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102.討伐開始です(第六話)


 頭痛が治ったリデラインは手伝いに戻り、負傷者の手当てが一段落したところで再び休憩をとり、ヘンリエッタと共に門へと足を運んでいた。


「結界の効果はどう?」

「今のところ近づいてくる魔物は確認できておりません」


 門の警備を担当しているフロスト騎士団の騎士は、ヘンリエッタの質問にそう返す。綻びのない結界は期待どおり、きちんと機能してくれているようだ。

 リデラインはストウ森を見据えた。討伐中だからだろう。森全体がざわざわしているように感じる。


「お嬢様、公爵夫人」


 緊張した面持ちで話しかけてきたのはジョナスだった。予想外の人物にリデラインは目を見開く。


(なんでいるの?)


 お手伝い組の仕事に門の警備の手伝いも含まれているのはリデラインも承知している。ジョナスのスケジュールだと、この時間は門の警備ではないはずなのだ。そのあたりはヘンリエッタが頭に入れて動いてくれているので間違いない。


「お嬢様、体調は回復されたのですね。安心しました」

「ええ。心配していただいてありがとうございます」


 ジョナスの気遣いにとりあえず笑っておくと、彼は顔を真っ赤にした。後ろ――ケヴィンから視線を感じたリデラインは気づかないふりをする。

 ジョナスの他にも、十三歳前後の傍系の少年が三人いる。全員、公爵夫人と公爵令嬢の登場に顔も体も強張らせていた。滅多に会うことのない本家の者相手であれば仕方のない反応である。


 子供たちに微笑んだヘンリエッタは、指導係の女性に小声で話しかけた。


「何かトラブルがあったの?」

「負傷者が多かったものですから、交代の時間がずれてしまったりと色々重なりまして」

「そう……」


 ヘンリエッタからなんとも言えない眼差しを向けられていることには気づかず、ジョナスはリデラインをそれはもう熱心に見つめていた。


「お嬢様も見張りのお手伝いですか?」

「時間に余裕ができたので結界の確認をしに来ただけですわ」

「次はどちらに?」

「討伐報告の整理です」

「そうですか……持ち場をご一緒できなくて残念です」


 リデラインと話していることを恥ずかしくも嬉しいと感じていることが、ジョナスの子供らしい素直な態度から伝わってくる。彼が愛想笑いのリデラインとの温度差を察する気配は微塵もない。

 ジョナスの行動に咎めるべき点はない。ただ、ジョナスの父であるタヴァナー子爵を思い出すと、リデラインはどうしても拒否感を覚える。興味がないことに加えて、あまり関わりたくない。


「――フロスト公爵令嬢」


 対応に困っていると誰かに呼ばれた。振り返るとブリアナの騎士クラークがいて、リデラインを見下ろしている。ブリアナの姿はなく一人のようだ。


「何かご用かしら」


 ヘンリエッタがリデラインを隠すように前に立って訊ねた。


「ブリアナお嬢様より、フロスト公爵令嬢の手助けをして気に入られてくるよう命を受けました」


 あまりにもあけすけな言葉だったので、暫し目を丸めたヘンリエッタは怪訝にクラークを見据える。


「それを私たちに説明するのは逆効果だと思うのだけれど」

「そうかもしれません」


 公爵夫人であるヘンリエッタに物怖じせず、クラークは片膝をついてリデラインと目線を合わせた。ヘンリエッタの後ろから体をずらして覗き込んでいるリデラインと目が合うと、キリッとした目が少し細められたように見えた。

 リデラインがクラークを凝視しているのが気に食わないのか、ジョナスがクラークに対して敵対心を露わにする。


「お前、フロスト家の方に向かって無礼だぞ」

「構いません」


 注意したジョナスにそう言ったのはリデラインだ。ジョナスはショックを受けたように「ですが」と続けるけれど、リデラインはジョナスを気にすることなくヘンリエッタの横を通り抜けて前に出る。


「主の護衛はよろしいのですか?」

「フロスト公爵令嬢に取り入ることのほうが大事とお考えなのかと」


 主人の命令に従ってこの場に現れた彼は、それほどブリアナに忠誠心を持っているようには見えない。元は傭兵で騎士団に入ったばかりだとブリアナが言っていたけれど、なぜ騎士団に入ったのだろうか。


「何歳ですか?」

「今年で二十歳になります」


 その言い方からすると、今は十九歳のようだ。学年で考えるとローレンスの三歳上ということになる。リデラインとは十一歳差だ。


「髪の色を変えてますか?」

「……はい。目立つ色をしておりまして」


 彼は青みがかった黒色の髪をしているけれど、魔道具で変えられた色だ。表情に大きな変化はないものの、それを見抜いたリデラインに驚いている様子がどことなく窺えた。わずかに動揺もあった。訊かれたくないことだったのかもしれない。

 髪色を変えていると知ると、ヘンリエッタが益々彼への警戒の色を強める。公爵家の人物を前に己の姿を偽っている人間を疑うのは当然の心構えなので、そこは誰も責めることができない。クラークも一段と厳しくなった視線を察したようだった。


「お望みであれば、元の色をお見せします」

「……いえ、大丈夫です」


 リデラインが答えると、クラークは意外そうな表情を浮かべた。


「他にも何か気になることがあれば、ご遠慮なくお訊ねください」


 気になること。リデラインが一番気になるのは、彼のその目だ。


(どうしてそんな……)


 遠慮なくと言われても訊いてもいいものか、不快に思わないか。そんなことを考えて質問を躊躇っていたところで、リデラインは魔物の気配に気づいた。

 ストウ森のほうを見ると、鳥型の大きな魔物が空を飛行していた。一直線にこちらに向かっている――いや、何かを追いかけている。

 リデラインにつられて皆もその事態に気づく。


「タヴァナー子爵家の班ね」


 追いかけられているのは、ストウ森からこの拠点に向かっているタヴァナー子爵たちだった。運ばれている者がいるのが遠目に見える。負傷者が出て拠点に戻る道中、魔物に気づかれてしまったといったところだろうか。

 このような場合に手を貸すのも、門警備の役割だ。


「援護を――」


 ヘンリエッタが見張りの騎士に指示を出し終わる前に、クラークが結界の外に出て魔法を発動させ、火の矢で鳥型の魔物を正確に射抜いた。勢いよく魔物の体を貫通した火の矢は空中で霧散し、鳥の魔物はこちらにまで聞こえるほど奇妙な悲鳴を上げ、燃えることなく地面に落ちて息絶える。

 見事なまでに流れるような対処だった。


※コロナにかかりました。治るまでお休みします。(7/10)

※近況を活動報告に掲載しています。(9/5)

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