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97.討伐開始です(第一話)


 討伐が始まったばかりの時間帯、お手伝い組は比較的ゆったりとした時間を過ごせる。怪我人がおらず、整理すべき討伐の途中経過報告もまだないためだ。使用人たちは食事の準備などに取り掛かっているため、お手伝い組の中にはその作業に加わる者もいる。

 ヘンリエッタとリデラインは、拠点を囲む塀に沿って張られている結界の確認をしていた。同行者は護衛の騎士二人だけで、ベティは食事の準備に参加している。


 いくつかの魔道具を設置して発動している結界は、拠点にいる多くの人間の気配を隠し、それでも人間の気配を察知した魔物の侵入を防ぐためのものだ。

 ヘンリエッタは優秀な魔法使いだけれど、討伐隊に加わらず後方支援の責任者として拠点に常駐している。それはヘンリエッタが結界魔法を得意としているからで、拠点の結界の管理はヘンリエッタの重要な役割なのだ。


「綻びはなさそうね。よかったわ」


 塀に手をついて上空を見上げたヘンリエッタが頬を緩ませるので、リデラインも安堵する。


「お嬢様、疲れてませんか?」

「一周は思ったよりきつかった……」


 後ろからケヴィンに訊かれたので、リデラインは正直に答えた。

 塀の内側を目視で確認して回ったので相当歩いた。体力がついてきたとはいえ、リデラインの体にはかなりくる歩数だ。普段から体を鍛えている騎士のケヴィンとは雲泥の差だろう。


「さすがお嬢様。おんぶしてあげましょうか?」

「いらないわよ」


 からかうような口調と表情のケヴィンに、リデラインはぷくっと片頬を膨らませる。すると、ヘンリエッタが「ふふ」と笑った。


「少し休憩しましょうか」


 その提案に、リデラインは顔を上げる。


「お母さま、門のところに行きたいです」

「門に?」

「はい。森のほうが気になって」


 拠点の中からでは、塀に遮られているので森を視認できない。感知はできるけれど、結界の影響で多少鈍っている。

 ヘンリエッタはリデラインのお願いを聞き入れてくれて、門へと向かった。見張りの騎士と挨拶をして、遠くにある森を見据える。


「ここから、リデラインには何が()()()のかしら」

「……すごくたくさん、魔物の気配を感じます」


 ストウ森は、フロスト公爵領の森とは明らかに雰囲気が異なる不思議な森に見えた。瘴気と魔力に溢れ、しかしそれが森の外に漏れていない。一時的なことではあるけれど、魔物の数も異様だ。

 いくらリデラインが魔力に敏感とはいえ、ここからでは異変を発見するのは極めて困難である。


『ストウ森の討伐で――らしい。そいつも周りもそのことに気づかず、――。それで一気に――して、――』


 ジャレッドの台詞を思い出すと、悲劇のきっかけは討伐に出た誰かだと推測できる。おそらくたった一人の誰かが毒に侵され、感染が広がった。

 拠点を出入りする一人一人を入念に調べたいところだけれど、人数を考えると現実的ではない。毒が広がるのだとしたら、とりあえず怪我人に注意する必要がある。

 ただ、『そいつも周りもそのことに気づかず』という言葉が気にかかる。

 毒の被害を受けるということは、魔物から攻撃されたということ。しかし、負傷は確認できたものの毒に気づかなかったのか、そもそも傷にすら気づかなかったのか、その点もわからないのが怖い。

 傷を負わせないタイプの毒――たとえば、空気中に撒き散らして吸い込むことで体内に入るような毒も想定できる。


(この討伐は、小説とは少し違う)


 ジャレッドとリデラインの参加。それによる配置換えと、二人を見定めようとする傍系、取り入ろうとする傍系の動きの変化。

 変化が生じたのなら、最初に毒に侵されるのが小説と同じ人物とは限らない。もしかしたら、ローレンスやジャレッド、オスニエル、父や叔父など、近しい人が被毒してしまう可能性もある。

