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25.仲直りしましょう(第一話)


 ジャレッド・フロストにとって兄と妹は、昔から大切な存在だった。けれどいつからか、自分の無能さを日々痛感させる、あまりにも身近すぎる存在にもなっていた。



  ◆◆◆



「――聞いた? ローレンス様、一級試験に一発合格だったって」


 邸の廊下を歩いていたジャレッドは、その声にぴたりと足を止めた。


「さっき聞いたわよ。三級、準二級に続いてまた史上最年少なんでしょう? すごいわね」

「先代の公爵様が十三歳で合格なさったのが最年少記録だったけれど、それを塗り替えたのよね。さすがだわ」

「でも正直、ローレンス様ならもっと早く合格なさってもおかしくなかったと思うわ。日程さえ合ってたら――……」


 すぐ目の前にある角を曲がった先にメイドがいるようで、その話し声は次第に遠ざかっていく。


 兄が一級魔法使いの試験に合格して帰ってきたのは、今日のお昼過ぎのことだ。邸内はどことなく浮き足立っており、合格をお祝いして今夜は豪華な食事が準備されることになったため、厨房は忙しそうにしている。

 まだ六歳のジャレッドは、十二歳の兄が一級魔法使いになったことがどれほどすごいことなのか、というのを正しく把握していたわけではなかった。けれど、一級は魔法使いの資格の中で一番上であること、それに合格したのはとにかく素晴らしいことなのだとは理解できていた。


(やっぱり兄上はすごいな)


 大好きな兄が褒められて、自分のことのように誇らしい。

 いつかジャレッドも兄のように、立派な魔法使いになるのが夢だ。フロストの名に相応しい、家族が誇りに思える優秀な魔法使いに。そのために、魔力制御の訓練だってすでに始めている。

 ローレンスは自慢の兄であり、目指すべき目標なのだ。


「――ジャレッドおにいさま」


 頑張ろう、と決意を新たにしたところで、ジャレッドを呼ぶ声が後ろから耳に届いた。


「兄上、リデライン」


 振り返ると、ローレンスに抱っこされているリデラインがそこにいた。


 ――ある日、妹だと紹介されたリデライン。当時はとても小さくて痩せていて、ジャレッドより二歳下なのに感情をあまり表に出さない子供だった。妹ができたことが嬉しくて、そしてリデラインに笑ってほしくて、ジャレッドはローレンスと二人してあれこれとリデラインを構い倒したものだ。

 リデラインが妹になってまだ一年も経っていないけれど、今ではリデラインは兄二人にとてもよく懐いてくれている。


 ローレンスは試験で一週間ほど邸から離れていたので、ローレンスが帰宅してからというもの、リデラインは離れたがらずにずっとそばにいたのだろう。

 ジャレッドだって、試験はどういうことをしたのかとか、難しかったのかとか、ローレンスに訊きたいことがたくさんある。ただ単純にローレンスと話したいという思いもある。

 けれど、ジャレッドはローレンスの弟であるのと同時にリデラインの兄だ。だから我慢して、リデラインに譲っている。


「りょうりちょうが、よるはなにがたべたいですかって」

「僕たちのリクエストは一通り出してくれるらしいから、お願いするといいよ」


 片腕でリデラインを軽々と抱いているローレンスは、もう片方の手をジャレッドに差し出す。ジャレッドは迷いなくその手を掴んだ。


「兄上はもうおねがいしたのか?」

「僕は特に好き嫌いはないから」

「肉がいいだろ、肉が。リデラインも肉、食べたいよな?」

「うしさんのおにく、おいしい」

「じゃあ牛肉を頼もうか。元々メニューに入ってそうだから、どういう料理がいいってお願いするほうがいいかもね」


 穏やかな笑顔を浮かべるローレンスに手を引かれて、厨房へと向かう。何が食べたいか話をしながら。


 この頃はなんの不和もない、ただの仲良しな三兄妹だった。

 ジャレッドがまだ、自分の状況を理解していなかった頃だ。





 七歳になったジャレッドは、魔力制御の基礎訓練を終えていた。ローレンスほどではなかったけれど飲み込みが早いと、魔法の先生からは褒められたものだ。さすがフロスト家の人間だと。

 そして、本格的に魔法の訓練を始めるために、まずは魔力測定を行うことになった。


 魔力量と魔法属性の適性を調べる際には、専用の魔道具を使用することが多い。

 ジャレッドは一度、一歳の頃に魔法適性を調べたことがあるそうだ。ジャレッド自身はまったくその時のことを覚えていないけれど、ヘンリエッタの希望で行われたと聞いている。

 そして、その結果は聞かされていない。


「やはり、ジャレッド様は水属性の適性だけのようですね」


 ジャレッドが触れた水晶玉の魔道具が青色の光を放ったことで、先生はそう告げた。

 フロスト公爵家のことについて、ジャレッドはすでに学んでいる。公爵家には代々、氷と風の属性が受け継がれているのだ。父もローレンスもその属性が使える。

 なのに、ジャレッドは水属性しか使えないのだという。衝撃だった。当然、自分には氷か風の適性があると思っていたからだ。

 母は水の魔法の適性を持っている。だから、自分も水魔法が使えること自体に不思議なことは何もない。

 ただ、水魔法しか適性がないことが、信じられなかった。


「氷や風じゃないのか?」


 その質問に、先生はにっこりと笑う。


「そうですね、水属性だけです。まあ、成長すると属性が増えることは稀にですがありますから」


 気を遣われているのだと、ジャレッドは察した。

 先生は「やはり」と言っていた。ジャレッドの適性は水属性だけなのだと、おそらく事前に知らされていたのだろう。だから驚いた様子もなかったのだ。


 魔法とは、魔法式を組んだ陣に魔力を込めることで起こる不思議な現象。火、水、土、風が基本の属性で、この四属性のどれか一つの属性が使えることが一般的である。それ以外の雷や氷、光、闇など、珍しい属性もある。

 結界魔法や防御魔法など、どの属性にも属さない魔法は無属性魔法と呼ばれ、これは魔法の才能がある者ならば誰でも使えるので、使える属性の一つとして数えられることはない。


 フロスト公爵家は風、そして氷属性を受け継ぐ魔法の名門。銀色の瞳も特徴的だ。しかし、フロスト家の血を引くからと、そのすべてを受け継ぐわけではない。ジャレッドは身をもってその事実に直面している。

 とはいえ、フロストの血が濃い本家の者でありながらジャレッドのように何も受け継がずに生まれてくる者は、本当に稀なんだそうだ。


 家族が誇れる、フロストの名に恥じない優秀な魔法使いになること。

 ジャレッドの憧れに、目標に、小さなヒビが入った日だった。


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