104.討伐開始です(第八話)
「え?」
「お嬢様、急にどうしたんですか?」
「早く!」
リデラインは必死に懇願する。しかし、娘の脈絡のないお願いにヘンリエッタは戸惑っており、ケヴィンも怪訝そうにしていた。二人の眼差しは説明を求めている。
説明の時間すら惜しいけれど、必要なことだ。リデラインは焦りながらも、最短で現状を共有するために話す内容について思考を巡らせようとした。
すると、魔法の反応があった。
視線を走らせて確認すると、タヴァナー子爵の班の者たちが一瞬にして結界で囲われていた。
魔法を発動させたのはクラークだ。リデラインは驚いて彼を見る。
「これでよろしいですか?」
クラークと目が合い、そう訊ねられて、リデラインは不思議な気持ちに襲われた。
「おい貴様、何をする!」
タヴァナー子爵が結界の壁を叩き、クラークに怒鳴った。突然、理由もわからず結界を張られたのだから当たり前である。
タヴァナー班は一人ずつ、個別に結界で隔離されている。誰かが止める隙もなく、クラークは瞬時に、同時に、正確に結界を作り上げたのだ。
やはり、彼の実力は一級魔法使いレベルだと思われる。
「……ありがとうございます」
リデラインのお礼に、クラークは頭を下げた。
彼について色々と気になるところはあるけれど、今はそれよりも重要なことがある。
リデラインは結界の中のスタンリーと向き合った。タヴァナー子爵と異なり、こちらは結界で閉じ込められたことに対して、怒りよりも困惑が強く出ている。
「スタンリー様、首の後ろを負傷してますよね」
「首ですか? 特に何も……」
「そこに微量ですが瘴気が感じられます。それから、スタンリー様以外の魔力も」
「!」
スタンリーは息を呑む。周囲の空気感も一気に変わった。
瘴気と本人以外の魔力となれば、魔物による何かしらの攻撃をうけたと察せるからだ。
小説の最初の被毒者はタヴァナー子爵の息子だった。名前までは出ていなかったけれど、スタンリーのことで間違いない。
小説とは異なる展開になったことで最初の被毒者が違う人間になっている可能性があったけれど、彼の首に違和感を覚えたリデラインは確信していた。
「スノズグリーの毛にヘイモスキルトの卵の殻が絡まっていたと、ジャレッドお兄様は言っていました。ヘイモスキルトがスノズグリーにくっついていたとしたら、スノズグリーに遭遇したタヴァナー班がヘイモスキルトにも遭遇していた可能性は非常に高いはずです」
スタンリーは自身の首の後ろを触る。反応を見る限り、やはり彼としては自覚症状がまったくないようだ。症状が出るまではある程度の時間を要するのだから仕方がない。
タヴァナー班の他の者たちに関しては、すでに毒の影響を受けているのかどうかはよくわからない。
(特に異変はないように見えるけど……)
リデラインが気づけないほどの初期段階、という可能性はありえる。いくら魔力に敏感だとしても、リデラインの感覚が絶対とは言えない。
「――勘違いではありませんか?」
リデラインにそう問うたのは、タヴァナー子爵だった。
「瘴気に魔力? そんなもの、スタンリーの腕以外からは一切感じられません! 腕以外の負傷など……!」
「私は嘘は言っていません」
「お嬢様は魔力欠乏症で魔力を多く失いましたよね。そんな娘が、まともに感知などできるのか!?」
タヴァナー子爵の訴えに、ジャレッドとケヴィンが厳しい顔つきになる。明らかにリデラインを見下したタヴァナー子爵の言動に憤ったのだ。
ジャレッドはタヴァナー子爵に詰め寄ろうと足を踏み出したけれど、ヘンリエッタが「タヴァナー子爵」と口にしたことで足を止める。
「リデラインの魔力感知の能力は、フロストが保証します」
ヘンリエッタに視線が集まる。ヘンリエッタはリデラインに安心を与えるように微笑みかけた。
リデラインが魔力に敏感だということはヘンリエッタもよくわかっている。そのリデラインが言うのだから無視をするわけにはいかないと判断したようだ。
「ヘクターに検査してもらいましょう」
スタンリーを見つめて、ヘンリエッタはそう告げた。
タヴァナー班は医療用テントではなく、タヴァナー子爵家用のテントに移動となった。ヘイモスキルトに刺されているおそれがある者たちは、結界があるとはいえ、他の負傷者もいる場所には置いておけないということだ。
結界で隔離したままヘクターを呼んで検査をさせると、ヘクターは「これは……」と驚いた様子を見せたあと、真摯な面持ちで口を開いた。
「確かにスタンリー殿の体内に毒が確認できました。魔物由来のものです」
「なっ!」
タヴァナー子爵が声を漏らす。検査を受けている間ずっと緊張していたスタンリーも、一層顔を青くした。
「本で読んだことのあるヘイモスキルトの毒と同じ成分なので、お嬢様の読みは間違いないかと」
拠点を囲んでいる結界は魔物を阻む。無論、瘴気も結界内に流れ込まないようになっている。
しかし、魔物の攻撃で負傷すると、その部分には瘴気や魔力が付着してしまう。そのため、運ばれてくる怪我人を結界が弾いてしまわないよう、魔物の瘴気も魔力も基準以下の量であれば結界を通り抜けることができる。それが仇となり、スタンリーの状態に気づくのが遅れてしまった。
いや、スタンリーは腕も負傷していたのだ。どちらにしろヘイモスキルトに刺されたことについてはすぐには気づけなかっただろう。
もし、リデラインが気づかなければ。
ヘイモスキルトの脅威を理解しているヘンリエッタやヘクターの頭に、想像したくもない未来の光景が過った。
「早く解毒を!」
「……大変申し上げにくいのですが、ヘイモスキルトの毒に解毒薬はありません」
「なんだと!?」
「毒の効果を弱めることはできますが、毒の成長を完全に止めることはできないのです」
長男が毒におかされていると診断されて、タヴァナー子爵は完全に平静を失っていた。解毒ができないとなれば尚更である。
しかし、ないものはないのだ。
ヘクターはひとまず、タヴァナー班の全員の検査を進めた。毒が体内にないとわかった者は順次結界を解かれた。そして、被毒者はスタンリーだけだと診断されたため、スタンリー以外は結界から開放されることになった。
「結界、ありがとうございました」
スタンリーを除いて最後の一人の結界を解いたクラークにリデラインが改めてお礼を告げると、「お役に立てて何よりです」と頭を下げられた。
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