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26.仲直りしましょう(第二話)


 あの日から約半年後。

 ジャレッドは訓練場からの帰りに、邸の中で二人の男性と遭遇した。


「これはこれは、ジャレッド様。お久しぶりです」

「……久しぶりだな」


 家門の中心となっている家の当主たちだ。老齢の侯爵と、爵位を継いだばかりのまだ若い伯爵。

 フロスト公爵家は本家なので、家門の人間が邸に出入りすることは珍しくもない。今日は会議の日で、これから当主たちが集まるのだ。ジャレッドの魔法の先生も家門の一員で会議に出席するので、今日の訓練は早めに切り上げることになったのである。


「そういえば先程、ジャレッド様の魔法の先生と話をしましたよ。訓練をなさっておられたようですね」

「……まあな」


 伯爵の言葉にジャレッドが頷くと、侯爵がにっこりと笑う。


「ローレンス様は十二歳で一級試験に合格なさってましたから、ジャレッド様もいずれは一級魔法使いになられるのでしょうな。とても楽しみです」

「ローレンス様が最初に受けられたのは三級試験でしたか。確か八歳の頃だったと記憶しています。となると、ジャレッド様もそろそろでしょうか」


 伯爵もにこやかだけれど、ジャレッドに向けられている視線は二人揃って値踏みするような色彩を帯びている。最近よく見る眼差しだ。

 いや、以前からそうだったのかもしれない。彼らは別に変わっていないのかもしれない。ただ、ジャレッドが気づくようになっただけのことなのだろう。

 自分の立場を理解し始めているジャレッドは、ゆえに自分に向けられる目に敏感になってしまった。彼らは上手く隠す気もないように見えるので、尚更わかりやすい。

 まるで「身の程を知れ」と釘を刺されているように感じるのは、ジャレッドの被害妄想だろうか。決して大袈裟ではない気がする。


「俺は兄上ほど才能はないから、まだまだ先のことだろ」

「いえいえ、そのような謙遜をなさいますな。ご自身の能力を客観的に分析することは非常に大事で忘れてはならないことですが、フロストの人間としての誇りも常に持っていただかなければ」

「侯爵の仰るとおりですよ、ジャレッド様。フロストの名を持っている以上、その名に恥じないよう研鑽を積むのは当然のことです。ローレンス様はあまりにも高すぎる能力をお持ちですから、身近にあの方がいらっしゃるというお立場はおつらいかもしれませんが、腐らずに――」


 ペラペラと饒舌に語る伯爵の目は、明らかに友好的なものではない。励まし、アドバイスをしているようで、実際には馬鹿にしているのが見てとれた。

 見下しているのだ、ジャレッドを。


(気持ち悪い)


 ドロドロとした黒い感情が心の中に広がっていく。

 今すぐこの二人を視界から排除したい。誰もいない場所に行きたい。――一人になりたい。


「――ジャレッド」


 突然響いた声に、伯爵は閉口した。

 伯爵と侯爵の後方から、ローレンスがこちらに向かってきていた。


「ローレンス様、お久しぶりです」

「お元気そうで何よりでございます」


 伯爵と侯爵が頭を下げる。しかしローレンスは二人を一瞥しただけで何か言葉を返すことはなく、歩みを止めずに二人の真ん中を通りすぎてジャレッドの前まで来た。そして、ジャレッドにふわりと微笑みかける。


「訓練は終わったのかい?」

「ああ……」

「疲れてるだろう。――訓練後だというのに引き止めていたのか? 配慮に欠ける所業だな」


 ちらりと、ローレンスが肩越しに背後の侯爵と伯爵に視線を投げると、二人は怯えたようにビクッと肩を揺らした。


「失礼いたしました。我々は当主様との会議がありますのでこれで……」


 頭を下げた侯爵に続いて伯爵も挨拶をすると、二人はそそくさとこの場を後にした。その後ろ姿はなんとも情けないものだった。

 会議室のほうへと向かっていった二人に気を取られていると、ぽん、とジャレッドの頭に手がのせられる。

 見上げれば、温かい微笑を浮かべている兄と目が合った。あの二人とは異なる、優しさに溢れた眼差しが注がれている。


「湯浴みをしておいで。リデルが一緒におやつを食べたいと待ってるよ」

「……わかった」


 ジャレッドは頷いた。





 兄妹三人のおやつタイムはリデラインが眠気を訴えたことで解散となり、ジャレッドは一人で邸内を歩いていた。

 訓練のあとで、お菓子も食べたからだろう。ジャレッドも眠気を感じている。


(俺もちょっと寝ようかな……)


 そんなことを考えていると話し声が聞こえて、曲がり角から様子を窺う。


(まだいたのか……)


 一時間ほど前に遭遇した老侯爵、若い伯爵の他にも、数人ほど家門の人間が廊下にいた。会議室の近くだから、会議が終わって話に花を咲かせているようだ。


「しかし、ジャレッド様は本当に母親にそっくりですね。氷の魔法こそフロストの象徴的な魔法ですが、氷どころかフロストの特徴を何一つ受け継いでいらっしゃらないとは嘆かわしい」

「せめて風の魔法くらいは継いでほしかったものだ」

「まったくですな。十五歳頃までであれば新たな適性が覚醒することもありますが、かなり稀な例ですから期待はできないでしょう」


 公爵邸内でこのようなことを平気で話すとは浅慮である。誰に聞かれるかもわからないのに。


「まあ、跡継ぎにはローレンス様がいらっしゃいますし、問題ないでしょう。むしろジャレッド様が優秀なほうが色々と面倒なのでは?」

「そうだな。ジャレッド様を当主に、などと言い出す輩が出かねん」


 ため息を吐きながら、侯爵がそう零す。

 ジャレッドは別に、当主になりたいと思ったことはない。いずれ当主となる兄を支えていければいいと、そのためにも力をつけなければと努力はしているけれど、兄の立場を奪おうだなんて考えたこともない。

 けれど、ジャレッドが当主となったほうが都合のいい人間も、中にはいるのだろう。この場にいる者たちはなんとしてでも防ぎたいようだけれど。


「思ったのですが、ローレンス様のお相手はリデライン様でよろしいのではないでしょうか。かなり遠縁の子爵家の出身ではありますが、あの魔力と魔法の適性を考えると申し分ないかと」

「確かに、リデライン様とのお子であれば、ジャレッド様のような者が生まれることもないでしょうし……」

「一理あるが、そのためには今のうちに距離を置いていただかなければ、兄妹以上の関係に発展しないかもしれないな。公爵様に相談してみるか」


 本当に、どこまでも好き勝手なことを言っている。

 これ以上聞いていても気分が悪いだけだと、ジャレッドは引き返した。

 足を動かしていると自然と早足になり、手にもぎゅっと力が入る。


 あの若い伯爵は「ジャレッド様のような者」と言った。フロストの特徴を受け継がない子供は望ましくないのだろう。加えて魔力量も少し多い程度だと判明しているので、自分が『フロストの欠陥品』であることは日を経るごとに突きつけられている。


 家門の人間は、自分たちの魔法の才能に誇りを持っている。それだけでなく、魔法の功績、名誉に固執している者もいる。

 本家となるフロスト公爵家に『欠陥品』がいることに腹を立てる、というのも仕方のないことなのだろう。


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