98.討伐開始です(第二話)
最初の怪我人は三人で、一人は重傷だった。魔物の攻撃を頭部に受け、意識を失った状態で運ばれてきた騎士だ。同じ班の者が魔法で止血はしたようだけれど大量に出血した跡があり、傷口に瘴気もまとわりついていて、すぐに医療用テントに連れていかれた。
光属性以外で少しずつではあるけれど瘴気を取り除くことができるのは、水属性と火属性の上級魔法である。フロストの傍系は水属性を受け継いでいる割合が高いため、瘴気を浄化できる者の数は比較的多いほうと言えるだろう。ヘンリエッタも浄化の魔法が使える。
治療にはヘクターとヘンリエッタが協力してあたり、リデラインはタオルや包帯を準備したりと、その手伝いをした。ブリアナは医療スタッフと共にもう二人の負傷者の治療の手伝いに加わった。
問題なく処置が終わり、騎士は命に別状もなくベッドに寝かされる。するとすぐさま次の負傷者が運ばれてきたけれど、別の者が対応することになったため、リデラインはテントの隅に移動して椅子に座り、息を吐いた。
止血済みだったとはいえ、ぱっくり額が切られているのを最初に見た時は血の気が引いた。魔物討伐が危険であることを改めて実感させる光景だった。
病院生活を送っていて死にも触れてきた記憶があるとはいえ、前世とはまた違った緊張感や恐怖がこの世界にはある。
「お疲れ様です、お嬢様」
隣に立っているケヴィンが労いの言葉をかけてくれる。騎士であるケヴィンは自身や周囲が怪我をすることもあるだろうし、日常茶飯事で慣れているのだろう。顔色がまったく変わっていない。
「最初の怪我人が結構な重傷でしたけど、取り乱したりせず冷静でしたね。慣れてないとショックで失神する人もいたりするんですけど」
「……なんとかね」
ジャレッドが死にかけて吐血していたあの光景よりはショックが小さかった。それでも衝撃的だったので、気分はすぐれない。
リデラインが視線を落としていると、気を紛らわせようと思ったのか、ケヴィンは「そういえば」と口を開く。
「エクランド伯爵家のご令嬢とのやりとりで気になったんですけど、あの騎士みたいなのがお好みなんですか?」
「え?」
このタイミングの会話の内容でそれが持ち出されるとは予想外だったし、その質問自体も予想外だったため、リデラインはきょとんとした。
ブリアナと他の負傷者二人は隣の医療用テントにいる。彼女の護衛である騎士のクラークも。そのため、今は視界に映る範囲にはおらず、リデラインの心も少々穏やかでいられる。
大多数の人が綺麗な男性を好ましく思うだろう。リデラインだって男女問わず美人は基本的に好きだ。けれど、彼女の狂気じみた好意には恐ろしさを覚えた。
「クラークさんって騎士を見つめてたのはほんとのことじゃないですか」
「それは、まあ」
ブリアナに紹介される前、クラーク一人とすれ違った時も、リデラインは振り向いてまで彼を気にしていた。その場にはケヴィンもいたのだから、こうしてケヴィンが疑問を抱いたのはおかしなことではない。
「ローレンス様がこのことを知ったら荒れ狂っちゃいますよ」
「荒れ狂う……」
顔に笑みを貼りつけたまま怒りを露わにするローレンスの姿が頭に浮かぶ。重度のシスコン兄は、まだ八歳の幼い妹が異性に興味を示すことを受け入れられそうにない。……リデラインの年齢は関係ないかもしれないけれど。
ただ、リデラインがクラークを見ていたのは、彼がかっこいいからとかそういうことではないのだ。
「なんとなく気になるの」
「やっぱりああいう顔がお好みで……?」
「そうじゃなくて」
リデラインは首を捻って唸る。
リデラインの理想像はローレンスだ。顔立ちも性格も髪や瞳の色も、その他もすべてがローレンスには揃っている。だから、リデラインがローレンス以上にかっこいいと思える存在などこの世にはいないだろう。
「えっと、雰囲気というか、たぶん魔力だと思うわ」
「魔力ですか?」
「ええ。不思議な魔力をしてたから」
「不思議って、どう不思議なんです?」
「どう……うーん、よくわからない」
リデラインは言葉を探したけれど、クラークのことが気になる理由を明確に言語化できなかった。
本当にただ、なぜか気になるのだ。クラークの顔立ちが端正なのは否定などできるはずもない事実なのだけれど、外見的な要素から興味を引かれているわけではないことは確かである。
(もしかして、彼が毒の広がりに何かしら関わってるのかな……)
だとしても、気になったのが魔力という点は結局のところ不思議としか言いようがない。
「なんにせよ、ローレンス様が盛大に拗ねるのは確実ですね。ジャレッド様も機嫌悪くなりそうな気がします」
確かに、ジャレッドもリデラインを大切に思ってくれているので、その反応はありえないと断言はできない。呆れる可能性のほうが高そうではあるけれど。
「クラークさんのことはもういいでしょう。それより、エクランドのご令嬢のことだわ」
「ちょっと変わってますよね」
「あれはちょっとの範疇なの?」
「ローレンス様ってとにかくモテモテですからね。お嬢様はご存じないと思いますけど、あの手のタイプはそれなりにいるんですよ」
「それなりに……?」
リデラインが信じられないという気持ちで顔を青くする。あんなにも恐ろしい気質の持ち主がローレンスの周りには常にいるのだとしたら、危険なのではないだろうか。
「まだ十代でローレンス様のお顔が出来上がりすぎちゃってますから仕方ありませんって」
「お兄さまの美貌が神さえも超越するような素晴らしい造形美なのは誰もが認めざるを得ない事実だものね」
「ええ、そうですね」
賛同したケヴィンの目がどこか死んだ魚のそれのように見えた。気のせいかとリデラインが結論を下したところで、ヘンリエッタに呼ばれる。
「リデライン、備品の補充に行きましょう」
「はい」
リデラインは椅子から立ち上がった。
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