12.悪者退治です(第七話)
前話修正しました。ご報告くださった方、本当にありがとうございます。あのレベルのミスは今後ないといいですね……(震え声)。
両親には知らせを送っていたので、夜に帰宅した二人とローレンスは、詳細を話し合うために公爵の部屋にいた。
フロスト公爵であるデイヴィッド・フロストは、紺色の髪にフロスト家特有の銀色の瞳の美麗な男性だ。その妻であるヘンリエッタ・フロストは、青色の髪に空色の瞳を持っている美人。
二人とも、二十代半ばと言われても違和感のない容姿をしている。
デイヴィッドとヘンリエッタが並んでソファーに座り、テーブルを挟んで向かいのソファーにローレンスも腰掛けている。
両親はどちらも難しい顔をしていた。
「ヨランダがリデラインに手を上げようとしたというのは本当なのか?」
「はい」
「……我々やリデラインを騙していたというのも?」
「はい」
肯定したローレンスは、カメラをテーブルに置いた。
「これは?」
「リデルがヨランダとの会話を記録していました」
ローレンスがカメラを起動させて映像を流すと、両親は言葉を失いながらただただそれを眺めていた。
映像が終わり、エントランスホールであったこともローレンスの口からきちんと説明した。
「なんてこと……」
詳細を聞いたヘンリエッタが青い顔で震え、デイヴィッドは妻の背中を優しく摩る。そのデイヴィッドの顔色も悪い。
「もしや一年前、あの子の出生について漏らしてしまったというのも……」
「わざとでしょうね」
まだ幼いリデラインを傷つけ、困惑させ、心が弱っているうちにつけこみ、自分だけが信頼を得る。そうしてリデラインを好きなように誘導した。思惑どおり、リデラインは孤立していった。
まだヨランダ本人から詳しい話の聞き取りはしていないけれど、エントランスホールでの出来事から、あらかたの予測は可能だった。
「リデルが気づいてくれたのが幸いでした」
「そうだな。この一年が二年、三年……更に続いたとして、私たちはヨランダを疑いもしなかったはずだ」
握りしめた拳を震わせるデイヴィッドの顔には苦痛と憤怒が浮かべられている。その憤りの矛先はヨランダだけではなく――。
「情けないことだ。私が気づいていれば……」
「あなた……」
デイヴィッドの拳の上に手を置いて、ヘンリエッタも心苦しそうにしている。
二人は、リデラインを守るために養子としてこの家に迎えた。本当の娘のように思い、リデラインを愛している。それなのにこの有り様では、責任を感じてしまうのも無理はない。
ローレンスはそっと目を伏せた。
年齢的には孫がいてもおかしくはないヨランダだけれど、結婚歴はない。子供もいない。
縁がなかったわけではないらしい。ただ、ヨランダが望まなかっただけ。
デイヴィッドの父、ローレンスにとっては祖父にあたる男は、二代前の公爵だ。彼に拾われてこの家の使用人となったヨランダは、恩人である彼に感謝し、敬愛を抱き、――そして、それ以上の感情を持っている。
そのことにはデイヴィッドもローレンスも気づいていた。その感情を向けられている本人も。ずいぶん昔から既知の事実である。
ただ、それが問題になるとは誰も思っていなかった。ヨランダは自分の立場を弁えていると、誰もが疑っていなかった。相手には気持ちがないのに、自分の一方的な気持ちを押し付けるような人ではないと。
ヨランダは先々代公爵が結婚した時、彼の子供や孫が誕生した時も、心から祝福していたという。そこに嘘偽りはなかっただろう。この家のためを思い、献身的に働き、この家の者たちのサポートをしてくれた。
そばにいられるだけで幸福だと、体現していた。
しかし、そうではなかったのだろう。今回の件で痛感した。
ヨランダはフロスト公爵家を勝手な理想で覆っている。今までただ忠実だったのは、単純にこの家が彼女の理想のとおりに道を歩んできたからだ。
恩人に相応しい妻、恩人の血を引く子供や孫。ヨランダにとって正しいフロスト公爵家だったから、彼女は『いい使用人』だった。
リデラインの存在は許容できなかったらしい。その判別は使用人の領分を超えている。
「父上にも連絡はしたんだな?」
「はい。明日には返事が届くかと」
先々代公爵は現在、妻と共に二つほど別の領地を挟んだ土地で隠居生活を送っている。デイヴィッドが継承した爵位の一つが伯爵で、その領地だ。
ヨランダはこの公爵邸に残っているけれど、先々代公爵が雇った使用人である。処罰については彼の意見も伺わなければいけない。
ヨランダは使用人ではあったけれど、四十年という歳月はそれ以上の関係性を築き上げるに十分すぎた。家族とも言える存在だった。
使用人たちも驚愕しただろう。ヨランダは使用人たちからも慕われていた。
正直なところ、ローレンスもショックではあった。憤りが勝ってはいるけれど、確かに悲しい気持ちが存在する。
他の人たちよりは、とても小さな衝撃だろうけれど。
敬愛どころか異常なまでの崇拝と、それが起因となったであろう歪んだ執着心。あれが四十年もこの家にいたことが、心の底から恐ろしい。
誤解が解けず、リデラインとの仲も悪化の一途を辿るだけの未来があったとしたら。想像するだけで体が震えた。
両親との話し合いのあと、リデラインの部屋を訪れたローレンスは、とっくにすやすやと眠っているリデラインを眺めている。
ベッドに腰掛けて妹の頭を撫でながら、ローレンスは自責の念に駆られていた。
今回の件でカメラの用意は頼まれたけど、リデルは一人で証拠となる記録を撮り、ローレンスの部屋に置いて、ヨランダともめている場面を実際に見せることで解決する、という手段をとった。
幼いながらも聡明なこの子は、帰宅したローレンスがカメラの映像を確認してリデラインを捜し、ヨランダともめているところを目撃、という流れまで計算していたのだろう。
それはつまり、リデラインはただ話すだけではだめだと感じていたと、ローレンスは信じてもらえなかったのだと、そういうことなのだ。最初から全部お願いされなかった。
やはりまだ養子だからという遠慮があるのかもしれない。ヨランダに一年もそう言い聞かせられ続けていたのだから、心の隅で引っかかっているのだろうか。
ローレンスも誰もヨランダの所業に気づけなかったのだから、リデラインに頼られなかったのも仕方ない。自分の不甲斐なさに嫌気がさす。
これからは、こんなことがあってはいけない。もう二度と。
妹と、そして弟。愛しい二人を守ることが、兄であるローレンスの最優先事項なのだから。
◇◇◇
祖父が二代前の公爵なのは間違いではありません。デイヴィッドの前に公爵だった人がちゃんといます。
※この後書きを書いた後も誤字報告が来たので、傍点で強調しておきました。他の対策が思いつかん……祖父で統一した方がいいんか……?




