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100.討伐開始です(第四話)


 白い毛並みと背中の棘のような氷、巨体が特徴の熊型の魔物スノズグリー。氷属性に対する強い耐性を持っており、危険度も相当高く、何より数が少なくて珍しい魔物だ。

 今ローレンスたちの眼前にいるこの個体はまだ成体ではないようで、成人男性ほどの大きさである。それでも人間からすると十分に大きく、威圧感や恐怖を植えつけるような魔力量だった。呼吸に合わせて口から冷気が漏れている。


 一目でその正体がわかる特徴的な見た目が揃っているため、この魔物がスノズグリーであることは間違いない。それを理解した皆の考えていることは同じだろう。

 なぜここに、スノズグリーが魔物がいるのか。


「うちの領地には生息してないはずじゃなかったか?」

「そのはずだよ」


 スノズグリーの動きを見逃すことのないように目を逸らさず零したジャレッドの疑問に、オスニエルが答える。

 スノズグリーの生息区域は、国内だと北東部の限られた土地だ。西部から北西部にかけて固まっているフロスト家門の領地での目撃例は過去に一つもない。

 ジャレッドもオスニエルも騎士たちも、なんならローレンスも、実物を目にするのは初めてである。


(あの鳥はこれを狙ってたのか)


 鳥の魔物はスノズグリーを追いかけている途中で人間の気配に気づき、狙いをローレンスたちに変更したのだろう。


(――確実に仕留める)


 今はなぜこのストウ森にスノズグリーがいるのかを考えるより、ここで確実に倒すことに意識を注がなければならない。

 フロスト家門の者たちは、スノズグリーとの戦闘経験がほとんどない者ばかりだ。万が一にも逃がしてしまえば、他の班では対処に手こずる恐れがある。


 ローレンスが魔法を発動させる気配を感じたのか、スノズグリーはその場から瞬時に飛び退いた。スノズグリーがいた場所に風魔法が直撃し、地面が抉れる。

 ジャレッドは目を見開き、息を呑んで驚愕した。

 ジャレッドにはローレンスが魔法を使う予兆が察知できなかった。それほどまでに滑らかに、驚くべき速さでローレンスは魔法を使ったのだ。その魔法を避けたスノズグリーがいかに強い魔物であるかも認識させられた。


 大きさからは想像もできないほど俊敏な動きのスノズグリーは、あっという間にローレンスたちとの距離を詰めた。吠えながら爪を立てて腕を振り下ろしたのを、ローレンスが防御魔法で防ぐ。

 ローレンスは防御魔法に弾かれて一度下がったスノズグリーを、今度は水の中に閉じ込めた。水の中で暴れるスノズグリーの周辺から、ピキピキと水が凍っていく。そしてすべての水が凍り、スノズグリーの咆哮と共にパリンと割れて飛び散った。


「効かねえ……!」

「大丈夫だよ」


 ジャレッドの焦った声が響くも、ローレンスは冷静だった。

 水の拘束から解放された直後だ。スノズグリーに隙ができたところで、即座にローレンスは風の刃を飛ばしてスノズグリーの頭を切り落とした。頭が落ちたあと、体もゆっくりと傾いてダン! と音を立てて倒れる。


「さすが」


 オスニエルの称賛を背中に受けて、ローレンスは足を踏み出した。スノズグリーの近くに来てしゃがみ込む。

 ジャレッドとオスニエルもスノズグリーに近づき、真剣な表情で白い巨体を観察した。


「これって子供なんだよな?」

「サイズ的にはそうだろうね。もしかして親もいるのかな」

「けど、気候が合わないんだろ? なんでここに……」


 スノズグリーは気温が低い場所でしか生きられない。夏とはいえ気温がそれほど上がらない西部の気温であっても、スノズグリーにとっては数日で死に直結するような温かさだ。過酷な環境と言えるこの森で子育てをしているとは考えにくい。


