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13.悪者退治です(第八話)

前話の後書きを書いたあとも誤字報告がきたので、念のためこちらでも。

祖父が二代前の公爵なのは間違いではありません。先代は別の人です。


 騒動から一夜明けて部屋で朝食を済ませると、リデラインには両親との対面が待っていた。

 前世を思い出してからは初めて顔を合わせる。それでなくとも、自分が養子ということにショックを受けたリデラインをこれ以上はいたずらに刺激しないようにと、二人は徐々にリデラインと距離を取るようになっていたのだ。そのため、ここ半年ほどは多少すれ違う程度の接触しかなかった。まともに会話も交わしていない。

 だから、きちんと会って話す機会は本当に久々である。緊張しないはずがなかった。


 両親が部屋に来るのをソファーに座ってそわそわしながら待っていたリデラインは、隣にいるローレンスの手が頭にのせられたことで彼を見上げる。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「そうですね……」


 頭を撫でられて、リデラインは息を吐いた。


 両親がやってきて、ベティが扉を開けて招き入れる。

 リデラインはソファーから降りて扉の方に視線を向けて、僅かに目を見開いた。


(うわ。綺麗……)


 現公爵デイヴィッドと妻ヘンリエッタ。リデラインの今の両親だ。

 綺麗な人たちではあるけれど、顔色が良くなく少しやつれているように見受けられる。昨日のことはローレンスから報告を受けているらしいから、二人ともあまり眠れなかったのかもしれない。


「あの……」


 どう声をかけたらいいものか考えがまとまらないうちに口を開いたために言葉が続かずにいると、ヘンリエッタが駆け寄ってきて、目線を合わせるように床に膝をついた。そして、リデラインを抱きしめる。

 突然体を包んだ温もりに、リデラインは目を丸めた。


「ヨランダのこと、気づけなくてごめんなさい。すごく苦しかったでしょう」


 紡がれた優しい声には、後悔と謝罪が滲んでいた。

 急なことで、リデラインはやはりどう対応するべきかわからずに固まっているしかなかった。すると、歩み寄ってきたデイヴィッドがしゃがんで、ヘンリエッタに抱きしめられたままのリデラインの頭を撫でる。


「本当にすまなかった、リデライン」


 手つきが少しぎこちないのは、リデラインとこうして接するのが久しぶりだからだろうか。

 緊張しているのはリデラインの方だけではないのだ。


 誠心誠意の謝罪が向けられてばかりで、リデラインはいたたまれない気持ちになりそうだった。

 彼らは何も悪くない。みんな被害者だ。


「私こそ、ごめんなさい」


 ぽつりと零せば、デイヴィッドは瞠目したあと、表情を和らげた。


(あ。お兄様に似てる)


 ローレンスが重なり、血の繋がりを感じた。確か、二人とも祖父似の設定だったはずだ。

 リデラインの謝罪はヘンリエッタの耳にも届いているだろう。ヘンリエッタはリデラインを抱きしめている腕を緩めて少し離れ、目に涙を浮かべながら笑顔で目を合わせた。


「リデライン。これからはたくさん会って、お話ししてくれる? ご飯もみんなで一緒に食べましょう」

「はい、……お母さま」


 返事をすると、ヘンリエッタが嬉しそうに笑う。

 そうだ。親からの愛情とは、こんなにも温かく、時に気恥ずかしさも伴うものだった。

 ヘンリエッタの顔を見るのが照れくさくてふと顔を背けると、ローレンスも温かい笑みを浮かべているのが視界に映ったので、リデラインもつられてへらりと笑顔を零した。


「リデライン」


 デイヴィッドに呼ばれて、再度彼に視線を向ける。


「つらいことだと思うが、これまでのことを詳しく話してくれるか?」

「はい」





 それから数日後。ヨランダは紹介状もなく追い出され、フロスト公爵領、祖父が暮らしている伯爵領など、フロスト関係者が治める領地への立ち入りを禁止されたそうだ。

 四十年もフロスト公爵家に仕えてきたヨランダの給金はかなり高額であったにもかかわらず、彼女の暮らしぶりは質素なもので、貯金は相当あったらしい。その半分弱がリデラインに対する行いへの罰と慰謝料として徴収の対象となった。


 一応、今までより少し節約をする生活を心がければ働かなくとも暮らしていけるだけの金額が、ヨランダの手元には残っているとか。

 四十年、ヨランダがフロスト公爵家を献身的に支えてくれていたのは事実で、リデラインとの件も一年と数ヶ月という期間で収まったことが考慮された結果である。


 フロスト公爵家で働くことは彼女の生きがいだった。それが奪われた今、彼女はただ普通に暮らすことを受け入れられるだろうか。その生活が、我慢できるだろうか。

 仮に働くことを選んだとして、ヨランダの職探しは困難を極めたものとなるだろう。フロスト公爵家で問題を起こして追い出された高齢の彼女を雇ってくれるところなど、そうはないはずだ。そんなことをすればフロストを敵に回すことにもなりかねないため、リスクと釣り合わない戦力でしかないと判断されるだろう。

 とはいえ、ヨランダはフロスト家のことを知りすぎている。そこに利用価値を見いだす者もいるかもしれないけれど、デイヴィッドやローレンス、祖父がその可能性を見逃すはずがない。対策はとっているのだろう。


 ヨランダが地下に監禁されてから領地を追い出されるまで、聞き取りや追放などはすべて、騎士や使用人たちにお願いしたという。

 リデラインとヨランダから聞き取りをした結果と祖父の意見を考慮して処遇を決定したのは、当主であるデイヴィッドだ。しかし、デイヴィッド、ヘンリエッタ、ローレンスと次兄とリデライン、誰もヨランダの前には姿を見せなかった。祖父母がヨランダに会いにくることもなかった。

 公爵一家と顔を合わせないまま追い出されること。それもヨランダにとって大きな罰になるだろうと思われたからである。

 実際、「最後にせめて大旦那様に会わせてほしい」と、ヨランダは懇願していたそうだ。もちろん叶えられることはなかったわけだけれど。


 同情するつもりはない。前世を思い出すことなくリデラインがヨランダの思うとおりに動く未来は、小説に書かれていた。

 すべてが小説のとおりではないだろう。ここは異世界。現実。リデラインも彼らも、現実を生きる人間だ。選択によって未来は変わる。リデラインが小説になかったことを実現できているように。

 ヨランダは悪い意味で変わらなかった。それだけだ。


 徴収した慰謝料はリデラインに対するものなので、全額がリデラインの個人資産となると説明を受けた。

 ヨランダからのお金と考えるとあまり気分が良くないと、率直に感じたことをぽろっと零したら、そのお金はすべて領内の養護施設に寄付され、リデラインには同額以上の金額がデイヴィッドから与えられた。『これなら気にならないか?』と訊ねてきたデイヴィッドはとてもキラキラした笑みを浮かべていた。


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