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17.次兄には嫌われています(第四話)


 相変わらずローレンスは仕事が早くて、資料となる本をすぐに持ってきてくれた。テーブルに新しく積まれていく。


「一応、明日にでももっと詳しいものがないか司書に確認するといいよ」

「はい。ありがとうございます」


 念のため、ということなのだろうけれど、ローレンスはこの図書室にある魔法関連の本をすべて読んでいるはずなので、積まれた本に疑いはない。魔法分野の目利きに関しては司書よりも断然、信頼できる。


(結構な数……)


 テーブルの上の本を眺めて、リデラインの中に率直な感想が浮かんだ。

 置かれている本の厚みを合算するとすごいことになりそうだ。読むのにどれほど時間がかかるだろうか。

 けれど、その光景を目にしても億劫ではない。


「そういえば、お腹は空いてないのかな」

「……言われてみれば、ちょっと空いてる気がしてきました」


 意識していなかったから気づかなかったのか、訊かれると急に空腹を感じてきた。さっきまではまったく気にならなかったのに。


(今何時なんだろ)


 もうお昼になってしまっているのだろうかとリデラインが疑問に思ったところで、ローレンスが答えをくれる。


「もうとっくにお昼過ぎてるからそうだろうね」

「えっ」


 ローレンスは懐から懐中時計を取り出し、繊細な細工が目を引く蓋を開けてリデラインの前に持ってきた。時刻を確認すると図書室に来て四時間ほど経過していることがわかり、リデラインは目を見開く。


「リデルが図書室にこもってるっていうのは、廊下でたまたま会ったベティに聞いたんだよ。お昼を過ぎてもリデルが部屋に戻ってくる気配がないから、様子を見にくるつもりだったらしい。僕が代わりに行くって部屋に戻したけど。昼食の準備をしているはずだよ」

「こんなに時間がたってたなんて……」


 驚いているリデラインに、ローレンスはふっと小さく笑みを零す。見上げれば、ローレンスはどことなく嬉しそうだった。


「知ってのとおり、フロストは魔法の名門だ。魔法関連の功績で社交がほとんど免除され、地位も保っている。魔法が好きで、魔法の研究や訓練では集中力がすごい者が大半でね。それがフロストの気質だ」


 家の話を突然されて、リデラインは首を傾げる。そんなリデラインに向けられるのは、変わらずローレンスの温かい微笑みと穏やかな声だ。


「食事の時間も忘れるほど集中していたというのは、とてもフロストらしい」


 告げられた言葉に、リデラインはぱちりと目を瞬かせる。

 元々、瑠璃だって小説や漫画を読む――好きなことをしていると、夢中になって時間を忘れる性質だった。それこそ食事もとらないほど。

 ただしそれは、好きな物語に限っての話。勉強では集中力があるほうではなかったし、興味のない分野の勉強には苦労したものだ。


 魔力を減らせるかどうかはリデラインにとって重要な問題である。必死になるのは当然だけれど、時間にはまだ余裕があるので、空腹具合にも気が回らないほど切羽詰まっている状況ではない。

 魔法のことだから、調べる時間も苦痛ではなかったのだろう。


 フロストらしい。そう言われて、嬉しくないわけがない。

 優しさと愛おしさを帯びたローレンスの双眸を見つめ返して、リデラインはへらりと笑った。するとローレンスの手が伸びてきて、頬を撫でられる。


「ただ、この気質は長所であり短所でもある。食事は忘れずにとるよう気をつけてね」

「はい」


 しっかりと返事をしたリデラインに顔を寄せたローレンスは、頭頂部にキスをする。ぴしりと石のように固まったリデラインに、ローレンスはまた笑顔を浮かべた。


「僕は用があってもう出ないといけないから部屋まで送れないけど、リデルは本を閉じて、部屋に戻って食事。済んだらまたここに戻ってきて続きを読めばいい。いいね?」

「はい……」

「うん、いい子だ。じゃあ行ってくるよ」


 リデラインの頭を撫でて、ローレンスは首を傾け、すうっと目を細める。それから形の良い唇には緩く弧を描き、甘い声を落とすのだ。


「行ってらっしゃいって言ってくれるかい?」

(うっ……)


 キラキラを飛ばしておねだりをするローレンスの姿に、リデラインの心は安定して撃ち抜かれた。瀕死である。


「行ってらっしゃいませ、お兄さま」

「うん、ありがとう。行ってきます」


 満足そうに満面の笑みを見せて、ローレンスは去っていった。

 リデラインは赤くなった頬を冷やすように両手で挟んで、落ち着きなく足をぱたぱたさせる。

 ローレンスの表情、声、温もり、すべてが頭から離れない。


(ほんっとに顔がいい。声がいい)


 そして、距離感がバグっている。

 ローレンスはおそらく、リデラインがローレンスに、特に彼の笑顔にとても弱いことに気づいているのだろう。それを最大限に利用している確信犯だ。ローレンスからのおねだりをリデラインが断れないと知っている。


(そういうところも好き)


 あんなにも甘々なローレンスに大事にしてもらえるのは、妹という特権のおかげである。

 

(……あっ。ベティが待ってるんだった)


 テンションが上がってだらしない表情で足をぱたぱたしている場合ではない。ローレンスがベティは昼食を準備していると言っていたではないか。これ以上待たせて、迎えにくるという手間をベティにかけさせたくない。


 ソファーを降りて、鍵を持って扉に向かう。

 すると、リデラインが到達する前に、扉が勝手に開いた。

 リデラインは足を止める。びっくりしたけれど、ベティが来てしまったのだろうかと真っ先に思った。そして、すぐに違うことに気づく。

 扉を押して入ってきた人物の姿を認識して、更に瞠目することになった。


「ジャレッドお兄さま……」


 意外にも、その人物はリデラインを嫌っているジャレッドだった。


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