兄さまの頭……お顔が真っ二つになっちゃった」
「怖かったですよね、大丈夫ですよ。モーガン先生は皆様からお叱りを受けたので」
あれは叱られるようなことだったのかは不明だけれど、ショックが大きかったリデラインは何も言わなかった。
気持ちが落ち着いてリデラインが離れると、ベティは隣に腰掛ける。
「ところでお嬢様、最近はよく眠れていらっしゃいますか?」
「え……」
リデラインは目を丸くする。思わず声が零れて、ベティがどことなく悔しそうに少しだけ眉を寄せた。
「お嬢様がお倒れになったのは、もちろん氷像が割れたことのショックもありますが、睡眠不足にその衝撃が重なってしまったことで気絶にまで至ったのではないかとヘクター様が」
訓練場にはヘクターもいた。リデラインが倒れてすぐにヘクターが診察にあたっていたのを、薄らではあるけれど覚えている。
「最近は少し顔色も悪いですし……それはローレンス様がいらっしゃらないので気落ちしているせいだと思っていたのですが、違うのですね」
リデラインの反応で確信を得たのか、断定的な言い方だった。
ここで誤魔化してもベティを悲しませるだけだと悟って、リデラインは「うん」と肯定する。
「寝つきがよくないの」
寝つきが悪いだけでなく、夢見も悪い。そのせいで十分な睡眠がとれていないのは事実だ。
ローレンスが買ってくれたぬいぐるみがなければ、もっと酷かったかもしれない。
一人だとまともに眠れないなんて情けないけれど、原因はわかっているので仕方ないとも思っている。
「眠る時はご一緒していただくよう、ジャレッド様にお願いしますか?」
「……ううん」
リデラインが却下すると、ベティは「……わかりました」と受け入れる。
ジャレッドの性格を考えると、たまにならともかく、毎日一緒に眠るというのは嫌がりそうだ。それでも、リデラインのためとなれば引き受けてくれるだろう。だからこそ嫌なのだ。強制するようなことはしたくない。
「睡眠薬とか、ヘクターにたのもうかなってちょうど悩んでた」
「では、私から話しておきます」
「うん、ありがとう」
なんとなくベティの顔が見れなくて、リデラインはぬいぐるみを膝の上にのせ、ぬいぐるみの足を触っていた。すると、ベティが「お嬢様」と呼ぶので隣を見上げる。
「僭越ながら、お嬢様がお眠りになる際は私がご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
優しく穏やかな表情でベティがそう訊くので、リデラインは僅かに瞠目した。
「いいの?」
「はい。お嬢様のベッドは寝心地が最高ですからね。私としてもありがたいです」
にっこりと、ベティは笑う。リデラインが気を遣わないように、わざとそんなことを言ったのだろう。
へらりと、リデラインも表情が緩んだ。
「ベティのそういうところ好きよ」
「ありがとうございます。私もお嬢様のことが大好きです」
夕食の時間の少し前に様子を見にきたジャレッドと食堂に行くと、すでに両親と祖父母の姿があった。
「リデライン、もう大丈夫なの?」
「はい」
「そう。よかったわ」
ヘンリエッタに返事をして、リデラインとジャレッドも席につく。
そうして食事が始まり、デイヴィッドからのとある提案に、リデラインはぱちりと目を瞬かせた。
「私も王都にですか?」
「ああ。せっかくならリデラインも同行してはどうかと思ってな」
ジャレッドが試験を受けに王都に行くので、リデラインがついて行くのもいいのではないかという話である。
王都に行く。つまり、長期休暇を待たずしてローレンスに会うことができるということだ。それでも一ヶ月半先のことではあるけれど、三ヶ月近く待つよりは断然いい。ほぼ半分の期間になる。
「四級の試験は二日で終わるから、滞在は長くても一週間程度だ。試験が終わって観光して帰ってくるのも悪くないだろう」
「でも……王都にいると、その……」
リデラインが心配なのは貴族などからのお誘いだ。
魔法の名門であり特権階級にあるフロストと繋がりを持ちたいと考える者は、数えきれないほど溢れている。いくら社交が免除されているフロストと言えども、王都にいながら特別な理由なく他家からの誘いを断り続けるのは印象が悪くなってしまう恐れが付きまとう。
リデラインとジャレッドが王都にいることが王家の耳に入れば、ぜひ挨拶を、などと招待されかねない。それが一番恐ろしい。王太子に会う可能性が高くなる。
デイヴィッドが領地からあまり出ないのも、家族と過ごしたい、研究に力を入れたい、領地の運営と、いくつも理由があるけれど、王都にいると招待状がひっきりなしに届くというのも理由の一つとしてあるのだ。
社交免除は社交界に参加しなくてもいいという権限であり、つまりは参加したいならそれはそれで構わないということ。なのでフロストの者を社交の場に誘うこと自体は許されるのである。
「一週間の滞在を事前に嗅ぎつける者がそうそういるとも思えないが、仮に誘いがあってもまだ幼いことや日程的に難しいということを理由に断れば問題はない。我が家には権力があるから心配は不要だ」
ジャレッドが試験を受けるとなると、当日に同じく試験を受ける者たちの間で噂になり、すぐに広まるはずである。早ければ試験の二日目には招待状が届くかもしれない。
しかし、誰かを招待する場合は余裕を持った日程を組むことがマナーで、お茶会などの招待状が届いても開催は早くて数日後。その頃には領地に帰るのでと断ることも可能だろう。
そもそも、邸から試験会場までの馬車にリデラインが同行するとしても、外に出なければ人目にはつかない。邸で見送りをするのであれば尚更で、試験の間にリデラインまで王都にいると気づく者はいないはすだ。
「ローレンスは長期休暇以外は王都にいるが、他家からの誘いはほとんど断っている。それでも揉め事はないのだから安心しなさい」
「お兄さまはお誘いすごく多そうですよね……」
「ああ。報告を受けているが、相当な数だね。それを容赦なく断っているところがローレンスらしい」
令嬢たちが放っておかないというのも想像に容易いけれど、ローレンスの人柄を考えても誘いやすいのは確かである。断られても諦めずに誘い続ける家は多いかもしれない。
「ローレンスはとてもいい例だ。我々はフロストの名を持っている。社交を疎かにしては立場が悪くなるかもしれない、というのは杞憂でしかないから、考えすぎなくていい」
そんな勧めがあって、ジャレッドと共にリデラインの王都行きも決定した。




