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15.次兄には嫌われています(第二話)


 食事が終わって自室に戻り、ベッドに仰向けに倒れ込んだリデラインは天蓋を眺めた。


 ジャレッドのことについて、ヘンリエッタはリデラインのせいではないと言った。けれど、この状況は間違いなくリデラインが引き起こしてしまったものだ。

 ジャレッドは心の底からリデラインを嫌悪している。それはかつて、ヨランダに唆されてリデラインが荒れ始めた時期に、その態度を叱るジャレッドとの次第に激しさを増す言い合いの最後、リデラインが放った言葉がきっかけだった。


『フロストのまほうを受けついでいないあなたのほうこそ、フロストの名を持つに相応しくないわよ!』

『――っ!』


 それはジャレッドの心を深く抉った。

 あの時のジャレッドの顔は、今でも鮮明に浮かぶ。


 珍しい氷属性の魔法が有名ではあるけれど、風の属性も受け継いでいるフロスト公爵家。その血を引きながら、ジャレッドはどちらの属性も適性なく生まれてきた。

 容姿からも察せるように、母方の血が濃いのだろう。彼が使えるのは水の魔法のみである。


 フロストの魔法の適性がないことはジャレッドの大きなコンプレックスだ。それゆえに彼は、傍系出身ながらもフロストの魔法の才能を持つ妹のリデラインに劣等感を抱いていた。

 リデラインはそのことを理解していて、彼を黙らせるためにわざと彼のコンプレックスを刺激したのだ。

 リデラインは言ってはいけないことだとわかっていたからこそ、勢いで口にしてしまったことをすぐに後悔した。けれど結局は謝罪できず、二人の間には深い溝ができたのである。


 今ならわかる。複雑な思いを抱えながらも、彼はリデラインを妹として可愛がってくれていた。リデラインの態度を注意したのだって愛情があるからこそだった。

 それを、リデラインが壊した。


 ジャレッドと以前のような関係に戻るにはどうしても時間が必要だ。戻れるという保証はないけれど、努力はしたい。

 長期戦になることは覚悟のうえで、他にも同時進行でやるべきことがある。


 起き上がったリデラインは、サイドチェストからノートを取り出した。記憶にある限りの小説の流れをある程度まとめ終わったものだ。

 ページをめくっていき、改めて小説の内容を思い出していく。


 悪役令嬢リデライン・フロストの死は、ヨランダによる支配と王太子への恋心によって結果的に生じる。

 ヨランダを排除し、前世を思い出して性格も小説どおりではないリデラインは、現時点ですでに小説の流れを逸脱している。悪行の果てに断罪されて婚約破棄、馬車で移動中に魔物に襲われて死亡、という道を辿る確率はかなり低い。ヨランダがすでに離脱していることに加えて、今のリデラインが王太子に惹かれることはほぼないと言えるからだ。前提が破綻している。


(見た目は確かにかっこいいけど、お兄様に比べたら霞むし)


 個人の見解ではあるものの、少なくともリデラインの中ではそうなのだ。王太子もイケメンで民に寄り添う心を持つ実直ないいキャラクターだったけれど、容姿も性格も、ローレンスが理想的すぎる。

 瑠璃の理想と、記憶が戻る前のリデラインの理想。二つは酷似している。瑠璃のほうがはっきり明確で、リデラインは幼いためか多少は漠然的ではあったものの、大きな違いはなかった。

 王子様のように優しくて、綺麗な人。まさにローレンスのような人だ。

 そんな人が身近にいて溺愛してくれているのだから、他の誰かに目が向くというのは想像ができない。


(そもそも、王妃になるのはちょっとなぁ……)


 王太子妃、未来の王妃。その重荷は背負いたくない。あまり魅力を感じない立場だ。

 ただでさえ人と関わるのはあまり得意ではない性質だと自覚しているのに、王妃なんて国内外問わず外交に注力することが必要になるし、国王を補佐する立場にある。その一挙手一投足が注目される。

 前世ではそういう世界とは無縁だったわけで、公爵令嬢だけでも上手くできるか心配なのだから、これ以上の苦労を強いられるのはごめんだ。


 この世界を現実として生きている身としては、前世の一読み手だった頃とは色々と見方が変わってくる。

 主人公ヘレナは平民育ち。男爵家で暮らすことになってからは虐げられていて、まともな教育も受けていなかった。いくら貴重な光属性の魔法使いだとしても、彼女が王太子との未来を選択し、王妃になる決意をする、というのはなかなかのものだ。


(そういうのを背負ってもいいと覚悟ができるくらい、王太子のことが好きなんだろうな)


 悪役令嬢リデライン・フロストも、盲目的なほどに王太子のことが好きだった。

 小説ではリデラインが望んだことで王太子との婚約が成立した。その魔力と家柄から、王太子の婚約者として申し分ないと判断されたのだ。王家側にもメリットがあったからこそ成り立った契約だった。

 のちに、リデラインの性格が矯正されるどころか過激になっていく一方の状況に、王家は頭を悩ませていたようだけれど……。

 それでも、後世のために桁外れの魔力を持つ娘とフロスト家を取り込みたい、という狙いがあったのだろう。

 しかし最終的に、フロスト家の娘ではなく光の適性を持つ娘を王太子妃とすることを、国王は認めた。リデラインが嫉妬に狂って貴重な人材を害そうとした挙句、魔力暴走の末に魔力を失ったことで、王家側がリデラインを娶るメリットがなくなったのだ。当然の判断である。


 つまり、性格の問題がないのであれば、リデラインは王太子の婚約者候補として有力。リデラインが望まなくとも、王家のほうから縁談を持ちかけてくることもありえる。それほどこの身に宿る魔力とフロストの魔法は魅力的なのだ。

 それに、主人公に光属性の適性があることは、今の時期にはまだ判明していないはず。それもリデラインが有力候補となる理由の一つになる。


 王家との縁談はフロスト家にも利があるかもしれない。しかし、いずれ主人公の存在を耳にすれば、王家が主人公をとるほうがいいと判断する可能性は非常に高い。

 そうなればリデラインはどうなるのか。国のためだからと婚約を解消されるだろう。

 その未来が容易に想像できるのに、わざわざ荒波に飛び込みたいとは思えない。


(だから、王太子は気にしておかないと)


 なるべく接点を持たないように動きたい。縁談も回避できるように手を打つ必要がある。


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