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03.異世界転生しました(第三話)


 驚くことに、リデラインは気絶してから四日も眠っていたらしい。三日目まで高熱が下がらなかったようで、どうりでローレンスがあれほど心配していたはずだと納得した。

 起きてからの改めての診察では特に異常も見つからず、念のためにもう一日は休むようにと言いつけられ、リデラインはベッドの住人である。


(とりあえず、記憶を整理して身の振り方を決めないと)


 ペンとノートを手に、リデラインは今後のために自身の記憶を引き出していた。


 大人気恋愛ファンタジー小説『王太子殿下と運命の恋』は、男爵を父親に持つ主人公ヘレナの恋物語だ。

 母親と二人暮らしだったヘレナは、母親が病で亡くなり、父である男爵に引き取られる。しかし、母は父の愛人だったため、愛人の子として男爵家の中で夫人や異母兄たちに虐げられながら成長した。そして十五歳になると、貴族のほとんどが通う王都の学園に入学する。珍しい光属性の魔法の適性を持っていることで学園でも社交界でも有名となり、運命の相手――王太子と出会い、恋に落ちるのだ。


 王太子には婚約者――公爵令嬢であるリデラインがいるけれど、二人の婚約はリデラインの希望によるもの。リデラインの一方的な片想いであり、王太子はリデラインを嫌悪している。

 その理由は言わずもがな、リデラインの性格だ。

 公爵令嬢という立場と圧倒的な美貌、膨大な魔力を持ち、魔法の才もあるがゆえの傲慢さ。権力を笠にきて他者を見下し、特に平民をことごとく侮蔑する選民思想。王太子はそれが受け入れられなかった。


(まあ、リデラインも可哀想なところはあるんだよね)


 リデライン・フロストが高層ビルより高いプライドを有し、傲慢でわがまま放題に育った理由はいくつかある。リデラインの振る舞いを強く注意できなかった公爵夫妻や長兄もその苛烈な性格の助長に一役買っていたけれど、要因はリデラインの世話役であるヨランダの存在だ。

 ヨランダはフロスト公爵家に長く勤めており、公爵家からの信頼も厚い。生活に困っていたところを現公爵の父に拾ってもらったという恩があったため、公爵家に対する忠誠心は重いと呼べるほど。

 だからこそ気に入らなかったのだ。フロスト公爵夫妻の子ではなく、ほとんど関わりもないほど遠縁で借金まみれの子爵家出身のリデラインのことが。金銭目的で親に捨てられた小娘が、公爵令嬢の座にまんまと収まるという幸運を得たことが。


 実の両親に売られた当時のリデラインは三歳だった。当然、幼すぎたリデラインにその時の記憶が残るはずもなく、成長するにつれ公爵家が本当の家族だと信じて過ごしていた。

 公爵夫妻も兄となった二人も、そして使用人たちも、本当の家族や仕えるお嬢様として接してきた。平和に暮らしていたのだ。


 変化が起こったのは、リデラインが七歳になった頃のことだった。


『お嬢様ももう七歳になられたのですね』


 七歳の誕生日のお祝いを終えて数日後。リデラインは、世話役のヨランダとおしゃべりを楽しんでいた。


『まだ言ってるの? 早く大人になって、お父さまやお母さま、お兄さまたちのお役に立ちたいわ。まほうのお勉強もがんばらなきゃ』

『きっと皆さまお喜びになられると思います。しかし……子爵夫妻もご自身の手から離れた娘を気にかけないなんて薄情ですね。毎年お誕生日でさえも手紙一つないのですから』

『え? ししゃく……?』

『あっ……申し訳ございません、お嬢様。どうかお忘れください』

『気になるわ、ヨランダ。どういうこと?』

『……実は――』


 うっかり口を滑らせたように装ったヨランダから、リデラインは真実を聞いてしまった。実はリデラインは借金返済のために実の両親に売られた養子なのだと。魔力が多く政略結婚にも使えて便利だから公爵夫妻は快く迎えたのだと、同時に嘘も吹き込まれた。

 話を聞き終えたリデラインは部屋を飛び出し、公爵の執務室へ押しかけた。――嘘だと、否定してほしくて。


『私が養子だなんて、うそですよね……?』

『リデライン……』

『うそだと言ってください、お父さま!』


 必死に訴えたけれど、公爵は申し訳なさそうに眉尻を下げて。


『本当のことだ。しかし、私もお母様も、そしてお兄様たちも、お前のことを本当の家族だと思っているよ。お前もそうだろう?』


 肯定したのだ。真実なのだから仕方ない。

 けれど、幼いリデラインは衝撃と混乱と動揺の渦で、受け入れがたい事実に頭がいっぱい埋め尽くされていた。


『私にはまりょくがたくさんあるから……便利だから、養子にしたのですか?』

『そんなわけがないだろう! 確かに保護をすべきだと判断したから養子にしたが、お前はもう私たちの家族だ』


 公爵は自身の思いを必死に伝えたけれど、それが逆効果だった。リデラインには誤魔化そうとしているようにしか見えなかったのだ。便利な道具を繋ぎ止めるために取り繕っているのだと、そう受け取った。

 リデラインは公爵家に疑念を抱いてしまった。裏切られたという感覚が心に植えつけられたのだ。


 その後も、ヨランダはリデラインの思考を誘導した。公爵家はリデラインを利用するために優しく接している。使用人もリデラインを公爵家の一員と認めていないけれど、表向きは慕っているように見せている。ヨランダだけはリデラインの味方だと。

 世話役で共に過ごす時間が長いことを利用してそう根強く信じ込ませ、公爵家との溝を深めさせた。それは洗脳だ。


 リデラインはヨランダ以外の誰のことも信じられなくなり、自分には魔力しか価値がないのだと思い込むようになった。だから魔力操作を極め、魔法を極め、養子だからと侮られないように力をつけた。そうすれば捨てられることはないだろうとヨランダに教えられたから。

 そして、自分の心を守るために周りを攻撃し始めた。気を引きたいという思いもあったのかもしれない。

 問題を起こしても捨てられないことを、常に確かめたかったのだろう。自分は公爵家に必要な人間なのだと――愛されているのだと、信じたかったのだろう。

 それが、ヨランダの狙いだった。


 公爵家の名誉は多少傷つくかもしれないけれど、所詮は養子なのだ。排除できるならなんだっていいと考えている。いつか公爵家がもう手に負えないと手放さざるをえないほどの問題を起こせばいいと、リデラインを操った。

 学園で王太子と仲良くなった主人公ヘレナの話を耳にすると、リデラインの幸せを邪魔する悪者だから遠ざける必要があると、リデラインがヘレナを虐めるように誘導したのもヨランダだ。


(まあ、私は小説どおりの悪役令嬢にはならないけどね)


 幼いリデラインを洗脳して操るのは容易かったことだろう。しかし、小説のリデラインと異なり、この世界を現実として生きていて前世の小説の知識まである今のリデラインは、推し(ローレンス)との生活を邪魔するヨランダの操り人形として大人しく小説どおりの結末を迎えるつもりはない。

 悪役令嬢にはならない。けれど、主人公のように誰にでも優しくすることはできないので、ただのいい子ちゃんになるつもりもない。


 記憶が新しいうちに詳細なメモを残しながら、優先順位も整理していく。

 リデラインの破滅の元凶はヨランダ。つまり、推しと過ごせる平和な生活のためにまず排除すべきなのは、公爵家からの信頼を確固たるものとしておりリデラインを巧みに操っていた、彼女なのである。


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