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00.氷上瑠璃(前編)

一週間空けるつもりだったのですが、間章なので少し早めの更新になりました。


 氷上瑠璃には両親と弟がいる。四人家族だ。

 父は有名企業に勤めていて、母は専業主婦。長女の瑠璃と、二歳下の弟である李都(りと)。幸せな生活を送っていた。

 しかし、両親が瑠璃に秘密にしていることがあると知ったのは、小学二年生の、八歳になる少し前のことだった。


 お正月ということで曽祖父と曽祖母が暮らす大きな日本家屋に父方の親戚が集まっていたその日、子供たちはかくれんぼをして遊んでいた。

 広い家は部屋も押し入れも物も多く、隠れ場所に困らない。探す側になるとなかなか苦労するので、難易度はそこらの公園より遥かに高い。だからこそ楽しくもある。

 瑠璃と李都もかくれんぼメンバーの中に入っていて、姉弟揃ってじゃんけんで負けてしまったため、鬼の役割を果たすべく、手分けをして家の中を歩き回っていた。隠れられそうな場所を手当たり次第に探していく。

 そして、瑠璃がある部屋の前を通った時、聞こえてきたのだ。


「――瑛祐(えいすけ)のところの長女は母親に似てきたな」

「本当にね」


 障子の向こうから、そんな声が。

 どうやら、部屋の中で何人かの親戚が集まって話をしているようだった。声の響きが明るくないことはすぐに感じとれた。


 瑛祐は父の名前だ。つまり長女とは瑠璃のことを指している。

 しかし、瑠璃は母に似ていると言われたことがなかったし、似ていないという自覚もあるので、親戚たちの話が不思議でしかなかった。

 その疑問も、すぐに答えが出ることになる。


「長女が生まれて数ヶ月で男を作って出ていったんだったか。そんな女の娘……そもそも本当に瑛祐の娘なのか?」

「――!」


 瑠璃は息を呑み、思わず一歩足を引いた。


「結婚前から浮気してたんだろう、どうせ」


 動揺で瞳を揺らし、壁に手をつく。


「DNA鑑定をして瑛祐の娘だと判明してるじゃないか」

「父親であることは間違いないんだから、育てないわけにはいかないでしょう」

「しかしなあ……」


 瑠璃が聞いていることに気づかない彼らは、話を続けていく。

 心構えもなく唐突に衝撃的な事実を耳にしてしまった瑠璃は、頭が真っ白になりそうになりながらも、冷静な部分が心を落ち着かせようと胸の前で拳をぎゅっと握る。そして、咀嚼していく。


(……私、お母さんの子供じゃないの……?)


 あんなにも優しく、瑠璃を愛してくれている母。一緒にお菓子を作ったり、料理をしたり、買い物をしたり、遊んだり。楽しい思い出に溢れているのに、瑠璃と母は他人なのだという。

 信じたくなかった。聞き間違いかと思った。けれどそうではないのだと、まだ続いている話し声を遠くに聞きながら理解する。


 ドラマでは見たことがある。学校の友達にもそういう子はいると知っている。親が離婚したり結婚をする前に別れたりして、そのうち新しい親ができることはあるのだと、知識はある。

 ただ、親だと思っていた人がそうじゃないと突きつけられるのは、幼い子供にはとても大きすぎる事実だった。


(本当のお母さんに、捨てられた……?)


 出ていったということは、そういうことなのだろう。

 瑠璃は実の母にとって不要だった。――子供を捨てられるような人の、子供なのだ。


 体が震える。錘が付いているように足が重い。

 それでも、これ以上この場で話を聞いていたくなくて、踵を返す。ゆっくり呼吸をして、足音を立てないように戻っていく。


 すると、廊下の突き当たりから李都が現れて、瑠璃を見つけて駆け出そうとしたのが見えた。

 瑠璃が人差し指を口元の前に立てて「しー」というジェスチャーをすれば、李都は自分の口を両手で押さえてコクコクと頷き、その場所に留まる。

 李都の元まで近づいた瑠璃は、李都に手を差し出した。


「別のところに行こ。ここにはだれもいないよ」

「うん」


 李都に手を握られて少しだけ落ち着いたけれど、心のざわざわがなくなることはなかった。





 夕食の時間になり、子供たちの遊びも終わりになった。大人たちのところに戻れば、両親もいた。

 母は瑠璃と李都と目線を合わせるようにしゃがんで、笑顔で訊ねる。


「何して遊んでたの?」

「えっとね、かくれんぼと、おにごっこと、それからおえかきと……」


 李都は嬉しそうに母に話す。はとこがかくれんぼで木に登っていてびっくりしたとか、おにごっこでは「がー!」と怪獣みたいに追いかけてきたとか、たくさん話している。楽しかったことを母と共有したいのだろう。

 相槌を打つ母と李都を眺めて、なんとも形容しがたい気持ちが湧いてきた。なんとなく、二人の会話に入るのが憚られた。


 父を見上げると、母と李都を愛おしそうに見ていた。瑠璃の視線に気づくと、柔らかい表情で「ん?」と首を傾げる。それから瑠璃の頭に大きな手を置いて、そっと撫でるのだ。


「瑠璃も楽しかったか?」


 そう訊かれて、瑠璃はにっこりと笑う。


「うん。楽しかったよ」


 嘘を、ついた。楽しくなかったなんて言えるはずもなかった。

 最初は楽しかった。だから完全に嘘ではないのかもしれない。けれど、あの話を聞いてしまってからは、そのことばかりに気を取られそうになって遊びに身が入らなかった。


 動揺をずっと引きずっている。

 けれど、自分が実の母について知ってしまったことを、両親に話そうとは思わなかった。このモヤモヤは一人で抱えたまま、小さくして、心の奥底にしまっておこうと決めた。両親が瑠璃に直接話していないということは、今の時点で瑠璃が知ることを、この人たちが望んでいないということだろうから。


「ねーちゃん、おとうさん、いこ」


 李都に呼ばれて、父が歩き出す。

 広間にはテーブルがいくつも並べて置かれ、豪華な料理がその上を彩っている。すでに料理を囲んで食べ始めている人たちもいる。


「瑠璃?」


 動かない瑠璃に母が不思議そうに声をかける。よく通る綺麗な声は、いつだって心地よい。

 心地よい、はずだったのに。


「どうかしたの?」

「……ううん、なんでもないよ、……お母さん」


 お母さんと、いつもそう呼んでいたのに、違和感なんてないはずなのに、呼びづらい。


 愛されてはいると思う。李都は年下だから手がかかるのは仕方がないし、それは必要なことで、瑠璃が差別をされていると感じたことはない。

 それでも、ふと疑問が浮かんでしまう。


(お父さんもお母さんも、私のこと本当はどう思ってるんだろう)


 本心はどうなのか、他人にはわからない。表では笑っていても、心の中では毒を吐いているのかもしれない。それを見極めるなんてこと、できるはずもない。

 元々、人見知りな性格だと自覚はあった。けれど更に、人と関わるのが苦手になってしまった。怖くなってしまった。


 そうして、出会った。それまでも好きだったけれど、ますます本や漫画、アニメにのめり込むようになって、WEB小説まで読むようになって――あの小説に。

 とてもシンプルでわかりやすいタイトル。サイトのランキングから、『王太子殿下と運命の恋』に出会ったのだ。


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