16.次兄には嫌われています(第三話)
王太子の婚約者候補としてリデラインの名前が挙がらないようにするために一番効果があると考えられるのは、魔力を人並みにすることだ。
魔力量は偽っても露見してしまう恐れがある。そして、魔力量を偽ることは罪に問われることもあるため、偽装は安易に手を出していいようなことではない。フロスト公爵家まで巻き込み、罪を背負わせてしまうかもしれないのだ。下手なことはできない。
リデラインの魔力量が多いことは周知されてしまっている。リデラインの実の両親――リデラインを捨てた子爵夫妻が、自分たちの娘は才能を買われてフロスト家に養子に入ったと自慢しているからだ。
(ものは言いようだなぁ)
借金をしてまで維持している贅沢な生活のために子供を売ったのに、彼らは悪いことだなんて微塵も思っていないのだろう。その神経は理解できないし、したくもない。
(まあ、あの人たちはどうでもよくて)
とにかく、魔力を平均的な量にするのがリデラインの理想だ。
ただ、そんな方法が存在するのかは疑問だけれど。
可能性があるとしたら魔力暴走の影響だろうか。老化で魔力が減少していく例や特殊な魔法を使いすぎて魔力が減少、もしくは枯渇するような例以外だと、それくらいしか思いつかない。
けれど、暴走はあまりにも危険すぎる。命を落とすことだってあるのだ。
そもそも、小説のように嫉妬に狂って魔力暴走、は起こらないと信じたいけれど、他の理由で暴走が起こることもあるかもしれないので、意図せずともいずれは魔力を失うことがないとは否定できない。
リデラインの魔力は膨大だ。その制御はとても難しいのだから。
魔法というのは元の世界には存在しなかった力で、憧れだってあった。
リデラインの体は才能に溢れているだろう。しかし、興味はあっても、魔法にばかり頼りすぎるのは禁物である。
リデラインは常に魔道具を身につけている。まだ幼いうちは魔力の制御も拙いため、暴走を懸念して与えられたものだ。意識せずとも魔道具が普段から魔力を抑えてくれる。
これも、まだ子供だから魔道具で制御が可能なだけである。成長とともに魔力は増えていくものなので、そうなれば魔道具だけで抑えられるとは限らない。だからこそ小説では感情が揺さぶられて魔力暴走を引き起こしてしまった。
魔力暴走の危険性は、魔力が多い者ほど高まる。平均的な魔力量で暴走する例はあまりないことからも、魔力を少なくする方法は魅力的だ。
(魔力制御の訓練は以前から力を入れてるから継続として、あとはどうにか魔力を減らせないかなぁ)
仰向けのまま両手で持ったノートを掲げて、うーんと唸る。腕がぷるぷるしてきた。八歳の筋力は弱い。
どれくらい耐えられるのかとちょっとした好奇心でそのままの状態を維持していると、ノックの音がしたのでノートを引き出しに隠し、入室の許可を出す。
「お嬢様、りんごジュースですよ〜」
トレーを持ったベティが入ってきて、リデラインに「どうぞ」と渡した。
りんごジュースを見るたび、前世を思い出したあの日のことが頭を過ぎる。ベティには申し訳ないことをしたのに、こうしてまだそばにいてくれることが本当にありがたい。
「ベティ。図書室に行きたい」
りんごジュースをコップの半分ほど飲んだところでそう希望を口にする。
「図書室ですか? では鍵を借りてきますね。少々お待ちください」
「ありがとう。おねがいね」
フロスト公爵家の図書室はとても広く、蔵書数もかなりのものだ。魔法の名門ということもあり、魔法に関する書物は豊富である。
貴重な本もあるので基本的には鍵がかけられている場所で、図書室を管理する専用の使用人もいるくらいだ。
数分ほどでベティが鍵を持ってきたので、二人で図書室に向かった。
ベティが鍵を開錠して扉を開けてくれて、リデラインは足を踏み入れる。
