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41.兄離れはできません(第八話)


 心の底から悔いていると伝わってくるモーガンの謝罪は、ローレンスの心には欠片ほども響かない。身勝手な理由で弟妹が軽んじられた事実は変わらないのだから。

 彼が謝罪すべき相手はジャレッドとリデラインだ。しかし、謝罪をするということはつまり、二人が真実を知ることになる。二人ともモーガンにある程度懐いているのに、傷つけることになってしまう。


「ヨランダはもういないのに、なぜ二人の訓練を改めなかった?」


 デイヴィッドが投げかけた疑問はもっともで、ローレンスもまだ耳を傾ける。

 ヨランダが追放された経緯はモーガンにも共有されている。ヨランダが二度とこの地に現れることがない今、彼はなぜヨランダの指示に従ったままでいるのか。


 正直に答えるべく、モーガンはゆっくり口を開く。


「……ヨランダ様が領地を追放されたあとも、薬草が届いたんです。それが脅迫のように思えて……公爵様方を裏切った以上、他に薬草を手にできる手段も思いつかず……」

「そのまま続けていたというわけか」


 追放後にも薬草が届いたという点は引っかかるけれど、そこで正直にフロスト家側に打ち明けるという判断をしなかった時点で、彼は過ちを重ねることになったのだ。ローレンスが気づかなければ継続するつもりでいたのだろう。

 己の家族のためであれば、他者にしわ寄せがいくとしても選択する。とても人間らしい発想だ。

 ローレンスもその気持ちは理解できる。できるからこそ、納得がいかない。許せるはずがない。その矛先が弟妹に向くなど。


「フロスト家の者が魔法使いの資格を得られないことでいかに苦労するか、お前もよく理解しているだろう。それでこの仕打ちとは、よっぽど実母側の家族が大切みたいだな」


 しわ寄せを受けるのが自身の弟妹でなければ、例えば自分だったなら、ローレンスはここまで沸騰するような怒りの感情を持たなかっただろう。


「それほど面識のない家族を大切に思えるなら、こちらがどれほどお前に憤っているかも想像に容易いはずだ」


 ローレンスの感情に呼応して漏れ出た魔力で空気が冷え、ローレンスが座っているソファーに霜が広がる。モーガンの呼吸が恐怖によるものか一瞬止まり、体にも力が入ったのがわかった。

 冷え冷えとした鋭い視線でモーガンを見下ろすローレンスに、デイヴィッドが声をかける。


「ローレンス、落ち着きなさい」

「抑えているつもりですが」

「そうだな。だが、もう少し抑えなさい。君の魔力は強い」


 デイヴィッドも激怒しているはずだ。それでも冷静でいるよう努めているのか、声は厳しさが含まれているもののあまり普段と変わらない。


「モーガン。私は君を解雇するつもりはない」


 その言葉に、ローレンスは怪訝に眉を寄せる。ヘンリエッタも困惑しており、モーガンは顔を上げて驚愕を露わにしていた。


「なぜ……」

「一級には届かずとも、君の魔法使いとしての実力は確かだ。置かれていた状況的にも、情状酌量の余地はあると判断した。ジャレッドとリデラインに危害を加えるつもりがなかったというのが理由としては最も大きい」

「ですが私は……」


 希望を見いだすのではなく、モーガンの中で困惑や罪悪感がますます大きくなっているのが見てとれる。話し合いの中で、当然解雇される覚悟を決めていたのだろう。


「今から新しく魔法の師を見つけるとして、ジャレッドはともかく、リデラインは心を開くまでに相当な時間がかかる。それで訓練が更に遅れてしまっては元も子もない」


 過去一年のリデラインの振る舞いを振り返ると忘れてしまいそうになるけれど、確かにリデラインの人見知りはそう簡単に克服できそうもないほどのものだ。モーガンも馴れてもらうまでそれなりに時間を要した。


「ヨランダが領地を出て以降、薬草が届いたのは何度だ?」

「……一度だけです」

「となると、追い出される前に手配したものが到着したとも考えられるが、調査はするべきだな」


 ヨランダに協力者がいるのかどうか。それは早急に調査しなければならない事案だ。


「今後、必要な薬はこちらで手配しよう。母方の家族の生活費も支援する。しかし給金は下げさせてもらう。――罪の意識があるのなら、あの子たちのために指導者としてきっちり役目を果たせ」

