11.悪者退治です(第六話)
時は少し遡り、ローレンスが帰宅した時刻。
真っ先にリデラインに会いに行きたい衝動を堪えて、ローレンスは仕事の書類を置くために自室に向かった。
リデラインとようやく仲直りができたので、ローレンスはとにかくリデラインを構いたかった。しかし、やらなければいけないことが立場上あれこれあるので、時間は限られているのがもどかしい。
自室に入って書類入りの封筒をひとまずテーブルに置いて上着を脱いだローレンスは、ふと視界に入った執務机の上に目を留める。何かが置かれていて、歩み寄ってそれを確認する。
(これは……)
リデラインからほしいとお願いされて今日渡したばかりの魔道具だ。録音や録画ができる記録魔道具――カメラ。高度な術式や質の良い魔石が必要なもので作成できる職人も限られており、高価ではあるけれど、フロスト家の財力をもってすれば、何十何百何千何億と集めても痛くも痒くもない。
だというのに、リデラインは欲がなくて一つでいいと言うので、すぐ手に入るもので一番高価なものを店で購入し、プレゼントした。
それがここにあるのなら、リデラインが置いていった、という可能性が高くなる。
リデラインから伝言を預かっているという使用人は今のところ現れていないし、この場には他にメモなども置かれていない。そうなると、カメラをローレンスの部屋に置いた理由をリデラインに訊いてみるべきだろうか。
(――いや)
それなら、リデラインが直接カメラを持ってローレンスの元を訪ねたはずだ。カメラだけが置かれているとなると、これを確認してほしい、という意図があるのだろう。
カメラを起動させ、記録されている映像と音声を空中に投影させる。
映し出されたのはリデラインの部屋だ。画角からして、リデラインの部屋のサイドチェストに置かれたものだろう。
〈今日もね、ローレンスお兄さまが部屋にきて体調はどうかって心配してくれたの――……〉
リデラインとヨランダがいる。それ自体は何も不思議なことではない。
しかし、それも最初だけだった。
〈騙されてはいけません、お嬢様。何度も申しておりますが、あの方たちはお嬢様を心配などしておられません〉
ヨランダが発した言葉に、ローレンスは瞠目した。
一瞬、思考が停止しそうになるけれど、何もしなければもちろん映像が止まることはないため、更に情報を与えてくる。
〈お嬢様がいらっしゃらないところで、皆がお嬢様を魔力だけしか価値がないと言っております。旦那様も奥様も、そして坊っちゃま方も含めてです。侍女でありながらベティも、他の使用人たちも立場を弁えず、そのような侮辱を……。私はしっかりこの耳で聞きました〉
聞き間違いかと、自分の耳を疑った。
〈お嬢様はまだ幼いですから、嘘を見抜くことは難しいでしょう。旦那様方を信じたい気持ちも理解できます。しかし、事実は事実なのです。期待はしないほうがお嬢様のためなのです〉
しかし、これは間違いなくヨランダの声で、ヨランダが話している口の動きも、横顔でしっかり映っている。
〈私がずっとおそばにおりますから、どうか騙されないでください〉
「……なんだ、これは」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
カメラを用意するようお願いされた時、何を企んでいるのかと問うたローレンスに、リデラインは『悪者退治』だと答えた。危ないことはないと言っていたので好きにさせようと思いつつも詳細がわからなくて心配で、何を退治するのかと疑問に思っていたけれど――その悪者とはヨランダのことだったのだと理解した。
カメラを渡したのは今日、外出する前だ。つまりこの映像は、ローレンスが外にいた数時間以内の間に撮られたということ。それほど頻繁に、知らないところでこんな会話がなされていたことを意味している。
ヨランダはいつも、申し訳なさそうにしていた。リデラインとの仲を取り持つことができなくて、力不足だと嘆いていた。
いつかまた前のように戻れるでしょうと、ローレンスたちを励ましていた。
あれは、あの姿は、すべて嘘で塗り固められたものだったのだ。彼女は悪意を持って、リデラインと周囲の溝を深く掘り続けていた元凶だった。
「リデル……」
最後まで再生された映像がぶつっと消える。カメラを手に取って、握りしめた。
ヨランダの思惑に気づいたから、リデラインはこの証拠を用意したのだろう。簡単に用意できるものでありながら確実な証拠。ヨランダがこんな事実はなかったと否定したとしても無意味で、言い逃れはできない。
ローレンスは部屋を出た。リデラインの自室に向かおうとして、ぴたりと足を止める。
動揺と怒り、後悔、申し訳ない気持ち、いろんな感情がごちゃ混ぜで、しかし頭は存外、冷静だ。ちゃんと働いている。
今、リデラインは自室にいるのか。そんな疑問が浮かんだ。
「ローレンス様?」
ちょうど近くに使用人がいた。慌ただしい足運びで部屋を出たものの立ち止まったローレンスを不思議そうに見ている。
「リデルは自室にいる?」
「お嬢様ですか? 確かヨランダ様とあちらの方に……」
ヨランダといる、という言葉に目を丸めて、使用人にはお礼を言って示された方に駆け足で向かう。
「――たった五年しか公爵家で過ごしていないくせに、本物の公爵令嬢にでもなったつもり!? 私は四十年も公爵家に仕えているのよ!!」
もうすぐエントランスホールの階段前に出るというところで、ヨランダの叫ぶような怒鳴り声が聞こえて、ローレンスは怒りが己の中で暴れ回るのを感じた。これほど激しい感情を抱いたのはいつ以来だろうか。
階段の前には数人の使用人が集まっていた。戸惑った様子でそこにいて、ローレンスはその脇を抜ける。
階段を降りながら、エントランスホールの中心にいるリデラインとヨランダを視界に映し出す。
振り上げられた手を見て、もうここから上の段階はないと思われるほど頂点に達していたはずの怒りが爆発した。
魔法を使ったのは衝動的だった。考えるよりも先に体が動いていた。
ヨランダを止めて、リデラインのそばに寄り添って。身勝手な主張を語るヨランダを騎士に任せ、リデラインを部屋に連れていった。
抱き上げた小さな体は軽くて、溢れる力強い魔力は感じられても、リデラインがまだまだ子供であることを強くローレンスに実感させた。