 不安と恐怖はなくならない。ずっとリデラインの心に棲みついている。


 リデラインは森を見つめたまま、ぎゅっとスカートを握った。それが、ただ兄たちを心配していると映ったのだろう。ヘンリエッタがそっとリデラインの肩に手を置く。


「魔物は瘴気や魔力が多い場所を好むけれど、増えすぎると縄張り争いに敗れたり、足りなくなった食糧を求めたりしてその場から離れるわ。そうなると畑が荒らされ、民家が襲われ、甚大な被害が生まれる。だから魔物討伐は、領民と国を守る私たち貴族の義務なの」

「はい」

「大丈夫よ。あの子たちにはローレンスがついているし、森の奥には行かないのだから」

「……はい」


 すでに戦闘が始まっている地点があり、魔物の数が減っている。そろそろ怪我人が運ばれてくる頃だろうか。

 ローレンスたちだけではない。この討伐に参加しているのは、半数以上がリデラインと面識のない人たち、もしくは軽く見かけただけの人や、一言二言言葉を交わしたことがある程度の人たちだ。同じ血筋の一族とはいっても、ほぼ他人とも言えるような遠縁もいる。それでも、なるべく怪我を負ってほしくないと願った。


「次の討伐では、あなたも討伐要員としての参加になりそうね。きちんと体力がつけばの話だけれど」

「ぅ……がんばります」

「ふふ」


 ヘンリエッタが穏やかに笑うので、リデラインも自然と気が緩んだ。


「――フロスト公爵夫人、お嬢様」


 聞き覚えのある声に呼ばれて振り返る。淡い茶髪に水色の瞳の少女ブリアナ・エクランドが、微笑みながら立っていた。


「あら、エクランド伯爵令嬢。どうかしたの?」

「初めての参加なので緊張してしまって、指導係の方に許可を得て、少し歩いて気分転換をしていたところですわ。お二方をお見かけして、ついお声をかけてしまいました」


 落ち着いた笑みと上品な仕草、柔らかな声。顔立ちも可愛いため人から好かれそうではあるけれど、リデラインはどうしても好きになれそうにない。

 ローレンスに好意を寄せている者は多く、その人たちすべてに敵対心を抱くのは疲れる。きっとリデラインは兄のモテっぷりに感心するのが基本の反応で、あまり狭量ではない。……と、思いたい。それなのにブリアナを嫌だと感じているのには明確な理由がある。

 小説にもブリアナの名前は出てきていた。ローレンスの結婚相手として、家門内で一番有力視されていた娘なのだ。ローレンスは彼女に好意を抱いていないのにである。だからリデラインは彼女の存在が気に入らない。


(……あ)


 ブリアナの後ろに立っている人物の顔を見て、リデラインは気づいた。先ほどすれ違った、眼帯の若い騎士だ。エクランド伯爵家の騎士だったらしい。討伐隊ではなくブリアナの護衛にあたっているようだ。

 なんとなく目が離せずにいるリデラインの視線に気づき、騎士が会釈をする。その視線に気づいたのは騎士本人だけではなく、ブリアナもだった。


「彼は最近エクランド騎士団に入団したクラークです。以前は傭兵団にいたようで、新人ではあるものの実力はかなりのものですわ」

「それでご令嬢の護衛に抜擢されたのね」


 ヘンリエッタは笑顔だけれど、少し雰囲気が変わったのがリデラインには伝わってきた。傭兵団に所属していたという情報からか、警戒している。傭兵団とは名ばかりの荒くれ者集団も珍しくないので、ヘンリエッタのその判断は正しいのだろう。


「お嬢様、興味があるようでしたらお貸ししますわ」

「貸す……?」

「熱心に見つめていらっしゃるので、お気に召したのかと思いまして。眼帯で少し隠れてはいますが、綺麗な顔立ちでしょう? わたくしもそこが気に入っていますの」


 自分の物を自慢でもするような口ぶりに、リデラインは眉を寄せてしまいそうになるのを堪える。ブリアナは目を伏せ、恍惚とした表情で続きを紡いだ。


「美しいもの、特に秀麗な顔立ちと引き締まった体の両方を備えた男性は見ていてとても癒されますわ。もちろん一番お美しいのはローレンス様なのですが――」

「――負傷者です!」


 門の見張りの騎士が声を張る。ブリアナは「あら」と残念そうに零した。


「お仕事ですわね」

(この子……)


 リデラインは、オスニエルが彼女を異常、重いと評していた意味を理解した。


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