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29.仲直りしましょう(第五話)


「それにしても、よく魔力変質の魔法陣を覚えてたね」


 ローレンスは感心を含ませてそう言いながら、水で冷やしたタオルをリデラインの赤くなった目元に当てる。リデラインはぎくりとした。

 上級魔法を使う機会など過去にあったはずもないリデラインが魔法陣を覚えていたことに対して、ローレンスが疑問を抱くのは至って当然の流れだろう。一度見たからと覚えられるような単純な構造ではないのだ。


「えっと、そうですね、たまたま……」


 リデラインは自分の魔力を減らすことを望んでおり、魔力器官の性質を変えられる方法に繋がるのではないかとあの魔法に目をつけていた、なんて言えるはずもない。


 気まずそうに視線を背けたリデラインに首を傾げつつ、ローレンスはタオルをサイドチェストに置く。そしてリデラインの顎をとらえてローレンスのほうに顔を向けさせると、じいっと見つめ始めた。

 思わずローレンスと目を合わせてしまったリデラインは、後ろめたい気持ちと見つめられている気恥ずかしさで、落ち着きなく視線を彷徨わせる。


「お、お兄さま……?」


 リデラインの反応を不審に感じて追及しようとしているのか、それとも別の意図があるのか測りかねて、リデラインは不安になりながらも兄に目で説明を求めた。


「体、つらいんだよね?」

「あ、はい」


 魔力変質魔法に関する質問ではなくて肩透かしをくらったリデラインは、戸惑いつつも正直に答える。

 パーシーの診察でもそのやりとりはあった。リデラインが倦怠感を訴えると難しそうな顔をしていたのだ。


「こういしょう、ですよね」

「……そうだね」


 ローレンスとパーシーは、リデラインが目を覚ます前からその可能性を話していたそうだ。


 魔力欠乏症の症状としてはジャレッドのほうが重症だったけれど、ジャレッドは普段から魔法の訓練をしていたこともあり、魔力が減るという事態に体が基本的には慣れている。

 しかし、リデラインは魔力制御の訓練しかしたことがなかった身だ。

 魔力制御の訓練と実際に魔法を使う訓練とでは、使う魔力量にかなり差が出る。魔法のほうが圧倒的に魔力を使うのである。

 魔力が減るという経験があまりなかったのに、魔力欠乏症になるほど急激に魔力を消費したとなれば、体の負担は相当なものだ。ただでさえリデラインは魔力量が膨大で、『魔力が多い状態』が当たり前になっているのだから。


 個人個人、魔力の総量は異なるけれど、生命活動に必要な最低限の魔力量というのは大きな差がないものだ。

 例えば、魔力を数値で表すとして、ジャレッドの魔力の総量は十、最低限必要な魔力――魔力欠乏症になるボーダーラインは三と仮定する。

 今回、ジャレッドは魔力が十から一になったために魔力欠乏症になった。減った魔力は九ということだ。

 しかし、同じ基準でリデラインの魔力を表すと、総量は余裕の四十超え、魔力欠乏症になる数値は四程度のものだ。リデラインの魔力は三くらいまで減り、四十近くも普段と魔力に差が出たことで、体がそのギャップに驚いているのだと予想できる。

 減少魔力が九と四十。違いは明らかである。


 というのを、ローレンスが説明してくれた。とてもわかりやすい。


「リデルの魔力制御の腕はこの目で見たし、魔道具もあったなら魔力の変質が可能だったことにも納得がいく。ただ、そのわりには魔力を消費しすぎているのが疑問でね」


 リデラインの魔力量であれば、たった一人に魔力を送ったからと魔力欠乏症になるのは考えにくいそうだ。


(確かに、ジャレッドお兄さまに魔力を三くらい送ればそれでいいんだもんね)


 魔法を使うことで消費する魔力を考慮しても計算が合わない。リデラインの魔力は三十以上残っていなければおかしい。


「同じ魔法を発動させるにも、魔力のコントロール技術が未熟だと、熟練の者より魔力の流れが悪くて多く消費することになる。今回はそれと似たようなことが起こった、っていうのが僕とパーシーの推測だ」

「似たようなこと……ですか?」


 リデラインが聞き返すと、ローレンスが頷く。


「滅多にないことなんだけど、リデルは魔力で無理やり魔法を発動させてたんだと思うよ」

「むりやり……」

「おそらく、今のリデルは魔力変質の魔法を使うにはギリギリ技術が足りないくらいで、魔力を大量に消費することで強引に魔法を発動させ続けていたんじゃないかな。魔力の流れが悪くて余分に魔力が消費される、というレベルの話じゃなくてね。このような芸当は普通できないから、これは才能と呼んで申し分ない」

「なるほど」


 なんとなく理解できた。


「あくまで推測だから確実とは言えないけどね。僕もパーシーも、リデルが魔力変質の魔法を使ったところを実際に見ていないし」


 魔法を使ったことがないリデラインは当然として、実際に見ていたケヴィンもそこは判別できなかったのだろう。


「けんしょうしますか?」


 ローレンスがこの原因についてとても気になっているのだと察して、リデラインはそう訊く。ローレンスはその目で魔法を確認すれば、自身の推測が当たっているのかわかるだろう。


「……いや、そのつもりはないよ。リデルの体調が最優先だからね」


 ローレンスが微笑んで告げたところで、ノックの音が響いた。リデラインの代わりに、ローレンスが「どうぞ」と入室の許可を出す。

 許可を出したというのに数秒ほど扉が開かれなかったので二人が首を傾げると、ようやくガチャリと開けられた。


「ジャレッド」


 恐る恐るといった様子で現れた人物の名前を、ローレンスが僅かに驚きを滲ませながら口にする。リデラインも目を見開いていた。

 ジャレッドがリデラインの部屋を訪れるなんて、一体いつ以来だろうか。


「……リデラインが目を覚ましたって、聞いたから」


 こちらとは目を合わせず、ジャレッドはそんなことを口にした。リデラインに会いにきたようだ。


「そうか。動いても大丈夫かい?」

「ああ」

「ならよかった。ずいぶん回復したみたいだね」


 立ち上がったローレンスは、リデラインの頭を撫でる。


「僕は少し外そう」


 リデラインが見上げるとにっこり笑ってみせたローレンスは扉に向かって歩みを進め、すれ違う際にジャレッドの頭に一度手を置いてから部屋を後にした。


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