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39.兄離れはできません(第六話)


 早朝。フロスト公爵家の訓練場には、ローレンスとジャレッドの姿があった。二人とも動きやすい服装だ。


「準備は?」

「問題ない」


 屈伸運動を終えたジャレッドの纏う空気が鋭さを帯びたのを確認して、ローレンスは目を細める。


「始めるよ。――先手は譲ろう」


 余裕たっぷりに笑みを浮かべるローレンスに、ジャレッドはむっと眉を寄せる。

 一級魔法使いと資格なし。十六歳と十歳。客観的に見ても実力差は明確だ。ローレンスは己の実力を自覚しているからこそゆったりと構えている。

 ジャレッドを侮っているのではない。油断と似ているようで異なる兄の姿勢は、なんと表すのが正解か。


 魔法の指導をしてほしいと願ったのはジャレッドだ。氷の魔法の使い手で身近な見本として、ローレンスや父以上の者はいない。

 そして、ただの指導ではなく戦闘形式を指定したのもジャレッドである。


「遠慮なくいくからな」

「うん、どうぞ?」


 ローレンスが承諾するのとほぼ同時にジャレッドの頭上に魔法陣が出現し、氷の塊がローレンスに向かっていくつも飛んでいく。

 顔色一つ変えず、身動きすらせず、ローレンスはそれを防御魔法で受け止めた。魔法の壁に勢いよく衝突した氷が粉々に飛び散る。


「手数で勝負は勝ち目ないよ?」


 防御魔法の向こうで悠然と佇んでいる兄は、わかりきっていることを指摘して煽ってくる。魔力差もあるのだから押し勝てるなどとは思っていない。

 ひたすら氷の塊を放ち続けて、防御に徹しているローレンスの背後に氷で人形を出し、ローレンスを羽交い締めにした。後ろを見て氷の人形を視認したローレンスは感心を零す。


「すごいね。魔法の同時発動、そのうえでもう氷でこんなに器用なことができるようになったんだ」


 ジャレッドが氷の魔法を使えるようになってから、まだ十日も経過していない。それでここまで扱えるのはなかなかのものだ。


「水でもやってたことだからな」


 得意げに笑うジャレッドに、ローレンスも楽しそうに口角を上げる。弟の成長が嬉しく誇らしいのと同時に可愛いのだろう。そういう感情が隠されることなく伝わってくるから、ジャレッドは照れくささを感じてむずがゆくなる。


「対人戦形式でってお願いするだけのことはある。魔法の発動もスムーズだね。――でも」


 魔法の気配を感じたジャレッドは、左側を見て魔法陣を視認する。ジャレッドが最初に使ったのと同じ魔法だ。

 魔法陣から飛んできた氷の塊を避ける。そこに意識が向いてしまい、魔法の制御が疎かになった。

 ローレンスを捕らえていた氷の人形の操作に綻びができて、その隙にローレンスが氷の人形を壊す。

 そして、ジャレッドから死角になる背後に氷の人形を作り出し、人形にジャレッドを捕らえさせた。またも同じ魔法である。


「氷は水より扱いが難しい。気を抜かないことだ」

「……」


 ジャレッドが悔しそうに歯軋りした。

 わざわざジャレッドと同じ魔法を使うあたり、ローレンスの性格の悪さが窺える。

 魔法の発動速度、完成度。どれもジャレッドを上回るものだった。

 同じ魔法を使うことは、一番実力差を見せつける行為だ。場合によっては相手のプライドをずたずたに切り裂くようなやり方だけれど、実力差を最初から承知しているジャレッドにとっては驚くことでもなんでもない。


「やっぱり、拘束されたのはわざとだったな」

「油断を誘うのも戦術だよ」

「そんなことしなくても勝てるだろ」

「色々経験させることが必要だからね」

「……むかつく」


 正論なのだ。わざと攻撃を受けて見せたり、相手と同じ魔法でねじ伏せたりするようなやり方をする者は一定数いる。プライドの高い魔法使いがやりがちな戦い方の一つで、魔法使い試験の担当試験官にもあえてその手法をとる者がいるらしい。

