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24.知らない出来事です(第五話)


 ジャレッドの冷たい手にリデラインの温もりが移ることはなく、リデラインの不安と恐怖は膨らんでいくばかりだ。

 そんな中、ジャレッドの目がゆっくり閉じられて、リデラインはまた息を呑んだ。


「っお兄様、しっかりしてください!」

「……おれ、は……おまえの、兄じゃ、ない……」

「今はそんなことを仰っている場合ではありません!」


 言い返すだけの力があると安心はできない。

 呼吸が弱くなっている。確実に悪化している。意識を保っているのもやっとの状態だろう。


 公爵邸から騎士団の本部までは、馬だと片道で五分ほどだ。馬の用意はどれくらい時間がかかるのだろうか。

 大丈夫だと言い聞かせるように心の中で繰り返しても、安心感など微塵も湧かない。


(――ジャレッドお兄様が魔力欠乏症になったなんて話、小説で出てきた?)


 そんな疑問が頭に浮かぶ。

 ジャレッドが主人公に身の上話をしたり回想をしたりする場面はあったけれど、魔力欠乏症になったという話はどこにもなかった気がする。


(あんなに読み込んでたのに見落とした? それとも、小説では語られていなかっただけでこういうことがあった?)


 裏設定だったりするのだろうか。


(……小説にはない、これから漫画で出てくるはずだった話とか?)


 その可能性もなくはない。小説と漫画で展開が異なる、というのは珍しくないだろう。まったくの別物になることは少ないはずだけれど。


(騎士団に向かって間に合うの? それともローレンスお兄様の帰宅が早くなって駆けつけてくれる? 助かるの? ――もし、これが……)