(おお……)
邸そのものが広いとはいえ、家の中にあるとは思えないほどの広さ。本がぎっしり詰められた本棚が大量に並んでおり、小説好きとしては興奮するなというほうが無理な話だった。
前世では恋愛小説ばかり読んでいたけれど漫画も好きで、もし大人になれたら本専用の部屋がほしいと夢を描いていたものだ。
(ラノベがあったらなぁ)
この世界では小説に挿絵があるものは珍しいけれど、この図書室には小説そのものはいくつか揃えられているだろう。読んでみたい思いはあるものの堪えて、魔法関連の本の物色を始める。
本は丁寧に分類されていて、管理も行き届いている。一通り視界に入る範囲でいえば、埃を被っている本や棚はない。公爵家に雇われている司書は優秀なようだ。
「何をお探しなんですか?」
「魔力の増減に関する本」
「かなりピンポイントですね……?」
予想外の返答だったようで、ベティは不思議そうに首を傾げた。
「タイトルからそれっぽい本を探すこともできますけど……」
ベティが本棚にざっと視線を走らせる。魔法関連の本の蔵書数が豊富ということは、その分、特定の本を探し出すのは大変ということである。
「司書さんは今日はお休みなので、おすすめをお願いなさるなら明日以降ですね」
「今日はなんとなく目についた本を読むわ」
魔法の勉強ですでに読んだことのある本もあったりするので、読んだことのない本で目的に合っていそうなものを片っ端から読み始めた。
図書室の中に置かれている少し大きめの一人掛け用のふかふかな高級ソファーに腰掛け、テーブルに積んだ本をひたすら読み進める。ベティには本をいくつか選んだあと休んでいるように言ったので一人だ。
(うーん……。どうしたら魔力が増えるのか、みたいなのは言及されてたりするけど、逆は全然ない)
どれほど時間が経過したのだろうか。ギシ、と音がして顔を上げれば、ローレンスが肘掛けの部分に座ってこちらを見下ろしていた。
びっくりして肩が跳ねる。本に集中していたために、図書室に彼が入ってきたことに気づけなかった。
驚愕の反応を見せたリデラインにきょとんとして、ローレンスはそれから眉尻を下げる。
「ごめん、驚かせてしまったね」
「いえ……」
「リデルが図書室にこもっていると報告があったから気になって」
やはり、よく気にかけてくれる兄である。
「勉強? 魔法……魔力の特性とか、そのあたりの本だね」
ローレンスはテーブルの上の本を確認していく。おそらくローレンスもすでに目を通しているものばかりだろう。
「えっと、興味があって……」
王太子の婚約者になりたくないから魔力を減らしたいのだと、素直に告げるのは躊躇われた。
フロスト公爵家は中立。王家に必要以上に関わらないし、他の家ともあまり繋がりを持たない。どこにも肩入れはしていないけれど、王家との婚姻は家の、家門の利益になる。リデラインはその選択肢を狭めようとしているのだ。
それに、フロストは魔法の名門。役立つ長所をわざわざなくそうとしているので、なんだか後ろめたいような気持ちになっている。
「魔力を増やすための研究はさかんですけど、その逆はあまりないのかなって、ちょっと思ってます」
「そうだね。魔力を減らすメリットはないし」
「ですよね……」
読んでいた本のページを見てしゅんとしていると、ローレンスはそんなリデラインをじいっと見つめた。観察されている。
そろそろとリデラインは視線を逸らす。なおも視線は注がれたままで、美形、それもローレンスからの熱烈な眼差しは普段なら興奮するところだけれど、今回ばかりはだらだらと焦りが募っていく。
「……一応、おすすめの魔力関連の資料は集めようか? 難しい内容が多いかもしれないけど」
兄からの提案に、リデラインはぱあっと表情を明るくした。
「ありがとうございます、お兄さま。お願いします」




