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37.兄離れはできません(第四話)


 その後、リデラインはクレープの半分ほどを食べたところで満腹になったので、残りはローレンスに食べてもらうことになってしまった。この事態を想定してローレンスは自分の分を買わなかったのだろう。

 ごめんなさいと謝ったけれど、ローレンスは気にしないでいいよと微笑んでくれた。どこまでも気遣いができる素晴らしい兄である。


 クレープを食べ終わったローレンスは、服飾店に行かないかと提案した。

 元は王都にあるお店のデザイナーの一人だった女性が最近独立し、領都内で店を開いたのだという。王都のお店にそのデザイナーがいた頃はローレンスもよく利用していたらしく、リデラインが今まさに髪を結っているリボンもそのデザイナーのデザインだそうだ。

 その他、ローレンスが長期休暇の帰省で毎回プレゼントだと持ってきていたドレスも、彼女がいた店で購入していたものがほとんどらしい。

 前回リデラインの服を揃えてから身長が伸びているので、丈が短くなっていることはリデラインも感じている。ローレンスは新しい服を購入したいと考えているようだ。


「ただ、彼女は少々、……なんと言うか、元気な人でね。年齢は関係なく、綺麗な女性には目がない」


 ローレンスの心配げな眼差しがリデラインに向けられた。


「うーん、ちょっと早いかな。どうだろう」

「やばい奴なのか?」

「言葉が悪いけど、まあ普通ではないね。圧がすごいんだ。でも腕は確かだよ」


 悩ましそうに唸るローレンスを眺めながら、リデラインはプレゼントでローレンスが王都から持ってきたドレスやアクセサリーを思い出す。

 どれもセンスの良いものばかりだった。腕は確かだとローレンスが認めているのだから、そこは疑いようもない。

 話を聞く限りだと個性的な人のようなので懸念はあるけれど、リデラインは口を開く。


「行きましょう、お兄さま」

「……言い出しておいてなんだけど、本当に距離感がおかしいというか、ハイテンションな人だよ。大丈夫?」

「大丈夫、だと思います。……たぶん」


 自信が持てずに最後に付け足すと、ローレンスが苦笑した。


「とりあえずその店に行って実際に店主に会ってみて、無理そうなら他のところに行こうか」


 



「――まあまあまあ! なんてお可愛らしい方なのでしょう!」


 ローレンスの案内でお店に到着すると、店主らしき女性はローレンスやジャレッドには目もくれずにリデラインに詰め寄った。クレープ店を見つけた時のリデラインよりも店主の表情はキラッキラに輝いている。普段の姿とギャップのある冷酷なローレンスを眺めている時のリデラインと酷似している気がしなくもない。

 店主の勢いにリデラインはぎょっとしたけれど、店主は相手の反応は気にしないのか止まらない。


「青みを帯びた銀色のサラサラした艶のある髪、凛々しくもくりっとした大きな銀色の瞳、日焼けのないきめ細かな白い肌、完璧なパーツのバランスの良い配置! 輪郭! まさにわたくしの理想が顕現した美少女ですわ! 将来はきっと誰をも魅了する美貌に成長――」

「妹が怯えるから一旦離れてくれ」


 こちらが恥ずかしくなりそうなほど特徴を一つ一つしっかり確かめながら熱弁を始めた店主とリデラインの間に、ローレンスが腕を滑り込ませてバリケードとなった。我に返った店主は咳払いをしつつ数歩下がる。


「失礼いたしました。あまりにも美しいお方を目にしたものですから、我を忘れて興奮してしまいましたわ。公子様の妹君なのですね」


 店主はにっこりと笑ったけれど、あの至近距離の圧がまだリデラインの脳裏に焼きついている。


「わたくしは店主のサマンサと申します。フロスト公爵家の皆様にお目にかかれて大変光栄に存じます」


 優雅にお辞儀をする洗練された姿を見ても、先ほどの彼女の言動は頭から離れない。

 来店を選択した数分前の決断を、安易だっただろうかと後悔する。ちょっと早まったかもしれない。


「フロスト家次男のジャレッドだ」

「……末子のリデラインと申します」


 ジャレッドに続いてリデラインが自己紹介をすると、店主の表情の輝きが増す。


「まあまあまあ! リデライン様と仰るのですね。お名前までなんてお美しい響きなのでしょう! その可憐なお姿にぴったりですわ! ジャレッド様もローレンス様とはまた違った造形美で――」

「店主」

「はっ。失礼いたしました」


 ローレンスの注意が飛んだことで、店主はまたはっとして落ち着きを取り戻す。切り替えはすごいけれど、すぐに崩れるのがもうすでに目に見えていた。


「本日は……もしや、お嬢様のドレスのご購入だったりするのでしょうか!」


 店主の表情が期待に満ちていく。やはり崩れた。早すぎる。もっと取り繕ってほしい。見た目はぴしっとした大人な女性だけれど、ギャップの度合いが怖い。


「ああ。そのつもりだけど……」


 ローレンスがリデラインの様子を窺うので、ひとまず大丈夫だと伝えるために笑顔を見せた。彼女の勢いは怖いけれど、たぶん耐えられる。それに、服はほしい。

 だって、ショーウィンドウにあったドレスもそうだったけれど、入店して店内に飾られている服をぱっと見た第一印象も「好み!」だったのだ。店主の人柄を我慢してでもぜひ服を見たい。

 リデラインの反応で意思を確認したローレンスは、店主に向き直る。


「サイズが少し合わなくなってきているからね。本当はそちらを邸に呼ぼうと思っていたんだけど、せっかく邸の外に出たから寄ってみたんだ。既製品で構わないから数点は購入したい。そのうちオーダーメイドでまた注文するつもりだ」

「かしこまりましたわ。ジャレッド様のお洋服もご一緒にいかがでしょう」


 獲物を捉えたような目がジャレッドにも向けられる。


「もちろんそのつもりだ」

「俺もかよ」

「ジャレッドはすぐ服を汚すからね。傷むのが早い」

「別に普通だろ」


 ジャレッドとしては与えられた評価は不服のようだ。

 訓練用の服は仕方ないとして、それ以外でもジャレッドは服を汚してくると両親や使用人が困っていたのをリデラインは思い出す。


「リデルは休憩がてらカタログを見ていよう。――まずはジャレッド、行っておいで」

「は?」


 ローレンスの言葉を聞いてきょとんとしたジャレッドのすぐそばに、笑顔の店主が移動する。


「ではジャレッド様、採寸を」


 きらん、と店主の目が光ったような気がした。

 ジャレッドが怯えて一歩足を後ろに引くと、サマンサががっしりジャレッドの肩を掴み、「おほほほほほほ」とご機嫌にジャレッドを奥のほうへ連れていく。店内にいたニッコニコのスタッフが一人、似たような様子で後に続いた。


(……え、こわ)


 リデラインはジャレッドの無事を祈った。


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