 これが、リデラインが変わったことがきっかけで起きた、小説にもコミカライズにもアニメにも、何にもなかった展開だとしたら。

 ジャレッドが助かる保証は、どこにもない。


 そこまで考えが及ぶと、恐ろしさもまた一気に増していく。

 銀の瞳に涙を滲ませながらジャレッドの手をぎゅっと握っていると、自分の手首にあるバングルが視界に映った。





「――お嬢様!」


 聞こえてきた声に顔を上げれば、騎士のケヴィンがこちらに向かって走ってきていた。他に人が来たというだけで、リデラインはポロポロと泣き出しそうになる。


「ケヴィン……」

「ベティに言われてきました! 初めに見つけたのが俺だから、俺がジャレッド様をお運びするのが一番早いはずだって!」


 ジャレッドの傍らに片膝をついたケヴィンは、真剣な眼差しでジャレッドを観察する。


「魔力欠乏症の可能性が高いと」

「たぶん……」

「急いでお連れします」


 ケヴィンがジャレッドを抱えようとし、リデラインがジャレッドの手を離したところで――。


「かはっ」


 ジャレッドが、吐血した。


「お兄様!」

「ジャレッド様!」


 リデラインは悲鳴に近い声をあげた。咳き込むジャレッドの姿にひたすら血の気が引いていく。

 魔力が足りないせいで、内臓が損傷してしまったのかもしれない。


「くそっ。一刻の猶予もないな」


 ケヴィンがそう零すので、リデラインは震える声で訊ねる。


「助かる?」

「正直、わかりません。体内の魔力が少なすぎます。本部に行くまで耐えられるかどうか……」


 生命エネルギーである魔力は、体内の働きにも必要不可欠だ。

 今、ジャレッドの体内の魔力はバランスを崩している。新しく魔力を作る速度が、脳や心臓など、臓器の働きに消費される魔力量に追いついていない状態なのだろう。


 騎士団本部に連れて行けば助かる、という確証は得られなかった。

 ならばと、リデラインはドレスを掴んで――覚悟を決めた。


「とにかく本部に――」

「待って」


 改めてジャレッドを抱えようとしたケヴィンを制止すると、ケヴィンの目がこちらに向けられる。

 その目を見つめ返して、リデラインは緊張しながらも口を開いた。


「私がやる」

「は……」


 目を見開き、ケヴィンは短く声を漏らす。


「何を仰って……」

「私がお兄様に魔力を送るわ」


 リデラインがそう告げると、当然ケヴィンは反対の姿勢を見せた。


「それはだめです! 魔力の変質は上級魔法ですよ! この状況で失敗したら、ジャレッド様の命はありません!」

「さっき試してみたらできたから、たぶんいける」

「試し……、は!?」

「私にはこれがあるから」


 驚愕しているケヴィンに魔力制御のバングルを見せる。リデラインのために用意された、魔力制御の魔道具の中でも最高ランクのものだ。

 これが目に入ったので、つい先程、ケヴィンが来る前に少し試してみた。魔力を変質させる魔法は昨日読んだ本に載っていたので、それを思い出して。

 結果、魔力変質の魔法は正常に発動できた。本当なら魔道具の補助があるからとできるような魔法ではないのだけれど、やはりリデラインには才能があるのだろう。

 魔力変質が行えるのであれば、あとはジャレッドに送るだけだ。


「しかし、危険です!」

「でもお兄様には時間がないわ!」


 その言い合いをしていたところで、ジャレッドが再び「っげほ」と血を吐いた。


「お兄様!」

「っ!」


 二人の視線がジャレッドに集中する。


「……はあ、っ……」


 変わらず苦しそうな呼吸をしているジャレッドは、リデラインの手を掴んだ。


「や、めろ」


 微かに開けた目にリデラインを映して、掠れた声を紡ぐ。


「俺の、じご、う、じとく……失敗、したら、おまえが……」

「黙っててください! 文句ならあとで受けつけますから!」


 そう強く言えば、ジャレッドは眉根を寄せた。

 この状況でリデラインの心配をするジャレッドはやはり根が優しいと、リデラインは思う。


(絶対に死なせない!)


 本気なのが伝わったのだろう。ケヴィンが慌てた様子でリデラインを止めようとこちらに手を伸ばす。


「お待ちくださ――うお!?」


 伸びてきたケヴィンの腕を逆にこちらから掴んで、リデラインは問答無用で魔法を発動させた。光を帯びた魔法陣が浮かび上がり、それにケヴィンがぎょっと目を見開くのもお構いなしに、リデラインは魔法を継続する。

 ケヴィンの魔力を感知して、リデラインの魔力をケヴィンのものとまったく同じに変化させ、送り込む。


「え、な……んん?」


 十秒ほど経過し、この間は戸惑いの声を漏らしつつも魔法陣を眺めるだけに終わったケヴィンから手を離す。そしてリデラインは問いかけた。


「違和感は?」

「……ない、です」

「じゃあいいわね」


 簡潔に確認を取って、リデラインはジャレッドの手を握りしめた。


(大丈夫。私はリデライン・フロスト)


 性格以外は完璧だとお墨付きをもらっていた、悪役令嬢だ。

 魔法の才能は傑出している。無理矢理だけれどケヴィンでも試して成功した。


(だから、絶対に失敗しない)


 深呼吸をしてから、魔法を使った。

 ケヴィンに使用した時と同じように、魔法陣が出現する。自身の魔力をジャレッドの魔力と同じ性質に変えて、慎重にジャレッドに送る。一気に送りすぎるとジャレッドの体がびっくりしてしまうので、徐々に体全体に広がるように調節した。


 ここまでくると発動中の魔法をやめさせるほうが危険だと諦めたらしいケヴィンが見守る中、ジャレッドは気を失ってしまった。

 そのあとも魔法を使い続けてどれほど経過しただろうか。

 ジャレッドの呼吸が安定して、顔色もよくなってきた。体温も少し上がっている。

 ――危機は脱したのだと、理解できた。


 リデラインはほっと息をついて、魔法を解除する。

 すぐにジャレッドの脈の速さや体内の魔力を確認したケヴィンも、安堵の表情を見せた。


「魔力は問題なさそうです。吐血の原因となった体内の損傷は治っていないはずですから、すぐに医者に見せないと……」


 ケヴィンの声が、遠い。


「しかし、ここまで完璧に……お嬢様?」


 リデラインはふらっとする感覚に既視感があった。視界が霞み、これから意識を失うのだと察する。

 前世で発作を起こした時も、こうだった。


「お嬢様!」


 ジャレッドの隣に、リデラインは倒れ込んだ。


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