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34.兄離れはできません(第一話)


 リデラインの自室にて。じいっとこちらを見つめるヘクターの目を、リデラインも真剣に見つめ返していた。

 部屋にはローレンス、ジャレッド、両親、ベティ、パーシーもいる。皆の視線は見つめ合う二人に向けられている。


「食事はしっかりとれているようですね」

「ええ」

「昨日の診察以降、不調は感じましたか?」

「いいえ」

「倦怠感も?」

「ないわ」

「魔力が不安定な感覚は?」

「それもないわ」


 リデラインが正直に答えていくと、ヘクターはぱっと表情を柔らかくして顔のしわを増やす。


「一昨日から目立った症状はありませんし、検査の結果も良好です。とりあえず、治ったということで問題ないかと。今の魔力量に慣れた体質にしっかり変化できたようですしね」


 その言葉に室内の空気が緩み、安堵の息がいくつも零れた。

 ジャレッドだけは多少の安堵は垣間見えるものの複雑そうな顔つきのままだけれど、そこは仕方のないことだろう。


「ローレンス様と共に眠っていらっしゃるとのことですから、その安心感が心身の安定に一役買っているのかもしれませんね」


 体調の安定がヘクターの想定より早かったようだ。アニマルセラピーならぬ、お兄様セラピーである。


「お嬢様はまだ八歳ですから、将来的には魔力も成長するとは思いますが、おそらく平均的な量になるかならないか程度だと思われます。以前とは異なる今の魔力と上手く付き合っていくことが大切ですよ」

「わかったわ」

「はい。大変結構」


 褒めるように微笑んだヘクターは、ご褒美だと棒付きの飴をくれた。可愛らしいうさぎの形の飴にリデラインは目を輝かせる。


「かわいい」

「はい、お可愛らしいですね」


 嬉々としてベティに見せれば相槌が返ってくる。そのニコニコの視線は飴よりもリデラインに向けられているような気がしなくもないけれど、リデラインは気のせいだろうと片付けて飴に興味を戻した。


(こういうの、前世でも食べたことないなぁ)


 綺麗な花や金魚の飴細工はテレビやネットで見たことがあるけれど、こうして実物を手にするのは初めてだ。

 うさぎの形に少しだけ罪悪感のようなものを覚えて躊躇うものの、これは食べるために作られたものなので覚悟を決める。口に含めばりんご味が口の中に広がり、リデラインは幸せな気分に浸った。この甘みがたまらない。やはり甘いものは正義である。


「ほとんどお部屋にこもっておられましたから、お庭の散歩などして日の光を浴びてくださいね」

「はぁい」


 インドア派のリデラインは邸から一歩も出ずともまったく苦痛にはならないけれど、日光を浴びなければ体に必要な栄養が作られないというので、多少は外に出ることも必要だと理解している。

 この体は体力もあまりないので、その点を鍛えるためにも散歩程度は受け入れなければいけないだろう。疲れるのは嫌だからと拒絶はできない。


「今日と明日は庭の散歩でいいとして、明後日には僕もまとまった時間が作れるから、街で買い物はどうかな。もちろんジャレッドも一緒に」


 ローレンスからの魅力的な提案に、リデラインのテンションが上がる。インドア派とはいえ、外出そのものが嫌いなわけではないし、ローレンスとジャレッドが一緒ともなれば殊更楽しみだ。

 しかし、そこに待ったをかけたのはジャレッドだった。


「それはリデラインの体力的にどうなんだ?」


 確かに、リデラインの体力では街の散策などすぐにギブアップしてしまうかもしれない。その懸念はもっともである。

 ジャレッドも死にかけたうえに安静期間が設けられていたというのに、体のほうは以前より元気なようで、すでに魔法や剣術の訓練を再開しているらしく、体力は申し分ない。途中で力尽きることはなさそうだ。


「疲れたら僕が抱っこすればいいだろう?」


 ローレンスとしてもリデラインの体力の問題は予想していたようで、あっけらかんとそんなことを言ってのけた。むしろそうなってほしいと期待しているのが透けて見える。安定のシスコンぶりだ。


(街中で抱っこはちょっと……だいぶ恥ずかしい)


 もっと幼い頃ならまだしも、八歳で人目につく場所で兄に抱えられるというのはものすごく羞恥心に襲われそうである。推しに抱えられること自体はご褒美でしかなく嬉しいし、公爵家の中でならあまり気にならないけれど。


 それにしても、リデラインは小柄とはいえ八歳だ。そんなリデラインを抱いて長時間歩けると自信たっぷりなローレンスもすごい。

 見た目は細身のローレンスだけれど、剣術も身につけているし体もそれなりに鍛えているので、見た目以上に力も体力もある。いざとなれば魔法で体を強化したり疲労を取り除くこともできるので、心配は不要なのだろう。


「どうする?」


 期待に満ちたローレンスの双眸がこちらに向けられて、リデラインは眉尻を下げて笑う。


「さすがに抱っこはなしの方向で」

「そっか、残念。じゃあ、リデルが疲れたら都度休憩を挟むことにしようか。僕も見逃さないように気をつけるけど、体調は常に気にして、何か違和感があればすぐに言うんだよ?」

「はい」

「それなら大丈夫そうだな」


 ジャレッドも納得のようだ。街で買い物には賛成らしい。

 ヘクターも止めないので、外出に反対するつもりはないのだろう。


(どこ行くのかな)


 フロスト公爵領、特にこの公爵邸がある領都は、王都にも劣らないほどかなり発展していると聞く。リデラインは邸から出た経験がほとんどないので、街の雰囲気はよく知らない。

 どのような店があるのだろうか。前世でも長いこと病院生活だったので、本当に胸が躍る。


「私たちも……」

「あなた」


 両親はソファーに並んで座っており、デイヴィッドがそわそわして口を開いたけれど、ヘンリエッタが優しく止める。


「ここは子供たちだけで行かせましょう」

「しかし」

「せっかく三人の関係が昔のように戻りつつあるのだもの、このまま距離を縮めてほしいわ。リデラインはまだ私たちに遠慮がちなところがあるし、まずはジャレッドたちと……」

「……そうだな」


 両親はこそこそと何かを話したあと、「護衛はつけるから三人で行ってきなさい」と外出の許可をくれた。

 てっきり一緒に行くと言い出すと思っていたので、リデラインは首を傾げる。もしかすると気を遣われたのかもしれない。


「ローレンス、二人をくれぐれもお願いね」

「はい」


 ヘンリエッタに念を押されたローレンスはにっこりと笑顔を見せた。頼もしい兄である。


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