 試験で急に遭遇するより、経験しているほうが精神的な衝撃は少ないだろう。


 ローレンスが魔法を解除して、ジャレッドは服についた氷をぱっぱと払う。魔法で作られた氷は溶けにくいので、服はそれほど濡れていない。


「それにしても、この実力なら準三級くらいは余裕で合格しそうなものだけど……先生はなんて?」

「まだ早そうだって」

「ふうん……そっか」


 ローレンスが考えるように顎に指を添える。


 ジャレッドは脳内で戦いを思い返した。

 圧倒的すぎる勝負ではあったけれど、ローレンスからの評価は自信に繋がる。弟妹にとことん甘いこの兄は、それでも厳しい一面も一応は持ち合わせているわけで、その言葉が世辞かどうかの見分けはつきやすい。ジャレッドの実力は着実に伸びているのだ。

 ローレンスが学園に戻ってしまう前にこの機会を作って正解だった。


「リデラインとの時間をとって悪いな」


 ジャレッドがそう告げると、ローレンスは僅かに瞠目した。それから優しく笑顔を見せる。


「ジャレッドも大切な弟なのに、そんなことは思わなくていいよ。むしろ嬉しいから」


 氷と風の魔法が使えない劣等感で、ジャレッドはリデラインともローレンスとも距離を置いていた。それがなくなって、リデラインとだけではなく兄弟の関係も改善の方向に向かっている。

 二人で訓練なんて、つい先日までの状況ではありえなかったことだ。


「ずっと寂しい思いをさせてしまってごめんね」

「……別に、俺のせいだったし」


 素っ気ない態度で返しても、ローレンスは以前のような寂しそうな顔はしない。

 ローレンスはこの一年、リデラインにばかり構っていたわけではない。ジャレッドにもほどほどにアタックしていた。リデラインと違い、ジャレッドは構いすぎると爆発するタイプだと直感していたようで、少し抑えめではあったのだろう。

 弟妹との仲を諦めないでいてくれた。リデラインも相当嬉しかったはずだ。


「――ジャレッド」


 呼ばれて顔を上げれば、真剣な眼差しがジャレッドに向けられていた。


「僕がいない間、よろしくね」


 よろしく。その意味は、すぐにわかった。

 頭に浮かぶのは妹の顔だ。ジャレッドの表情も引き締まる。


「ああ。わかってる」


 力強く頷けば、ローレンスはにっこりと笑った。


「明日出発だから、今夜はジャレッドも一緒に寝ない?」

「寝ない」

「昔はジャレッドのほうから誘ってくれてリデルの部屋で一緒に眠ってたのに」

「やめろ」





 家族五人で朝食をとった後、家庭教師の講義があるので講義用の部屋に向かおうとしていたジャレッドは、ヘンリエッタに呼び止められた。


「ローレンスと訓練をしたそうね」

「ああ」


 訓練を見ていたのか、誰かから聞いたのか。ヘンリエッタにはバレていたらしい。となるとデイヴィッドも知っているのだろう。


「どう? 氷の魔法には慣れた?」

「感覚的には水の魔法とあんまり差はないから、手応えはある。ただ、水ほど簡単じゃないのはいつも痛感してるな。難しい魔法ほど基礎的な魔力操作から始まって差が大きくなるし、兄上もリデラインも、あんなに繊細な魔力操作を身につけていて尊敬する」

「貴方もできるわ。きっと、ローレンスにも負けないくらい優秀な魔法使いになれる」


 史上最年少で一級魔法使いになった兄に負けないくらいとは、いくらやる気を刺激するにしても目標が高すぎる。


「さすがにそれは難しいと思うけど」

「そんなことないわ」


 穏やかに告げるヘンリエッタの眼差しや表情が、心からそう信じているのだと示してくる。

 ジャレッドはぽりぽりと頬を掻いた。


「……まあ、期待に応えられるように頑張るよ」



  ◇◇◇


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