「……ローレンス兄さん?」


 ジャレッドとオスニエルが意見を述べ合う足元でしゃがみ込んだまま動かないローレンスに、オスニエルが不思議そうに声をかける。

 ローレンスは何かを持っていた。白い小さな、何かの欠片のようだ。


「何それ」

「……卵の殻だ」

「卵?」

「スノズグリーの毛に絡まってたのが落ちたみたいだね」


 スノズグリーに手を伸ばしたローレンスは、腰あたりの毛を摘む。毛の色と同じで判別がつきにくいけれど、確かにそこにはかなり小さな卵の殻が絡まっていた。ほぼ取れかけている。


「よくわかったね」

「ここだけ魔力の反応が少し違ってたからね」


 ローレンスは卵の欠片をよく観察した。そして、うっすらと模様が入っていることに気づく。


(……これは)


 なんの卵であるかを察して、ローレンスは瞠目した。次いで、わずかな気配を感じて振り返り、反射的に氷の魔法を使う。


「うおっ」


 ジャレッドの数メートルほど後ろで、空中に氷の塊ができて落ちた。ジャレッドと騎士が驚きに声を上げ、オスニエルもそちらに視線を向ける。

 ローレンスは立ち上がり、自分で作った手のひらサイズの氷を拾った。ジャレッドとオスニエルが覗き込んでくる。


「なに?」

「――まずいな」


 オスニエルの問いには答えず、ローレンスは緊張を孕んだ声で呟いた。


「虫か?」


 氷の塊を見ていたジャレッドが訊く。氷の中には確かに虫がいた。

 ただし、ただの虫ではなく魔物だ。


「これって」


 オスニエルもその正体に気づいたのか、驚愕混じりの声を零す。ローレンスはぎゅっと氷を握った。


「ヘイモスキルトだね」

「ヘイモスキルト?」


 その名前を知らないジャレッドは眉を寄せた。

 ジャレッドが知らないのも不思議はない。この魔物は目撃例が圧倒的に少ないため、メジャーではないのだ。


「蚊の形の魔物だ。スノズグリーと同様の理由で、北東部のごく一部にしか生息していない」


 他の地域では生きられないような魔物だ。このストウ森にいるはずのない生物。


「強いか弱いかで言えば相当弱い魔物だったよね。戦闘力はほぼ皆無。――ただ、人間には脅威すぎる」

「弱いのにか?」

「弱すぎて気配を察することが物凄く難しいのが厄介で、人間にだけ害となる毒を持ってるんだってさ。致死率は百パーセント」

「百!?」

「しかも、毒は人から人に感染する」


 説明するオスニエルの表情が険しくなっている。ジャレッドも事の重大さを理解して、ぐっと眉根を寄せた。

 氷の中のヘイモスキルトを見下ろしたまま、ローレンスが前髪を掻き上げる。


「このヘイモスキルトはまだ生まれて間もない」

「まさか……」

「スノズグリーの毛に絡まっている卵の殻はおそらく二つ分だ。もう一匹いる可能性は高い。卵がもっとあったけど移動している間に落ちたということも考えられるし、すでに孵化している可能性もある。早々に対処するべきだ」


 ローレンスは騎士たちを振り返って指示を出した。


「君はジャレッドを連れて拠点に戻って報告を。オスニエルと他の騎士は結界を張って身を守りつつ、別の班にヘイモスキルトの捜索、討伐が最優先であることを伝えて回れ。他の魔物との戦闘は徹底回避で伝達だ」

「は!」

「了解」


 騎士とオスニエルが返事をすると、ジャレッドが口を開く。


「兄上、俺も――」

「残るって言いたいなら却下だよ。これは非常事態だ、気をつけて戻って。ヘイモスキルトの探知は君たちだとほぼ不可能だから、魔物を寄せつけないように結界には気を抜くな」

「……わかった。兄上こそ気をつけろよ」

「うん。ありがとう」


 ここで食い下がってもローレンスが折れることはないだろうし、足手まといのジャレッドができることはない。冷静にそう判断して、ジャレッドは騎士の一人と共に拠点へと引き返した。



  ◇◇◇


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