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22.知らない出来事です(第三話)

下級魔法→初級魔法に修正しています。


 図書室で読み終わった本を棚に戻す作業をベティとしていたリデラインは、突然ぱっと後ろを振り返った。そのままじっと見つめる。


「お嬢様?」

「……」


 ベティに呼ばれても、リデラインは視線を逸らさなかった。

 ベティもリデラインの視線を辿っていくけれど、見える範囲では特に違和感などは何もない。ただ本棚が並ぶ壁があるだけで、普段どおりの光景だ。


「どうかなさったのですか?」

「……魔法」

「魔法?」

「感じない? 魔法の気配がする」


 魔法が使われている気配を感じて、リデラインは反射的に振り返ったのだ。しかしベティにはわからないらしく、不思議そうにしている。


「私は何も」

「そう……」


 ベティがそう言うのなら、それほど大きな魔法の反応ではないのだろう。けれどリデラインにははっきりと伝わってくる。

 魔力制御の魔道具を外して訓練をした後だからだろうか、どうもリデラインの感覚が研ぎ澄まされて、魔力に敏感になっているようだ。


 方向的には訓練場のほうから魔法の気配がしている。そのこと自体は珍しいことではない。訓練場は名前のとおり訓練のための場なのだから。

 ただ、問題は時間である。


(今は誰も使ってない時間のはず……)


 自主練習で誰かが使っているのかもしれない。気にしすぎかもしれないけれど、なんだか引っかかる。

 誰がいるのか気になって、リデラインはベティを連れて訓練場へと向かった。


 訓練場に近づくにつれて、魔力反応は更に強いものになっていく。ここまで来るとベティも気づいたようで、難しい顔つきになっていた。


「この時間は魔法の訓練予定はなかった気がします」

「やっぱりそうよね?」


 そんな会話をしながら到着して、慎重になりつつ物陰から訓練場を窺うと、そこにはジャレッドがいた。他に人の姿はなく一人だけだ。

 ジャレッドは水魔法の訓練をしているようだった。水の球を作って遠くの的に当てたり、的を水の渦で覆ったりしている。かなり熱心にやっているようで、肩で息をしていた。


「お一人で魔法の訓練は危険なのに……」


 ベティが心配そうに零したとおりなので、早急にやめさせたほうがいい。


「ベティ、声かけてきてくれる?」

「それは構いませんが……」

「私はいないことにして、とにかくやめさせて。おねがいね」


 リデラインが注意をするとジャレッドを刺激してしまいかねない。ここはベティに任せるのが正解のはずだ。

 リデラインはジャレッドに見つからないように隠れたまま、ベティがジャレッドのもとへと向かった。


 集中しているのか、ジャレッドは近づくベティに気づく様子がない。

 フロストの人間は魔法の研究や訓練の集中力がすごい。まさにフロストらしい姿だ。長所であり短所であるというところまで体現している。


「ジャレッド様、お一人ですか?」

「――っ!」


 魔法を発動させている途中で声をかけるのは危険なので、ベティはジャレッドが魔法を放って一息ついたタイミングで話しかけた。

 驚愕して肩を揺らしたジャレッドは、振り返ってベティを視認すると「なんだ、お前か」と体に入った力を緩める。


「危ないですよ」


 ベティから指摘され、ジャレッドは眉根を寄せる。やはり息は上がっていて、疲労感が見てとれた。


「兄上たちには黙っとけよ」

「そうはいきません」


 仕える相手とはいえ怯まず毅然とした態度で、ベティはばっさり拒否の姿勢を示す。


「ご存じでしょう。未成年のみでの魔法の使用は、ただの練習目的であろうとも禁止されています」


 魔力制御が未熟な未成年は、思わぬトラブルを引き起こしてしまう可能性が非常に高い。よって魔力操作の基礎的な練習はもちろん、魔法の練習も、監督者となる者がいない場では禁止だ。

 ただ、何事にも例外はある。


 魔法使いの主な階級は四級、準三級、三級、準二級、二級、準一級、一級の七つ。魔法協会が実施している魔法使い試験のどの階級にでも合格した者は、未成年であろうとも法的には一人前の魔法使いとして扱われる。その場合は単独での魔法訓練も許されるけれど、階級に合った範囲の魔法のみだ。四級は初級魔法、準三級から準二級までは初級に加えて中級魔法の単独訓練が許可される。

 二級以上に合格すれば上級魔法の訓練も問題なく、魔法の指導も解禁される。


 ローレンスは史上最年少の十二歳で一級試験に合格した一級魔法使いなので、指導者として問題ない。だからリデラインの訓練も任せることができた。

 ジャレッドはまだ資格を持っていない。よって、こうして一人で魔法の訓練をするのは禁じられている立場だ。

 そのことはジャレッドも重々承知しているはずなのに、なぜ一人でこっそり訓練をしているのか。


「誰にも言うな。命令だ」

「そのご命令は聞けません。ジャレッド様の安全に関わることです。私には旦那様方への報告義務があります」


 ベティの言葉に、ジャレッドは顔を背けた。


「主人が生意気だと侍女も似るのか」

「――それは私だけでなくお嬢様にも対する侮辱ですか?」


 ギリギリ笑顔ではあるものの、ベティの声が低くなる。雰囲気が剣呑になってしまった。


(ああああ、抑えてベティ!)


 今はジャレッドを言いくるめて魔法訓練をやめさせるのが最優先だ。ベティが怒りで冷静さを忘れると困る。

 ひやひやしながら見守っていると、リデラインはふと異変を感じとった。


(……ジャレッドお兄様?)


 先程からずっと息が荒かったジャレッドだけれど、呼吸が浅くなっているように見えるし、呼吸の間隔も更に短くなっていっている。顔色も悪い。ジャレッドは自分の状態に自覚がないのだろうか。


「ジャレッド様?」


 近くで見ているベティのほうが異変もよくわかるだろう。険しい顔になった。


「とにかく、誰にも、言う、な……」


 呟くように声を絞り出しながら、ジャレッドはふらっとして――その場に倒れた。


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