「公爵様……」


 モーガンは涙を滲ませる。


 口を挟むのを我慢していたローレンスは、静かにため息を吐いた。

 これは当主としての決定なのだろう。であれば、ローレンスが異を唱えても父が受け入れるとは思えない。


「定期的に訓練の成果を確認する機会を作ってください」

「ああ。わかっている」


 ローレンスの要望に頷き、デイヴィッドはモーガンへと視線を戻す。


「大目に見るのは今回だけだ。――いいな? モーガン」


 目尻から涙を零したモーガンは、もう一度頭を下げた。


「ありがとうございます、公爵様。ありがとうございます……!」





「甘いですね」


 モーガンが辞して、ローレンスは真っ先に非難めいた眼差しをデイヴィッドに送る。仕方なく当主の決定を受け入れたけれど、納得したわけではない。

 ヘンリエッタも複雑そうな顔をしている。


「彼は罪悪感を抱ける人間だ。負い目があるからこそ強く縛り付けることもできる。今後はジャレッドたちのためによく尽くしてくれるだろう。二度も不誠実な真似はできない類いの性格だからな」

「ですが」

「このまま彼を解雇してしまえば彼の家族が亡くなると思うと、どうにもな。万一そのことがジャレッドとリデラインの耳に入れば、二人も気にしてしまうはずだ。それに、彼の場合は動機がヨランダと異なる。完全に悪意のみで成り立っていたわけじゃない」


 それでも、解雇すべきだったというローレンスの考えは変わらない。

 無資格であることで、ジャレッドがどれほど苦悩してきたか。本当ならすでに魔法使いとして認められていてもおかしくはない実力を持ちながら、ずっと――。


 距離を置くことを許容してしまったから気づけなかった。ジャレッドのためにととった行動が、結果的にジャレッドの苦しい時間を長くすることに繋がってしまった。


「ローレンス」

「……」

「当主は私だ。フロスト家で起こった問題の責任は私にある。君が背負いすぎることはない」


 そう言われて、気が晴れるはずもなかった。

 そんなローレンスの心情を察したデイヴィッドが続ける。


「ヨランダに聞き取りをした際、モーガンの件まで聞き出せなかったのは私の落ち度だ」

「……いいえ」


 デイヴィッドの言葉を否定したのはヘンリエッタだった。顔色が悪い。


「彼を推薦したのは私よ。今回の件は特に私に非があるわ」

「採用した段階では知りえなかったことだ」

「それでもよ。ジャレッドとリデラインのためのはずの人材が、逆にあの子たちの害となってしまった。ヨランダをリデラインの世話役にと推したのも私だもの。咎められるべきは私だわ」

「ヘンリエッタ……」


 震えるヘンリエッタは自身の顔を両手で覆う。


「私が、あの子たちの一年を潰してしまった」


 デイヴィッドは気を落とす妻の肩を抱き寄せ、「違う、君のせいじゃない」と告げる。

 その光景を眺めたローレンスはそっと目を伏せた。



  ◇◇◇



「やあ」

「……」


 夜になりもう眠ろうと自室のベッドに倒れ込もうとしたジャレッドは、ノックの音がして扉を開けて訪問者を確認した。くまのぬいぐるみを抱えたリデラインと手を繋いでいる兄は、にっこりと笑顔を浮かべている。


「……なんだよ」

「んー? 一緒に眠ろうと思って」

「断ったよな?」

「そうだね」


 そう言いながら、ローレンスは何の前触れもなくジャレッドを抱きしめた。


「っ!? ……な、なんなんだよいきなり」

「なんかこうしたくなって」


 いつもとどこか違うローレンスを不思議に思いつつ、ぐいっと押して離れる。


「父上と母上もそうだったけど、今日なんかおかしくねぇか?」


 夕食前、両親にも唐突に抱きしめられたのだ。この三人の行動は一体なんなのか、ジャレッドは戸惑うばかりである。

 ローレンスはなぜか申し訳なさそうに眉尻を下げて、しかしすぐに爽やかな雰囲気になった。リデラインの肩に手を置いて、挑発的に目を細める。


「まさか、せっかく来た妹を追い出したりしないよね?」

「……」


 妹を盾にしてくるところがローレンスらしい。

 結局、その日はリデラインを真ん中に、三人で眠った。



  ◇◇◇


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