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23.知らない出来事です(第四話)


「ジャレッド様!」


 ベティが慌ててジャレッドのそばにしゃがみ込み、様子を確認する。リデラインも弾かれたように駆けだした。


「お兄様!」


 ベティとは反対側に来たリデラインが地面に膝をついて声をかければ、うっすらと開かれた空色の目がリデラインに向けられる。


「いたの、かよ……うっ」


 苦しそうに浅い呼吸を繰り返して呻くジャレッドを目の当たりにして、リデラインは真っ青になる。


「ふらつく感じですか? どこか痛いですか?」

「……うる、さい……」


 そう言われて頭に響くのかとリデラインは口を噤んだけれど、どうもそうではないらしい。


「ベティ、医者を……」


 リデラインは途中で言葉を切った。ジャレッドの腕に触れて、違和感を覚えたからだ。


「魔力が……」


 生物は常に、微量ながらも魔力を体外に排出している。しかし、ジャレッドからはそれがほとんど感じられなかった。

 というより、彼の魔力の反応そのものが弱くなっていっている。それは体内の魔力もかなり少ないこと、しかも減少し続けていることを意味している。体温も低い。


「……おそらく魔力欠乏症です。魔法の練習で体内の魔力を消費しすぎてしまったのでしょう」


 余裕のない表情でベティが見解を述べて、リデラインは息を呑んだ。確かに、状況からしてその可能性が高い。

 加減を見誤り、限界を超えて倒れる。時には命の危機にも繋がる魔力欠乏症。このような危険性があるから、未成年のみでの魔法の訓練は禁止されているのだ。


(こんな状態になるまで魔法を使うほど、ジャレッドお兄様は愚かではないはずなのに)


 そうは思うけれど、今はその理由に思考を割く時間がない。


(魔力欠乏症は、体内の魔力が生命維持に必要な最低限の量に近づいたか、もしくはその量を下回ってしまった状態。治療法は――)


 最近頭に入れた知識を急いで引っ張り出す。

 最低限の魔力が残っているのであれば、休ませればそのうち回復する。しかし、最低限の量を下回っているとすれば、命が尽きるのも時間の問題となる。治療が遅れれば後遺症の懸念もある。早急に対処しなければならない。

 治療法はただ一つ。すぐにジャレッドの体内の魔力を増やすことだ。


「ベティって魔力の変質できる?」

「できません……」

「じゃあ、急いで侍医を――」

「ここ数日は薬草調達で領都を離れているそうです。弟子の方がいらっしゃいますが、確か魔力変質はできない方だと聞いています」


 最悪のタイミングである。

 魔力の性質が近い両親は視察で邸にいない。外出中のローレンスはあと数十分もすれば帰宅する予定だったはずだけれど、それまでジャレッドが持つのか、リデラインたちでは判断ができない。

 魔法の訓練がバレないように、家族が邸にいない時間を狙ったのだろう。あの三人、特に父とローレンスは魔法に敏感だから。


 そもそも、両親とローレンスは魔力の変質ができるのだろうか。任意の対象者の魔力に変質させるのは、元から魔力が似ていると、そうでない場合より簡単だと本にはあった。しかし、変質させる技術が身についていないのであれば意味がない。


(ローレンスお兄様ならできそうだけど、問題は……)


 家族で帰宅が一番早い予定のローレンスでも数十分。待つという選択肢をとると手遅れになりかねない。けれど他にどうすればいいのか。

 ただ魔力を送れば、体内で異なる魔力が反発し合って暴れてしまい、それこそ危険が増すことになる。膨大な魔力を持っていたって、まだ未熟なリデラインでは必要な時に役に立たない。


「っ、はあ、……っ」


 苦しそうに表情を歪めるジャレッドを、ただ眺めていることしかできない。リデラインはぎゅっと拳を握りしめた。


(どうしよう、どうしよう……!)


 焦っているけれど頭は働く。思考が加速して、けれどそれは嫌な方向にばかり及んで恐怖を煽ってくる。ふるふると頭を横に振ってその想像を追い払い、またひたすら考える。


(領都に病院はあるけど、魔力の変質ができる人はいた? いそうだけど確実じゃない……魔法が上手な人、近くにいる……あ!)


 ぱっと、閃いた。


「騎士団!」


 叫ぶように言えば、ベティもはっとした。


「魔力変質が可能な方がいます! すぐに騎士団本部に向かう馬車を用意させます!」

「揺れは酷いけど馬のほうが速いわ! ケヴィンに連れて行ってもらう!」


 ケヴィンはフロスト騎士団の騎士で、馬の扱いが上手い。今日は邸の警備担当で、今の時間だとちょうど厩の近くを見回っているはずだ。

 馬の揺れは魔法で軽減できるので、ジャレッドの体にかかる負担も大きくはならないだろう。


「では馬の準備を厩の担当の者に頼んで、ケヴィン様にもお声がけしてきます!」

「お願い! 私はお兄様を厩まで運んでくれる人を――」


 立ち上がりかけたところでドレスが引っ張られて、リデラインは動きを止めた。視線を落とせば、ジャレッドの手がリデラインのドレスを掴んでいた。


「お兄様……」


 (くう)を映しているジャレッドの目は焦点が合っておらず、自身が掴んでいるのがリデラインのドレスだと認識できているのかわからない。

 目を丸めてリデラインが戸惑っていると、ベティが「お嬢様」と努めて落ち着いた声を出す。


「人を呼ぶのも私にお任せください。お嬢様はジャレッド様のおそばに」

「……わかったわ」


 ベティが走っていって、リデラインはジャレッドを見下ろす。

 ベティがいなくなった途端、急に莫大な不安が押し寄せてきた。この状況で心細いのだろう。

 ドレスを掴んでいるジャレッドの手を、リデラインは上から包み込むように握る。するとジャレッドの力が緩んだ。


(大丈夫、きっと助かる)


 だって、ジャレッドは小説でメインの登場人物だ。学園に通って、主人公と出会う。それはまだ何年も先の出来事なのだから、ここでジャレッドが死んでしまうわけがない。

 なのに、不安で不安でたまらなかった。


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